2-07
シルビアとミリアは揃って位階二に級三十二だという。去年島を出た時が二十だから、この街にきてから十二上げたことになる。ずっとペア狩りだったらしい。俺とマサルの条件と同じだから、二人のやり方は今後の参考になるだろう。
俺達が技能や魔法を一つも取っていないと聞いて、両目を剥いて驚いていた。そして、口々にマサルの戦闘力の高さを褒めそやす。
サービスで、蜘蛛相手に素手でやり合ったマサルの様子を俺が冗談交じりに話すと、シルビアの賞賛はさらに度合いを深めた。絶賛と言っていい。
端から見ていると、男に不慣れで興奮に歯止めが効いていないように思えた。辟易しているマサルには悪いが、なんとなく微笑ましい。
「オレ一人じゃねぇぞ、トシたちも一緒だったんだぜ」
逃げを打つマサルに、エスカが援護する。
「そうですね、蜘蛛の解体剥ぎ取りでしたらトッシーに敵う者はいないでしょう」
「任せろ、蜘蛛の解剖学で博士号が取れるぜ」
自分で言ってて悲しくなってきた。
シルビアの蔑みの視線から顔を背けずにはいられない。
「……寄生?」
ミリアの呟いた単語がグサリと繊細な俺のハートを鋭く抉った。
実際、剥ぎ取りぐらいしか役に立っていなかったので、言い返す言葉もない。
「マサル、これからも俺の壁役よろしく」
「バカ言ってんじゃねぇよ」
俺達は笑いながら通商会館の外へと足を向ける。
シルビアの横に並び掛けた時、俺はそっと彼女にだけ聞こえる声で囁いた。
「あまり誉めすぎないほうがいい、逆効果だぜ」
誉められて調子に乗る者もいるが、マサルは反対に鬱陶しく感じるタイプだった。
と、シルビアが険しい顔を近づけてきた。
「あんたさ、ほんとに相棒? 僻む前にやることあるんじゃないの?」
なるほど、今までの会話の流れからだと、そういう風にとられてしまうのか。
「悪かった、聞かなかったことにしてくれ」
謝り、傍から離れる。
俺は空気の読めないヤツだったのかと落ち込んだ。失言続きでイヤになる。
気を取り直して、マサルにこれからを訊ねた。
マサルに必要なスキルは戦技協会、俺のは魔法協会にそれぞれ行く必要がある。その二つは広場を挟んで会館の向かい側に並んで建っていた。
「別行動でよくないか?
「だな、そのほうが効率いいぜ」
横にいたシルビアがすぐに手伝いを名乗り出る。
「あ、あたしが戦技の案内をするよ、最初は数が多くて迷うと思うんだ」
隣でミリアが無言で首を縦に振っていた。
困ったような表情を浮かべる相棒に、俺は苦笑を返した。
「初心者は素直に経験者のいうことに従うんだな」
マサルは軽く肩を竦め、戦技協会に向かって歩き出す。
その後ろを大と小の娘が追いかける。
あっ、ドワっ娘に睨まれた。
さては貴様はエスパーか、なんて一人突っ込みは虚しかった。
「それにしても、下心丸わかりだな」
「マサルさまは判っているのでしょうか?」
「あそこまで露骨で判らないほど鈍くはないよ。戸惑っているだけさ」
いずれ、俺達は日本へ還る。この世界の人たちと親しくし過ぎると、後々自分に返ってくるのだ。だからさ、と俺は考えを言葉にする。惚れるかどうかなんて、今の時点では未知数だ。
「トッシー」
妙に固い声音に振り向くと、生真面目なエスカの眼差しとぶつかった。
「ミリアさんにわざと嫌われるようなことをしたのは、だから、ですか?」
つい、頬の筋肉を緩めてしまった。
「いや、あれは素でやっちまった」
「バカですね」
「言うなよ……」
インベントリを操作して、杖を出して左手に持つ。
魔法協会へと歩きながら、当たり前のようにエスカが隣にいることに、俺はふと疑問を抱いた。
「お前は向こうに行かなくてよかったのか?」
「初心者は素直に経験者に従うものです」
「へいへい」
「そもそも戦技は専門外ですから、私が行っても役に立ちません」
「……レクサーのおっさん、娘は魔術師志望だと言ってたよな?」
「……ミリアさんがいるから大丈夫でしょう」
魔法技術開発管理協会、略称魔法協会は大きな建物を戦技協会と分け合う形で建てられていた。二階部が大きく広場側に張り出し、幾本もの石柱がその荷重を支え、奥まった一階の壁面と柱との間がちょっとした回廊になっていた。
硝子を入り口に使う発想がないのか、単純に強度が足りないのか。細かな彫刻の施された木製の扉を押し開いて中に入る。
アンティークな宝石店、が第一印象だった。ステンレス鏡面仕上げのような煌びやかさではなく、繊細な装飾の木製展示台と魔法によって生み出された照明の仄明かりが、しっとりと落ち着いた高級感を醸し出していた。
数組の客と、見守る数名の女性店員。店員はみなエスカのと似たような衣装を纏っているので、神殿からの出向かもしれない。
店に踏み入ってきた俺達に、店員がチラリと視線を流してくる。
次の瞬間だった。全員が一斉に背筋を伸ばし、深々とお辞儀をしてきたのだ。驚いた客が何事かと俺達に顔を向けてくる始末である。
最敬礼されたエスカはいたって暢気で気にした風もなく、傍から離れると、勝手にフワフワと店内の散策を始めた。
自称経験者から見放された初心者は、仕方なく接客から外れている店員に話しかけることにした。
「ちょっといいかな?」
「は、はい」
緊張していたようだ。可哀相なくらいに上擦った声が返ってきた。本人も恥ずかしかったのか、頬を赤く染めて俯いてしまう。
「単体相手の攻撃魔法で、ドカンと火力の高いやつ、ある?」
魔法といえば、魔砲である。これは絶対だ。最初に習得する魔法はコレだと心に決めていた。
「こ、こちらになります」
固さの抜けない態度でとある展示台まで案内してくれる。
封陣石が綺麗に並べられ、それぞれの下にタグが張られている。名称と効果、習得に必要なステータス値と値段が記されていた。
ザッと見渡して、俺は自分の魔法使いとしての特性がかなり高いことを思い知る。置いてあるほぼ全ての魔法が習得可能だったのだ。例外は聖系の範囲魔法ぐらいだ。
ひとつは炎系単体最高火力の爆炎で確定。
ウエストバッグの中にある硬貨の残りを計算し、値札と効果に目を走らせる。そして、見つけてしまった。炎系範囲最高火力霳炎、高熱量の粒炎を効果範囲の上方から高密度で振らせる。
やべぇ、想像しただけで背筋が震えるほど興奮する。
コレください、と口走りそうになったその時、
「トッシー」
自称経験者から有無を言わさぬ口調で呼び出された。
「こっちです」
「あ、その、これを」
「こちらに来てください」
項垂れ、命令に従った。
エスカの横には店員が立っていて、綺麗な石を一つ載せたトレイを持っていた。
「これが封魂石です。そして杖に組み込む陣ですが」
喋りながら傍の展示台を指し示す。完全に仕切られていた。
「トッシーの杖は素材がいいので、直接陣を刻むよりも、位階に合わせて封陣石を組み替えるほうがいいと判断します。ここからここまでの範囲で選んでください」
「じゃ、その一番高いヤツで」
手が届く範囲で一番いいものを、が俺のモットーである。
エスカが店員に指示し、選んだ石がトレイに移される。
「それで、トッシーが選んだのはなんですか?」
「あ、こっちこっち」
喜び勇んで案内する。
「これとこれ」
「無理です」
「えっ!?」
あっさりとダメ出しされてしまった。
「今のトッシーの位階だと容量が足りません、身の程を知りなさい、どちらか片方だけです」
どこの誰だよ、魔法特性が高いなんて盛大な勘違いをした愚か者は。
「……それじゃ、ブレイズのほうで」
「下位のものでしたら、あとひとつくらいは大丈夫だと思いますが」
俺は首を横に振る。下位レベルの攻撃魔法なんて、すぐに使わなくなり、スキル欄の肥やしになるだけだ。それよりも……。
隣に控えている店員に訊いてみる。
「狩りの時のマナをこいつにも分けてやれるような、そんな魔法ってある?」
「トッシー!?」
静かな店内に、エスカの驚く声がやけに大きく響いた。
「なにを企んで!? はっ、か、返しませんよ、私のイケメンさんは誰にも渡しません!」
「人の好意を裏読みすんな!」
いや、実は裏しかないんだが。
俺が魔法を覚えるよりも、エスカのレベルを上げたほうが狩りの効率は間違いなく良くなるだろう。使えるものは有効に活用する、が俺の主義である。
「それで、あるかな?」
改めて店員に向き直る。
「はい、それでしたら召霊使役が妥当かと。女神の祝福さまは高位精霊と同等と聞いています。サモン・スピリッツの強制力は無効で、マナの繋がりができるだけだと」
「前例があるんだ?」
「はい」
同類相哀れむではないが、その見ず知らずの他人に何故か強烈な仲間意識を抱いてしまった。
「記録によれば、五百年ほど前、神殿にいた巫女さまが女神の祝福を授けられたと」
聞かなければよかった。嫌な予感しかしないのは何故だろう。きっとその巫女さんは強制力が働かなかったことに涙を滂沱と溢れさせたに違いない。
教えてもらった魔法の封陣石をトレイに載せてもらい、カウンターで会計する。ウエストバッグに取り分けていたお金では足りず、結局店員の前でインベントリを操作して金貨を追加した。
「では早速」
「こ、ここでかよ」
「大丈夫です、痛くありません、すぐに済みます、いいからさっさとやらせなさい」
エスカは左の掌に石を載せ、右手を俺の額にかざす。
本当にアッと言う間だった。石が輝いたかと思うと粉々に砕けて塵となり、その一瞬後には額から熱いものが俺の中へと流れ込んできた。
加護を受けた時と同じだった。サモン・スピリッツの仕組みとマナの流れを無意識のうちに理解していた。
エスカが期待に瞳をキラめかせている。
仕方なく、渋々と、俺は魔法を行使した。
「サモン」
あ、繋がっちゃったよ。
初めて魔法を使った感動よりも、やっちまったよという無念が胸の内側いっぱいに拡がる。
続けてブレイズの魔法も付与してもらった。
「さすがです、我々ではとてもこんな風にはできません」
店員がエスカの手際の良さを褒め称える。
普通の巫女が付与する場合は、寝台に寝た被験者の額に石を載せ、そこに全力でマナを注ぎ込むらしい。しかし、そちらの方が正式な手順のような気がする。エスカの場合、石に封じられた陣を一度分解して自らに取りこみ、再構築して相手に刻むのだ。その過程で不純物が混じってないと、いったい誰が言えよう。
封魂石はエスカ、杖に仕込む封陣石は俺の、それぞれのインベントリに保管する。
店員達の丁寧なお辞儀に見送られて、俺達は魔法協会をあとにした。
マサル達はすでに用事を済ませて、広場の中央で手持ち無沙汰にしていた。付与のほうも協会にいた神官にしてもらったという。
隣でドンヨリと沈んでいる娘二人が気になったが、とりあえず意識から除外する。
「なにを選んだ?」
「ん、パッシブは筋力増強と心肺能力の上昇だな。アクティブはヘイトを稼ぐ挑発を覚えたぜ」
「かっこいい必殺技とかなかったのか?」
マサルの視線がシルビア達の方に流れたのを、俺はしっかりと見てしまった。
「なんかなぁ、下位のスキルはな、ちょいと練習すればすぐに出来そうなんだよ。達人の技のコピー、っていうのか。スキルだと発動から完了まで動きが制限されるからな、自分で練習して覚えたほうがいい」
シルビアの表情が暗い理由をなんとなく察した。勧めたスキルがことごとくマサルに却下されたので、手伝うと大見得きって結局できなかった自分に無力感を抱いたのだろう。
ミリアが不機嫌なのが判らない。他人の世話に喜びを見いだすようなタイプには到底見えないのだ。他人よりも自分……。
「マサル、もしかしてステータス見せたか?」
「ああ、選ぶ参考にするからってんで、最初に見せろと言われたぜ」
「なるほどな」
加護が教えてくれる個人の能力値はスキル取得の指標にも使われているあたり、大変に便利なものである。伸ばすべき能力を目に見える形で提示してくれるのだ。しかし、逆に言えば、個人の努力の限界を数値で突きつけられていることになる。どんなに足掻いても、数字の差を覆せない。
俺達の会話が聞こえていたようだ。ドワっ娘がトコトコと歩み寄ってきた。
「……見せて」
うわぁ、やっぱり、だ。
「何を?」
これ以上ないくらいに白々しく惚けてみせた。
「……加護」
もちろん、通用しなかった。
「……見せて」
「やだよ、なんでわざわざ恥までかいて他人に優越感を与えなきゃいけないんだ」
ミリアが右足を後ろに引く。
「ちょ、やめやめ、お前のその靴、金具入ってるだろ!」
「……ん、入ってる。見せて?」
「可愛く首を傾げてもダメなものはダメ」
慌てて距離を取り、話題の転換を試みる。
「そ、それよりも、シルビア、相談があったんだ」
俯いていても俺より視線の高いシルビアだった。
「なにさ」
そして、もの凄いジト目だった。
「ふ、二人は俺達の先輩だろ、狩り場について少し聞きたいなぁと」
喋りながら、マサルの脇腹に肘を入れる。
「ぐっ、そ、そうだな、先輩に狩り場を教えてほしいんだ」
お返しに足を踏まれた。
「や、やだな先輩なんて、照れるじゃないの」
陰から陽へ、暗から明へ、見事なまでの立ち直りの早さだ。天晴れといえよう。
「うん、全然問題ないよ。会館の地図で説明するからおいでよ」
スキップする女性を、俺は初めて見たかもしれない。
ルンルンと遠ざかる後ろ姿に、一同呆気にとられて見送った。
小さくなっていく背中。と、急に立ち止まり、振り返ると猛スピードで駆け戻ってきた。
「なんでさ! どうして誰も来ないの!?」
なにこの娘、面白いかも。
レクサーのおっさんが心配するのもよく判る。
絶対に一人にしちゃいけないタイプの娘だった。
気を取り直し、再び通商会館にて。
講師シルビア、相槌ミリアによるレベル二十過ぎてからの狩り場講座は実用的で大変ためになった。
情報を貰うだけ貰って後はバイバイ、なんて真似は常識人を自認する俺としては許しがたい行為である。講習料として金銭を渡すのも違うと思う。紹介してもらった狩り場で採れた素材を数点ばかり、お土産として提供するのが妥当だろうか。
と気楽に構えていた俺は甘かった。
同行すると強硬に主張して譲らないのである、主にシルビアが。
級差がありすぎて彼女らにメリットは少ない。格下をいくら倒してもマナは吸収できないのだ。パワーレベリングによって浴する俺達の恩恵と、剥ぎ取った素材の売却値とがはたして釣り合うのか不明だ。また十分な戦闘経験を積まずにレベルを上げた弊害が将来的にどう掛かってくるのか。
判りやすく言葉をつくしたつもりだったのだが、無駄であった。まったく聞いちゃいなかった。
「有望な後輩を導くのは、先輩の課せられた義務さ」
堂々と胸を張り、実にいい笑顔で言い切るその姿に、迷いは微塵もない。
先輩という言葉が心の琴線に触れてしまったらしい。頬は紅潮し、瞳には無数の星が瞬いていた。やばいくらいにテンションが高かった。
マナはいらない。素材もけっこう。なんなら剥ぎ取りや荷物持ちをしてもいい。
「あんなこと言ってるけど?」
俺は腰を屈めて、ずっと沈黙を保っているミリアに確認を取る。
ミリアは冷めた表情をそのままで、軽く顎を引いて頷きの代わりにした。
「……諦めてる」
パートナーの視野狭窄的な言動には慣れているらしい。ミリア自身は反対なのかと思った時、桃色の唇が続きを紡いだ。
「……でも、賛成。都合はいい」
「どんな?」
俺の顔からマサルの巨体へと、蒼い瞳が対象を変更する。
「……三十過ぎてから、二人だけだと厳しい」
「なるほど、今のうちから肉壁を育てようってことか」
二人が打算によって出した結論がそれなら、俺達は遠慮せず自分達の都合を優先して判断すればいい。
マサルと顔を合わせ、どうするよと目で促す。
「楽はできるぜ」
からかうような響きがその声には微かに含まれていた。
俺の視界の端で、シルビアが喜色を満面に浮かべた。
マサルの唇の端が僅かに吊り上がる。俺がどう答えるかを知っているのだ。
面倒な人間関係を抱え込んでまでパワーレベリングしたいかといえば、ノーである。特に今回はマサルに掛かる負担が大きい。一時的なパーティーなら折り合いをなんとかつけられるかもしれないが、長期が前提だと降りかかるストレスは容易に相棒の許容範囲を越えるだろう。
心理面だけでなく、戦闘能力的な面でもパーティーの相性はある。お互いの実力が未知な今の段階で、わざわざ選択肢を狭める必要はない。
と、俺の答えを読んでいた者がもう一人いた。
「トッシー、待ってください」
まさに断りを口にしかけた時を狙って、エスカがストップを掛けてきた。
「私にも意見をする資格があると思います。判りやすく言うと、勝手に決めるな、聞け、です」
それに過剰な反応をしたのがシルビアだった。
「ちょっと待ちなよ!」
水を差すな、と憤慨しているのがあからさまだ。勘違いに誤解が重なって、彼女の目にはエスカが自分の幸せな未来をブチ壊す邪魔者にしか映らないのだろう。
「幽霊風情が出しゃばらないでもらえる? これはあたしたちの問題なのよ」
エスカの瞳がキラリと輝いた、ように見えたのは錯覚ではないだろう。
「これはこれは、色惚け女さんの視界にはちゃんと私の姿が入っていたんですね、驚きです」
「なっ、な!?」
酸欠に喘ぐ金魚のごとく、シルビアは真っ赤な顔で口をパクパクさせる。
エスカの挑発は止まらない。
「筋肉に目が眩んで回りがまったく見えてなかったように思えたので。参考までに教えてほしいのですが、あなたの言うあたしたちはいったい誰と誰を指しているのでしょ?」
「召喚主がアレだと、呼び出されるのもロクなものじゃないわね」
こちらに据えられた目に剣呑な光が宿っている。身体の脇に垂らした両方の拳は、関節が白くなるほどきつく握り締められている。
「邪魔なのよね。ほんと、従属も満足にできないハンパなネクロ……」
しかし、シルビアの台詞は強制的に中断させられた。
鈍い音がしたかと思うと、俺の視界からシルビアが掻き消えた。
続いて聞こえた肉を打ち据える音に、慌てて視線を下へ。
床に横たわり、身体を丸めて苦悶するシルビアがいた。
それを冷ややかに見つめるミリア。
容赦がなかった。俺への蹴りが冗談半分だったのだと、一片の疑念もなく理解させられた。
ミリアはゆっくりとした動作で身体の向きを変え、小さく頭を下げた。
「……ごめんなさい、よく言ってきかせる」
「お、おう」
言ってきかせた後、シルビアが五体満足でいられるのか、少しだけ心配になる。
「……希望は変わらない。話、聞かせて」
ここまで状況がこじれたら、普通は諦めるものだろう。なぜ俺達にこだわるのか、抱いた疑問を率直にミリアにぶつけた。
「……あんなに高い加護を持った人、ほかに知らない」
判りやすい理由をありがとう。
「そうまでして上を目指したい?」
蒼い瞳を逸らすことなく、はっきりと頷いた。
「……ん、強くなりたい」
その瞳が僅かに揺れたのは、言うべきか迷ったからだろう。
「……わたしたちは強くなって、仕返しをし……」
が、手で制して、俺は最後まで喋らせなかった。
「悪い、薄情かもしれないが他人の過去を背負えるほどの余裕は、今の俺達にはないんだ」
ミリアは気分を害した風もなく、首を振って俺の不作法を許してくれた。
「……ん、いい」
これで振り出しに戻ったわけである。ただ、今更な感は拭えない。マサルの顔を見れば、もう問わずとも答えが出ているのだ。
とりあえず、先ほどエスカが何を言いかけたのかを聞いてみることにした。
「私の話を聞くもなにも、もうトッシーもマサルさまも返事を決めているみたいですが? ムダなことはしたくありません」
もっともだと納得してしまった。
「ひとつだけ言っておく」
マサルが迫力のある低音でミリアに告げる。
「オレは仲間をバカにするようなヤツとは組みたくねぇ」
「……ん」
受けて、ミリアは頭を一回縦に動かした。
「……シルビアは見捨てない」
マサルの意図を正確に読み取っての回答は完璧だった。
「決まりだな」
俺もマサルも根っからの体育会系なんだと実感してしまう。こんなノリが実に嫌いじゃなかった。
将来、今日のこの出来事を思い出して、はたしてシルビアはミリアに感謝する時がくるのだろうか。なにしろお馬鹿な後輩をしごく大義名分を手に入れてしまったドSの先輩がここに二人誕生したのである。
まずは頭を冷やす時間が必要だろうと、翌朝俺達の宿の食堂で続きを話そうと約束し、その場は別れることにした。
シルビアの苦悶の呻きは、いつの間にか嗚咽に変わっていた。
06.23 後半シーン追加(約3000字)