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黄昏の彼方~碧き蠱惑のミューゼ~  作者: 河野 る宇
◆第4章~甘い誘惑
10/27

*抑える心

 そんな壊滅した組織など、どうでも良い。なんとかしなければならないのは、目の前にいるノインだ。

 必死に心の中で葛藤を繰り返している──ベリルは、今までにもそういった子供を引き取り、なんとか立ち直れるよう手助けしてきた。

だが、今回はそう簡単にいきそうにない。

カレンという“良心”を失った今、彼女の中に眠る『狂気』が、いつ顔を出すか解らない。それを抑えるには……目を細めて思案した。

「とりあえず」

 ベリルはおもむろに発すると、ベッドを示す。

「女モノの寝衣しんいを届けてくれる。着替えて少し眠ると良い」

 そうして立ち上がり、グラスと皿を洗い始めた。

 ベリルが宿泊している部屋にはキッチンが設置されていて、長期滞在にも向いている。

 そんな彼を一瞥し、ノインはおもむろにテレビを付けた。とりあえず、バラエティ番組にチャンネルを合わせる。

 日本の方が面白いわね。まあいいけど……その内容に、眉間にしわを寄せた。


 しばらくすると、ノインの寝間着が届けられた。シャワーを浴びて、パジャマに着替える。

「!」

 リビングに戻ると、ベリルがノインのハンドガンを手にとって眺めていた。

「ちょっ、ちょっと!」

 慌てて奪い取る。

「よく手入れされている」

「当り前でしょ。商売道具よ」

 言ってハッとした。

 あたし……軍から抜けた後も、銃の手入れをしてた。なんだ、結局あたしは抜け出せずにいるんじゃない。

 父さんの故郷である日本で大学に入ったのに、なにやってるんだろう、あたし。

 ベリルは、呆然としているノインの頭を軽くポンポンと叩きニコリと笑んだ。

「?」

 それがどういう意味なのか解らなかったけど、なんだか少し安心した。

 まだ寝る時間には早いけど、ベリルは「寝ておけ」と言う。

「夕飯には起こす。少し体を休めると良い」

「別に眠くないのに」

 そう言いながらも、どうやら自分が思ってた以上に体は疲れていたようだ。あたしはすぐに眠りに落ちた。


 しばらくして、ベリルが様子を見にベッドに近づく。ノインの寝顔を見やると、その表情には苦しみが見て取れた。

「ん……」

 カレン、だめ。逃げて! ノインは必死に手を伸ばす。

 全速力で走っているつもりなのに、まるで鉛を全身にまとっているように重くて前に進まない。

 カレン背後に現れた影に、思わず身がすくむ──刺された瞬間、

「カレン!!」

「!」

 ノインが飛び起きてベリルに抱きついた。

「ハッ!?」

 目が覚めて我に返る。

「大丈夫かね」

「なんで……」

 ゆっくりとベリルから離れ、額の汗を乱暴に手の甲で拭った。

「そろそろ晩飯でもと起こしに来た」

 言ってリビングに向かう。

 ノインは重い体を起こして寝間着を脱ぎ捨てた。枕元を見やると、着ていた服が丁寧に折りたたまれてそこにあった。

 ちゃんと洗濯されている。眠ってる間に、洗濯を頼んでくれていたんだと感心する。そうして着替えを済ませリビングに行くと、ベリルがすでに用意を終えて待っていた。

 ああ、ルームサービスじゃなくて外食なのね……ノインは、彼がルームキーを持っている事に気付いてドアに向かった。

 鍵をかけて、エレベーターに向かう。

「何が食べたい」

「豪華料理」

 即答したノインに眉をひそめた。

「どんな料理も金をかければ豪華になる」

「む」

 そりゃそうか……見事な返しにぐうの音も出ず、ベリルの隣で歩調を合わせる。


 ホテルから離れてしばらく歩き、どうやら目的の店にたどり着いたらしい。

 ベリルが立ち止まった店の入り口からして、高級店だと解る。店内に入ると、暖色系の照明の明かりを乱反射させて輝くシャンデリアに高そうなテーブル。

 ウエイターがこれまた上品に歩いている。

「豪華料理が食べたいと言ったのは誰だ」

 呆然としているノインにしれっと言い放つ。

 嫌味で言っただけなのに……それとも、嫌味返しで連れてこられたのか? こういうトコって、フォーマルじゃないと入れないんじゃないの? ふつう。

「カジュアルでもいいの?」

「隅に座れば誰も気にせんよ。知り合いの店だ」

 つまり、こことも“話し合い”が済んでるって訳ね。それでも普通は、傭兵なんだから店の雰囲気に合わないって断るんじゃないの?

 思ったノインだったが、ベリルがどうして出入りを許されているのかすぐに解った。

 完璧な食事マナーに、上品な食べ方──傭兵だなんて言っても、誰も信じないんじゃないかな。

 これはむしろ、店のイメージアップになりそうな感じ。

 ガラス張りの店で事実、ベリルが入ってしばらくすると女性客が一気に増えた気がする。女性客の視線は皆、一様にベリルを追っていた。

 ノインはそれに、なんだか鬱陶しくなって眉をひそめた。

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