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魔王はだれだ!?  作者: かぶきや
第三章 転
19/19

3-06

 

 

 クレーターの外側の、盆地内を徘徊するモンスター達の元気がなくなっていた。俺達の位階が上がったことによって相対的に弱くなったせいもあるが、明らかに、往路に比べて復路は楽だった。突然の横湧きに驚かされることもなく、さして苦労もせずに出発地点の石柱のある場所に辿り着く。


 既に夕刻だったため、今日中の帰還は諦め、この場で夜を明かすことにした。

 エスカに枯れ枝を拾ってきてもらい、百円ガスライターで火を点ける。

 近くに水場がないので料理は不可能だ。持参した串の先に塩と香辛料のよく効いた干し肉を刺して火で炙り、歯の頑丈さを試すような固いパンとともに夕食とする。アルミホイルがあれば柔らかくできるのにとも思うが、無い物ねだりは虚しいだけである。無性に喉の渇く献立だった。


 水袋の中身が残り少ない。補給できなかったのが痛かった。エスカはどれだけの日数ここに俺を縛りつけておく気でいたのだろう。幽霊基準で物事を決定するのは勘弁してほしい。五百年ぐらい石室内で余裕で過ごせる幽霊と、水なしだと三日も保たないひ弱な人間を一緒にするな、だ。


 そのエスカは、俺が焚き火の前に座り込んだ時には携帯ゲーム機を手にして自キャラのレベルアップ作業に没頭していた。

 ピィは毛布にくるまってお休み中だ。


「なぁ、エスカ」


 液晶画面を凝視し続ける幽霊娘に声を掛ける。


「はい?」


 返ってきたのは生返事だ。顔を上げようともしなければ、ボタンを叩く指をとめようともしない。

 夕焼けのオレンジ色がエスカの半透明の身体を染め上げている。サラリと流れ落ちた髪が頬の半分を隠していた。

 元は何色だったのだろう、ふとそんなことが頭に浮かんだ。ウカルナで見た巫女達は金髪が多かったように思う。神殿トップが金髪のエルフ種だから、巫女の選抜にも何か基準があるのかもしれない。北欧の娘っぽい顔つきのエスカの頭に金色の髪をのせたところを想像してみる。意外とイケた。それが何故か妙に癪に障った。


「返事をさせておいて、あとは放置ですか」

「あ、悪い」

「見惚れてしまう理由もわかりますが、それでも視姦されて喜ぶ女性はいませんよ?」

「とうとう負のマナに脳が冒されたか」

「今、頭の中でカチンという音が鳴り響きました。ええ、胸の中でブクブクと負のマナが煮えたぎっています。誰かに向かって吐き出さないと収まりがつきません」

「盆地の方に行けば手頃なのがゴロゴロいるぞ」


 どうも俺達は穏便な普通の会話が苦手らしい。埒が明かないのでさっさと本題に入ることにした。


「カミラさんは違うって言ってたけど、どう考えてもカミルエーンだよな?」


 急な話題の転換に一瞬喉の奥に言葉を詰まらせたエスカは、フゥと長い息を吐き出した。熱愛中のイケメンを操作する指はとうに止まっていて、上瞼を半分ほど下ろしたジト目でこちらを見つめてくる。


「質問の意図が不明です。カミラさんはカミラさん、カミルエーン神とは全然違いますよ? 確かにカミラさんはかなり位階の高い方でしたが、あくまでもエルフ種としてであって、それを神と混同するなんて正気を疑います。そもそも、それまでレイドボス扱いだった方を神とみなすその発想が私には信じられません」


 神に仕える巫女にする話じゃなかった。ゲームの理解も早く、俺達の立場をきちんと把握して会話をこなすエスカに、つい甘えて現代日本の感覚で接してしまったことを反省する。神話と歴史は別物だ、そういった認識はここでは通用しない。神話は歴史そのものであり、それらは一本道で現在まで続いている。異文化との交流もなく純粋培養されたこの世界では、過去を疑うという考えそのものがないのだろう。


「ちょっと話題がいきなり過ぎたな。エスカには判りづらいかもしれないけど、俺達の世界だと、神話って基本的には創作なんだよ」

「作り話、ですか……」

「実在の人物や実話を元にした場合もあるぜ。それでも言っちゃえば、捏造誇張歪曲なんでもありのお伽噺さ」

「それはもう神話とは言わないと思います」

「そう言うなって。違う世界の話だ。で、それが頭にあるから、どうしてもこっちの神話についても穿った見方をしちゃうんだよな」


 エスカはやれやれと首を横に振る。


「私は寛大ですから笑って聞き流しますが、間違っても神殿関係者の前では口を滑らせないことですね、それが身のためです」


 俺は苦笑を返すしかなかった。

 魔法があり、エルフやドワーフがいて、こうして幽霊娘と会話まで出来てしまうなんともファンタジーな世界なのだ。実際に超越者の一人や二人いてもおかしくはない。俺の知識や常識を当てはめて考えること自体が無謀である。一介の高校生がしたり顔でよその世界の神話に口を挟むなんて滑稽でしかないのだろう。

 だからといって、ここで思考停止してしまうのも正直何かに負けたような気分で悔しい。要は口に出さなければいいわけだ。


 ゲームに戻ったエスカから視線を外し、その場でゆっくりと仰向けになる。あらかじめ適切なポジションに配置していた鞄を枕代わりにして、次第に暗くなっていく空をぼんやりと眺める。

 日本にいた頃は夜空を見上げる趣味はなかったし、星座にも興味はなかったので、この世界バラムカーンの星がどうのこうのと論じることはできない。ただ、望遠鏡があればイツァムナーラの眼月を観測できたのにという思いはあった。


 例えば、何の変哲もないただの衛星に飛来した隕石が衝突し、巨大な隆起と陥没を発生させてそれが瞳孔にも似た暗い影となった。衝撃で放射線状に割れた地表に地下から噴出した溶岩が流れて赤い虹彩になる。惑星との距離に変化が生じたため、変化した重力他もろもろの影響で津波が発生。また大気圏外から降り注いだ衛星の破片が大陸に大厄災をもたらした。

 神話時代の終焉を告げるイツァムナーラの怒りは、こんな感じの自然の大災害で説明がつくだろう。問題は三千年もの長期に渡って凝固せずに流れ続ける衛星のマグマだが、こればかりは実際に間近で観測しなければ答えは出ないだろう。


 では、その頃地上では何が行われていたのか?

 大陸の覇権をかけたエルフとダークエルフの争いではなかったのかと、俺は考えている。地神

カミルエーンはエルフを象徴し、そして冥神シャラヌーンはダークエルフの象徴というわけだ。空神フェイカールはもしかしたら大災害によって絶滅した種族かもしれない。イツァムナーラの怒りによって争いは中断され、大きく数を減らした精霊種に代わり、大陸の別の場所から移住してきたヒューマンが多数を占めるようになって今日に至る。


 こう考える切っ掛けとなったのはカミラとの会話だ。

 カミルエーンの眷属であるはずのピィとの感応、そして我が眷属と認める発言。

 神話時代にはいないはずのヒューマンの俺を見て、当たり前のように“東方の人の子”と表現したカミラ。つまり、カミラがいた時代にはすでにヒューマンの存在は確認されていたことになる。

 エルフ種による、エルフ種のための神話、それがバラムカーン創世神話ではないのか?

 確証はもちろんこれっぽっちもない。あの方尖柱や石壇の年代測定が可能で神話時代のものと推定されても、カミラが神話時代のエルフだという証拠にはならない。


 これは思考ゲームだ。証明する手立てはないし、やる根も微塵たりともない。できればドワーフやダークエルフの長老的人物から伝承を教えてほしいが、無理なのは判りきっている。頭の中で勝手に空想の翼を羽ばたかせての、暇潰しのネタ、それ以外のなにものでもない。



 エスカが目標としていた位階三、級四十以上のラインをあっさりとクリアしたため、これ以上狩り場に用はない。日が昇ると同時に盆地を発ち、昼前にはレオルゴの街に戻っていた。

 マサル達は日帰りで狩り場に通っているらしく、不在だったが宿に部屋は取ったままだった。以前に泊まった時と同じ寝台二つの部屋だ。そこに荷物を置き、食堂で昼食を摂る。


 狩り場まで迎えに行く気もないので、午後は街中でのんびりと過ごすことにした。

 まずは魔法協会の出張所みたいな店で念願の炎系範囲最高火力霳炎(フレア)を入手した。早速エスカに付与してもらい、試し撃ちに出かける。遠出はしたくないので、場所は街の南側のロベカン平原だ。


 例によって、ピィの索敵能力で獲物を捉える。岩陰にいる一匹のウェアウルフだ。

 風下だったので、気づかれずに二十メートルぐらいまで接近した。

 胸の中で覚えたての魔法陣を起動させる。

 マナの練り具合がブレイズとはまったく違った。数倍の量を一気に凝縮するかのような感覚だ。

 ゾクゾクと興奮が背筋を這い上がる。


「フレア!」


 杖の先端が閃光を放った直後、ウェアウルフの頭上にまっ白な光球が出現した。まるで地に降りた太陽だ。

 それが、溶ける。

 白い光は滴となり、先を見通せない瀑布となって地面に落ちていく。

 燃やすのではなく、溶かす。

 圧倒的な熱量が、俺達のいる場所にまでその余波を届かせる。煮え滾る油の中に水をぶちまけたような水分の弾ける騒々しい音と、異臭のする蒸気が辺りに立ちこめる。

 光球が消えた後、その下には何も残らなかった。ウェアウルフはおろか岩さえも完全に姿を消していた。溶けた地面は冷えかけの溶岩のようで赤茶けた表面からいまだに気泡を噴き上げ、蒸気とともに刺激臭を放っていた。


「こりゃすげぇけど、使いどころが難しいなぁ」


 まず素材の回収は無理だろう。動き回る相手に照準を定めるのは困難だし、前衛が突っ込んでいる敵には間違っても使えない。


「上位魔術を初めて使ってこれほどとは。トッシーの世界に魔法がないという話は本当ですか? やけに手慣れているように見えるのですが?」

「RPGやる時はいつも魔砲職だったからな。そのせいじゃないか?」


 イメージトレーニングは事前にしっかりと積んでいた、というわけだ。

 だいたいの使用感は掴んだので、杖を仕舞って街に戻る。

 のんびりと通りを歩いてみるものの、興味を惹かれる店がなく、結局は宿に戻ることにした。


 一階の食堂に足を踏み入れる。

 昼に飯を食った時と雰囲気がガラリと変わっていた。客の入りは五割ほどに減り、客同士の会話がほとんどなかった。

 理由はすぐに見当がついた。中央のテーブルに金色の頭が二つ。

 俺は見なかった振りをして、隅の方へと移動する。いや、しようとした。


「気づいたのに知らん振りとはつれないよ、トシアキさん」


 レイジアンだった。にこやかに笑いながら手を上げて声を掛けてくる。

 こうなると無視し続けるのも難しい。仕方なく、彼らのいるテーブルへと近づいた。

 当然、隣に座っているのはエミリアだ。不機嫌そうな表情を浮かべ、微妙に俺から視線をずらしていた。


「なんかメチャ店の空気が悪いんだが、お前ら、何かしたのか?」

「いや、僕は何もしていないよ、僕は、ね」


 そこまで言ったら連れが何かしましたって白状しているようなものである。俺は遠慮なく不躾な視線をエミリアへと差し向けた。


「ふん」


 さらに顔を背けながら、エミリアは言った。


「お前が遅いのが悪いのだ。私達を待たせるとは何様のつもりだ。お陰でいらぬ体力を使う羽目になったではないか」


 なんとも勝手な言いぐさに、返す言葉も冷たくなる。


「で、何しに来たんだよ、また俺に泣かされたいのかよ?」


 ガタンと椅子が倒れて派手な音を上げた。


「い、いつ私が泣いた!? 馬鹿を言うな!」

「んじゃ試してみるか? 上に部屋とってあるぜ」


 俺が得意なのは寝技なんだ、と付け加える。

 ポカンと間の抜けた顔を晒したエミリアは、瞬時に顔を真っ赤にした。肌が白いのでその変化が鮮やかだ。


「へ、へやぁ!? な、なっ、不埒な!」


 融通のきかない真面目なやつをからかうのは存外面白い。おまけに、昔の俺を真似たピィがアカンベェとやるものだから、もう怒髪天である。仕草本来の意味は知らなくても、十分に馬鹿にする意思は伝わるのだ。


「ぐ、愚弄するな! そこの羽娘、成敗してくれる!」


 俺じゃなくてピィかよ。


「あ、止めといたほうがいいぞ? ピィは強いぞ?」


 その言葉を受け、ピィはファイティングポーズを取り、ヘナヘナジャブを打つ振りをする。もっとも、俺の背中に半分隠れての挑発行動なので少々情けなくもある。

 が、エミリアはその挑戦を受けてしまった。


「よかろう、ここで引き下がっては示しがつかぬ。半殺しで済ませてやろう、掛かってこい」


 傍目には随分と大人げない行動だが、本人はいたって真面目である。

 不安気に俺を見るピィに肩を竦め、「お腹を軽くポコンな」とアドバイスして送り出す。

 やる気なさげに触角をプラプラ揺らし、パタパタとエミリアの前まで飛んでいく。


「エミリア、大きく息を吸って」

「なに!?」

「いいから言われた通りにする、ほら、息を吸え」


 訝しみながらも、エミリアが深く肺に空気を送り込む。


「口からゆっくりと吐き出しなから、腹筋に力を入れろ。踏ん張るなよ、身体は軽くだ」


 指示に従うのを見届けてから、ピィに合図を送る。


 ポコン


「ブホッ!」


 淑女にあるまじき悲鳴を上げ、エミリアは空を飛んだ。

 後ろからゴムに引っ張られたかのごとく、一直線に真後ろへ。

 物理法則を無視して人の身体が水平に飛行する様は壮観ですらあった。

 店の扉をぶち破り、通りの真ん中辺りに着地したようだ。勢いが削がれなければ、向かいの店の中に飛び込んだことだろう。


「ははは、本当に強いんだね」


 レイジアンが顔面を強張らせ、冷や汗をタラリと流していた。


「エミリアの性格はもう知っているだろう、できれば穏便に済ませて欲しかったんだがね」

「だったら最初から一人で来いよ」


 挑発した当人が言う台詞じゃないな。


「マサル達が戻るのは夕方くらいだから、話があるならその頃にまた来てくれよ」

「そうさせてもらう。それではまた後ほど」


 会釈してから、レイジアンは足早に店を出ていった。早く回収して治療しなければまずいと思ったのだろう。

 俺は倒れていた椅子を引き起こして腰を下ろす。隣の椅子にピィを座らせてやると、向かい側にはエスカが着いた。


「あの人も懲りないですね、これで三度目です」

「それだけ笑いをとりたいんだろ」

「身体を張ってですか?」

「命がけの芸風だな、俺には無理だ」


 四回目でお前が絡まれたら、頭の上に鉄鍋でも落としてやれと進言しておく。


 と、ドンと勢いよく目の前にテーブルに把手付きの器が置かれた。

 初めて見るドワーフの男がニッと笑い、開いていた椅子に腰掛けた。


「よくやったな若いの、胸がスッとしたぜ、これは俺の奢りだ、遠慮なく呑んでくれ」


 やったのはピィなんだけどなと思いつつ、曖昧な笑みを返しておく。

 器から漂うアルコールのきつい匂いが鼻腔を刺す。確か半焼きのパンを発酵させたビールで、沈殿物が多いから上澄みを啜るようにして呑むらしい。


「エルフって奴はほんとに生意気でいけねぇ、さっきの娘は中でも極めつけだ。神殿騎士だかなんだか知らねぇが神殿の権力を笠に着やがって威張りくさりやがって。話を聞いていたが、若いの、前にもあれをへこませたんだってな、いいぞ、たいしたやつだ」


 すでにかなりのアルコールが入っていたのか、ひげ面のドワーフは鼻の頭を赤くさせ、陽気にノンストップで喋りまくる。


 そしてそれを機に、俺のテーブルの周りに店にいた客が何人も集まってきた。

 肩を叩いてきながら、口々によくやったとか呑めとか声を掛けてくる。俺が店に来るまでの間、かなり嫌われる真似をエミリアはしでかしていたらしい。

 誉められると悪い気はしない。その場の空気のノリもあり、俺もだいぶ気が大きくなっていたようだ。日本では未成年の飲酒喫煙は御法度と手を出していなかったが、ここは異世界だしいいよな、な感じに思考が染まっていく。

 把手を掴み、器を口元に近づける。


「おお、そうだ、グイといけ」


 言われるがまま、グイと器を傾け、中身を口の中に流し込んだ。

 残念ながら、俺の記憶はここまでである。




エルフの里のシーンが中途半端に長いので今回はここで切ります。

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