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魔王はだれだ!?  作者: かぶきや
第三章 転
14/19

3-01

 

 

 真面目に剥ぎ取りをしたのは最初の三日間だけだった。通商会館から借りた特大の保管袋がすべて満杯になってしまったのだ。マサル達も頑張ったが、俺も頑張った。将来、日本で警察官になっても、どんな凶悪犯行の現場でもビビらないだけのスプラッタ耐性を身につけた。


 四日目からは、見張り番小屋から徒歩で一時間程度の距離にある呪われた廃墟(・・・・・・)に狩り場を移し、俺は剥ぎ専(・・・)からようやく解放された。

 (レベル)でいうと三十五前後のスケルトン系が大量発生する、随分昔に遺棄された都市跡だ。どんなに狩っても一晩経てば同じ分だけ復活するという、格上だが連日の乱獲にはもってこいの狩り場だった。大陸にはこんな負のマナの吹き溜まりが他にも何カ所かあるらしい。


 湧くのがスケルトンばかりなので収入にはならない。常に四、五体のグループで行動していて、一体ずつの引き狩りができないので前衛に掛かる負担が大きい。グループには必ず一体弓兵がいて、まず最初にこれを瞬殺しないと高確率で後衛の誰かが麻痺毒矢の餌食になる。つまり、適正レベルで乗り込むと被る損害が馬鹿にならず、かといって楽に対処できるレベルになってからだと経験値的にまずくなる。これが一般的な冒険者の呪われた廃墟に対する評価だ。


 しかし、俺とマサルのパーティーは世間の一般から少々ズレていた。

 俺の一発ドカン魔砲のオープニングショットで確実に骸骨弓兵を蒸発させ、マサルの敵対値上昇技能(ヘイトスキル)挑発で寄ってきたところを前衛三人(・・)がフルボッコにする。


 弓兵のマナを封魂石に取り込んだあとは、俺とエスカは傍観者だ。

 リザードマンから奪ったバックラーを左腕に装備したマサルは、まさしく無双状態だった。重量の軽い骨相手なので右腕一本でも足りるのだろう、ポールアックスが空を裂くたびに、乾いた音を立てて白い骨はバラバラになって四散した。相棒の希望職は俺と同じ警察官だが、制服姿よりも、ラスベガスのリングあたりで雄叫び上げてるほうが似合う気もする。


(レベル)ってこんなに簡単に上がるもの?」


 驚くシルビアだったが、それ以前の問題として、魔術師のお前が何故マサルと一緒になって骨を叩いているのかと、声を大にして問い詰めたかった。


「……経験値、うまうま」


 可哀相に、ミリアはすっかりエスカ経由で毒に犯されていた。娯楽のないこの世界の住人にとって、日本の文化は中毒性のある猛毒だったらしい。


 全員のレベルが三十五を越える頃には、俺の魔法制御も随分と板に付いた。威力を落として連発できるようになったのだ。もう二度と剥ぎ専(・・・)とは言わせない。

 この狩り場を卒業する前に、戦闘力の確認という意味で、俺とマサルの二人だけでボスっぽいミイラに挑戦した。多少時間は掛かったが無傷で倒せたのだから上出来だろう。


 呪われた廃墟からミラルドの街に向かう。

 距離的にはウカルナが幾分近かったが、今後はミラルドを拠点にしたほうが適正狩り場が近いらしい。

 使われなくなって久しい荒れた旧道を半日掛けて進むと、ウカルナとミラルドを結ぶ街道に合流する。休憩所みたいな場所で野宿した。


 翌日、道沿いに歩いていると、一台の馬車が追い越していった。舞い上がった砂埃の酷さに足を止めて収まるのを待つ。ふと思いつき、帰還スクロールや都市間ワープみたいなものはないのか、エスカに訊いてみた。彼女によれば、スクロール系はないものの、街とを繋ぐワープみたいな陣は存在しているが、神殿が秘匿していて一般には公開されていないらしい。


「足腰弱った年寄りや、老い先短く残り少ない貴重な時間を移動に費やしたくない金持ちが利用するようで、神殿の一番奥の部屋に設置しているとか。私は見たことはありませんが」


 五百年前の話だが、シルビア達の顔色を窺う限り、概ね間違ってはいないようだ。それにしても、元巫女には守秘義務がないのか、秘匿情報がダダ洩れである。


 起伏の激しい土地の道を何度も上り下りする。いい加減うんざりし、昼飯休憩を言い出そうかと悩んでいた頃、山間の坂を登りきった。道はすぐに下り勾配になり、下りきった所はちょっとした広さの平原になっていて、その先にミラルドの街があった。


「そろそろ終わりにしとけよ」


 エスカとミリアに注意する。

 二人はすぐにゲームを中断し、エスカがインベントリに二人分のPSβを収納した。電池を充電するためにソーラーパネルはぎりぎりまで出しておくようだ。


 休憩はとらずにそのまま街を目指す。

 体感的に一時間ぐらい歩いただろうか、門の前に到着した。

 ウカルナと同じく、完全武装の兵士が二人、門の両脇に立っている。そのうちの一人が進み出てきた。


「冒険者だな、加護を見せてくれ」


 言われるまま、俺達は順番に加護を表示する。

 兵士の視線がチラチラとエスカに流れることに気がついた。


「確認した。それから、そこのゴーストの召喚主は?」


 男の態度からこの質問を予測していた俺はすぐに手を上げた。


「あ、俺です」


 俺とエスカを見比べる兵士の瞳に()ぎるのは戸惑いの色か。


「もういいですか?」

「あ、ああ、引き留めて済まなかったな、行っていいぞ」


 マサル達を促して、門を潜って街に入る。

 その横を、門にいたもう一人の男が駆け足で追い抜いていき、街の奥へと姿を消す。


「なんだ?」

「あ、あたしたち、何かした?」

「……?」


 三人の顔に盛大な疑問符が浮かんでいたが、俺は首を横に振って否定する。

 ウカルナの魔法協会で巫女達が示した反応で、いつかはこんな時が来るだろうと想像していた。ただ、街の兵までを動かすとは思っていなかった。神殿の影響力を甘く見ていたようだ。


「先に素材を売って、それから昼にしよう」


 シルビアを先頭に、ミラルダのメイン・ストリートっぽい道を練り歩く。

 最後尾のエスカに並び、小声で伝える。


「お前の好きなようにすればいいさ、反対はしない、多分、だけどな」

「心配いりません。私は他人に迎合する気は毛頭ありませんから」

「……遠慮や自重はしよう、な?」


 神殿関係の問題は俺やマサルでは手の出しようがないから、不本意ながらエスカに対処を丸投げするしかない。極力俺達に迷惑を掛けない形で処理してほしいと、心から願う次第だ。


 ウカルナが石の街だとすると、ミラルダは木の街だった。全体的な規模も一回りほど小さいように感じられる。足下も土の道で、雨が降ればぬかるみそうだ。ただ木の建物の造りはしっかりしていてロスイゴス島の村のような安っぽさはない。それでも、ウカルナが都会なら、ここは田舎としか言えない空気が全体を覆っていた。


 通商会館も、向こうが本庁なら、こちらは村の役場といったところか。中に入り、手続きはシルビアとミリアに任せて俺達三人は壁際で終わるのを待つ。


 と、神官風の格好をした若い男が息せき切って建物内に飛び込んできた。全力で走ってきたのか、苦しそうな息づかいがここまで聞こえてくる。室内を見回していたその男は、エスカを視界に入れるや否や、真っ直ぐに歩み寄ってきた。


「失礼ですが、女神の祝福さまでいらっしゃいますか?」


 返すエスカの目は冷たい。


「違います」


 えっ、と驚愕に両目をまん丸にした男は、慌てて会館から飛び出していった。

 いや、パシリがそれでいいのか?

 呆気に取られていたマサルが我に返ると、侮蔑たっぷりに低く吐き捨てた。


「ほんとに失礼なヤツじゃねぇか」


 苦笑するしかない。

 やがてシルビア達が戻ってきたので、ご苦労さまと労ってから外に出る。


 表通りをざっと見渡す。宿屋と食事処が一緒になった看板が目に付いたので、そちらへと足を運ぶ。料理が満足できるものだったら今夜の宿にするのもいい。

 昼時だからか、店内は結構混んでいたが、幸い奥のテーブルが空いていたのでそこに陣取った。

 給仕の女性にお勧め料理を四人分頼んでから、売った素材の代金を四等分にしてそれぞれの懐へ。


「本当にいいの? あたしたちから級上げをお願いしたのに」

「それはお互いさまだろ。それより、トカゲの皮の分だけ俺が得しちゃってるけど?」

「それこそ気にしなくていいのよ」


 俺がリザードマンの皮をキープしたのは、これでジャケットを作ってもらうためだ。日本に持ち込んでも決して不自然ではないだろう。マサルにも勧めたが、は虫類の皮はあまり好きじゃないらしい。


 料理がきたので、会話は中断して胃袋を満たすことに専念する。

 肉と野菜の煮込みで、味はまあまあだった。


 暇なエスカがゲーム機を出そうとするのを、俺は手だけで制した。テーブルに接近する三つの人影があったのだ。一人は先ほどの神官風の男で、残る二人はエルフの戦士だった。一目で立派だと判る装備に身を包んだ美形の男女である。女は若く十代後半ぐらいか、男のほうは年齢不詳で二十代にも三十代にも見えた。


「そちらの女神の祝福殿と話がしたい。場所を用意しているので同行を願う」


 高圧的な口調で言い放ったのは女エルフだった。

 願う態度じゃなかった。テーブルの面々を見定める瞳も、まるで汚物でも眺めているかのように冷たくて蔑みの色が見て取れる。

 一番近くにいたマサルがキレかかった。


「飯食ってる人の頭越しになに寝言ほざいてる。顔洗って出直してきやがれ」

「なんだと!」


 やばい、一触即発だ。俺は椅子から腰を浮かそうとしたマサルの肩に手を載せた。代わりに立ち上がり、エスカに声を掛けた。


「荷物は置いていけ」

「判りました」


 ウエストバッグに手を入れ、ひと掴みの硬貨をテープルの上に置く。


「マサルは飯を食ったら部屋の予約と、足りないモノの補充を頼むよ」

「いいのか?」

「ヤなことは早めに片付けるに限るさ。時間があったら防具やスキルでも見てこいよ」


 籠からパンを一つ取ってエルフ達の前に立つ。


「ふん、祝福殿に寄生する虫けらどもが。貧相な見た目通り品がない連中だ」


 ガタンと椅子と床のぶつかる音がした。

 俺の横にマサルの影が落ちた。


「トシ、悪りぃな、もうダメだ」


 エルフ女の身長は俺とほぼ同じで、マサルとは頭ひとつ分以上の差があった。が、女の見下した態度に変化はない。


「図体だけは赤月熊並だな。首を落とされたくなければ、膝をついてこれまでの無礼を……」


 マサルは不敵に笑って言葉を遮った。

「何(かた)っちゃってんだ? その腰の剣は飾りか? てめぇの腕で落とせる首かどうか試してみたらどうだ?」


 挑発に女はあっさりと乗った。


「冥界に落ちるがいい!」


 ああ、ダメだ、剣をそんな大振りしちゃ。

 ほら、みろ。素早く重心の移動を行ったマサルが、女の剣を持つ手を左手でかち上げ、右手を喉元へと差し入れる。いつの間にか踏み出していた右足を勢いよく後方へ。

 喉輪を入れながらの大外刈りだ。

 女の身体が宙に舞い、一瞬、俺の目の高さで床と水平になる。そして、後頭部から床に落下した。鈍い衝撃音とともに身体がバウンドし、身動ぎひとつしなくなる。


「ほぉ」


 女を諫めようともせず、一言も口を開かずに傍観していたもう一人のエルフが感嘆の息を吐く。なんとなくイヤな感じがした。


 気がつけば、シルビアとミリアがそれぞれの獲物を手にして倒れた女エルフの傍で構えている。いいチームワークだ。というか、みんな血の気が多すぎだろ。

 俺は落ちていた剣を拾い、エルフ男に柄を向けて突きつける。


「すまないね」


 悪びれた様子もなく受け取りやがった。


「エルフの里から外に出る機会が少なくてね。エレニアもいい勉強になっただろう」

「その里とやらに一生閉じ込めておけよ」

「ははは、君も言うね。食事を中断させて申し訳ないが、それではついてきてくれないかな。そうそう、カバロ君、エレニアを頼むよ」


 一方的に喋り、神官に指示を与えると、エルフ男は店の出口へと歩き出す。

 いまだ憤然としているマサルにあとを任せ、俺とエスカはその背中を追う。


 エルフ男――レイジアンと名乗った――が案内したのは街の中心に位置する神殿だった。正面ではなく、建物横の小さな木戸から中に入り、応接室のような豪奢な部屋に通された。レイジアンは俺達を部屋に残し、さっさとどこかへ行ってしまう。

 インベントリから杖を出して万が一に備える。椅子には座らない。


「エルフって、みんなあんなに高慢なのか?」


 暇なので疑問を口にする。


「カミルエーン神が地を治めていた時に産み落とされた種族とされています。あとから来たヒューマンを導くのは自分たちの役目だと勝手に決めつけているのは、昔も今も変わらないみたいです」


 エスカのいた頃から神殿のトップとその側近はエルフ種だったという。

 持ってきたパンを囓りながら待つ。すぐに食べ終わってしまう。胃袋は少し落ち着いたが、今度は喉が渇いてしかたない。

 こんなことなら料理を全部食べてから来ればよかったと後悔し始めた頃、廊下側から部屋の扉が開かれた。


 入ってきたのはレイジアンとエレニアだ。レイジアンは扉を手で押さえ続け、エレニアは開口部の脇に陣取ると、険しい目つきで睨んでくる。懲りてないらしい。マサルと違って体格的に見劣りする俺を見くびっているのか。


 そこまで考えて、ハッとなる。心が(すさ)んでいた。最近スケルトンの相手ばかりしていたせいか、それとも、彼の地の負のマナとやらに影響を受けたのか。普段よりも好戦的になっている自分を意識した。マサルがたやすくキレたのも俺と同じ状態だったからかもしれない。


 次に入ってきたのは、白髪のかなり高齢なエルフの男だ。

 続いて、エスカと同じ巫女の衣装に身を包んだ年若いエルフの少女が楚々と足を運んできた。

 廊下には数人のエルフの兵士の姿もあったが、彼らは入室せず、レイジアンが静かに扉を閉めてその姿を遮った。


 エルフの巫女が俺とエスカの前に身を進める。

 真っ直ぐに伸ばした右手の指先で左肩を、左の指先で右肩を押さえ、ちょうど胸の前で腕をクロスさせるようにしてから、巫女はゆっくりと上体を前に倒して言う。


「初めてお目に掛かります。女神の祝福さまとその主さま。エルフの里祭祀殿にて巫女を勤めますロザリナーラと申します」


 隣を見ればエスカもまた同じ姿勢をとっていた。


「ロスイゴス、イツァムナーラ女神殿で巫女見習いでした、エスカナーラといいます」


 こうしてみると、エスカも本当に巫女だったんだなと妙な感慨に耽ってしまう。向こう側が透けて見えるやつだけどな。

 老人にレイジアンが耳打ちするのが視界の隅に映る。名簿という単語が僅かに聞き取れた。老人は(かぶり)を振っていたから、提案を却下した、だろうか。

 と、エスカに小さく名を呼ばれた。慌てて俺も名を名乗る。


「トシアキ・ナツだ」


 礼儀知らずが見よう見まねをしても滑稽なだけだろう。軽く会釈を返すだけにした。が、エレニアが小さく吐き捨てるのをしっかり耳が捉えてしまう。


「そちらの事情を顧みず急な呼び出しをしてしまい、大変申し訳ありませんでした。どうぞ、掛けておくつろぎください」


 ロザリナーラは優雅な仕草で椅子に腰掛ける。

 老人のエルフは自己紹介もせず、無言でその椅子の背後に立った。里から一緒に来たお目付役といったところか。


 ロザリナーラを改めて観察する。

 日本の萌え文化を立体化したらこうなる、という見本のようなエルフの美少女だった。

 流れるようにサラサラとした艶やかな金髪を背中の中ほどまで垂らしている。逆三角形の小作りな顔は白磁のようで、ピンク色の唇と蒼く透き通る瞳が絶妙なバランスで配置されていた。金色の柳眉と目を縁取る睫毛が淡くけぶるようで、硬質になりがちな顔の印象を和らげていた。袖無しの貫頭衣の肩口から伸びる腕はあまりにも細く、軽く握っただけで折れてしまいそうだ。胸は一般的なエルフ娘のイメージ通りだったが、それが余分な色気を少女から取り去り、清楚と可憐をより強調する結果になっている。

 うん、文句なしの美少女だ。


 エスカの視線を横顔に感じる。

 見惚れていたわけじゃないぞ、と胸の内側で言い訳してから、左手に持つ杖の先の爪で床を軽くコツンと叩いた。


「まず訊いておきたい」


 少し偉そうかなと思いつつ、周囲の人の様子に注意しながら言葉を続けた。


「俺達と対等な話し合いをする気があるのか、それとも、服従させるつもりで呼んだのか?」


 俺の常識と照らし合わせてみて、非を責められる謂われはなかった。下手に出ても自分達の立場を弱めるだけだろう。


「無礼だぞ!」


 前に踏みだそうとしたエレニアをレイジアンが押しとどめていた。


「誤解を招く行動をとったこちらに非があります。その点については深くお詫びいたします。今回、私はお願いする側にあり、あなた方に強制や命令をする立場にはありせん」


 今回と私という、限定的な物言いに引っかかる。次は判らないぞ、と脅しを含ませているのか、俺の深読みし過ぎなのか。真意を引き出すために、さらに挑発を続ける。


「なら人選に失敗したな。使いも満足にできない、護衛役にしてはお粗末過ぎ。こんな者を傍に置いていても君の評価を下げるだけだ」

「貴様ぁ! レイジアン放せ、思い知らせてやる」


 俺は吠えるエレニアに、ニヤリと笑ってやる。


「マサルに瞬殺されたザコが粋がるなよ。俺になら勝てると思ったか? 教えてやるから掛かってこいよ。それとも飼い主の許可がないと何もできない腰抜けか?」


 挑発を通り越して喧嘩を売ってしまったが、後悔はしていない。好戦的な気分がまったく抜けていなかった。マサルに先を越された悔しさが胸の奥で燻っていた。


 老人がロザリナーラに何事か囁いている。巫女の顔が縦に振られた。


「判りました。存分にどうぞ」


 許可出しちゃったよ、この巫女さん。


「ただし、以降は禍根なしで願います」


 好都合ではある。


「十、数えててくれ。その間に終わらせる」


 俺の宣言に、険しかったエレニアの表情が更にきつく歪められた。

 レイジアンが離れ、エレニアが剣を抜いて構えた。

 俺は複眼の飾りのついた杖の頭部近くを左手に握り、その前に右手を添える。


「一」

 本当にカウントを開始した、なんともノリのいい巫女さんだった。

 二本の爪がついた杖の先端と、エレニアの細い両刃剣の切っ先が触れ合う距離で対峙する。


「二」

 マサルはレベルアップ時に筋力と体力の上昇を実感できたという。その二つの値が極端に低い俺にはまったく意味がなかった。知性や精神の向上が魔法の威力にどう関係するかなんて、同一条件下で恒常的に試験を繰り返さなければ判明しないだろう。


「三」

 エレニアの右肩の筋肉に力がこもる。

 知性と精神以外で、俺がマサルに勝っていたパラメーターがもう一つ。

 それが俺にもたらしたのは……。


「四」

 動体視力と反応速度の上昇だった。

 エレニアが剣を振り上げると見せかけ、鋭く突きを放ってきた。

 それを下から擦り上げる。


「五」

 激しい金属音。

 二本の爪が細身剣の刀身を咬む。手首を内側に捻れば、いとも簡単にエレニアの手から剣は離れた。


「六」

 床に剣が転がる乾いた音がした。

 マサルの手形がうっすらと残るエルフの細い首元、蜘蛛の爪が小さな窪みを白い肌に作っていた。力加減を誤ったか、赤い滴が浮いてきたが、まぁこれぐらいは許してもらおう。

 と、殺気が首筋を打つ。素早く後退した。


「七」

 カウント続行かよ。

 目の前を通過したのはレイジアンのレイピアだった。

 握り手を前にずらして杖を短く持つのと、レイジアンが連撃を放ってくるのは同時だった。


「八」

 左太腿への突き。上から叩き落とす。

 腹部への薙ぎ払い。杖を立てて止める。

 左胸部への突き。左横へと払いのける。

 頭部への振り下ろし。上段の構えで受け。


「九」

 右足で床を蹴り、寝かせた杖でレイジアンの胴を薙いだ。

 鎧を叩く固い手応えに、俺はハッとなった。

 実戦で抜き胴なんて意味ねぇよ!

 無防備に身体を晒した俺は負けを覚悟した。


「十」

 が、レイジアンはそれ以上打ってはこなかった。


「まいったよ。杖に魔法が載っていたら、今頃僕は真っ二つだったね」


 どうやら勝ちを譲ってもらったらしい。もし魔法ありの剣技だったなら、間違いなく瞬殺されていたのは俺だっただろう。

 いつの間にかロザリナーラは椅子から立ち上がっていた。


「見事な腕でした。祝福の加護を授かるに相応しい力の持ち主と誰もが認めることでしょう。ただ残念なのは、ゆっくりとお話する空気ではなくなってしまったことでしょうか」

「あ、すまん」


 そんな雰囲気に持っていったのは俺なのだから、これはもう反省するしかない。今日限りで神殿とのいざこざは片をつけようと考えていたのに、逆効果としか言いようがなかった。


「次はできるだけそちらに迷惑が掛からない形で話し合いの場を設けたいと思います。それでは」


 レイジアンの開いた扉から、ロザリナーラは部屋を出て行った。

 その後ろに続こうとした老人が、ふと足を止め、顔を向けてきた。


「封魂石を染めるのなら、女王蜂討伐に参加するがいい」


 俺の返答を待たず、廊下の奥へと去って行く。

 俺達の行動は完全に掴んでいるぞというわけだ。親切心からの言葉か、それとも裏があるのか、今はまだ判断できなかった。

 茫然自失とするエレニアをレイジアンが引っ張って退出すると、部屋には俺とエスカだけが残った。


「これは勝手に帰れってことか?」


 連れてきてあとは放置、はないだろう。俺達は客じゃないのか?

 同意を求めようと振り返る。

 エスカがもの凄いジト目で睨んでいた。


「な、なんだよ」

「トッシー」


 口調までもが恨みがましい。


「私に自重しろといったのはどの口ですか?」

「あ……」

「トッシーの今の行動のどこに遠慮と自重がありましたか?」

「……」


 ぐうの音も出ない、とはこのことである。


「好きにすればいいと言っておきながら、実際に好き勝手したのはトッシーでした。きちんと礼儀正しく対応した私がまるで馬鹿みたいです」


 救いを求めようにも、部屋には俺達以外には誰もいないのである。


「それになんですか、耳長乳無女を見る目つきがいやらしかったです。鼻の下が伸びていました。具体的には 2.5 センチほど」

「ちょっとまてコラぁ! なんだその微妙な数字は!? 思わず納得しちまったじゃねぇか!」

「カッコいいところを見せて気を惹こうなんて浅ましいにもほどがあります。無理です無駄です無謀です、大陸一の笑いものです。これからは神殿に行くたびに石を投げつけられるのです、ええ、私が投げます」


 誰か、こいつを止めてくれ……。




07.01 誤記修正


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