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魔王はだれだ!?  作者: かぶきや
第二章 承
11/19

2-06

 

 

 オエド爺さんの家には五日ほど滞在することとなった。もちろん馬小屋ではなくて、母屋の一室を借りて寝泊まりした。


 俺とマサルは無事(レベル)を二十一に上げ、位階(グレード)を二とした。これでようやくスタート地点に立てたわけだ。日本に還るまでの道のりはまだまだ長い。

 集めた毒袋は半分を爺さんに渡し、半分は自分達の取り分とした。糸袋はもともと俺達の金策用としていたものなので、インベントリの重量制限ぎりぎりまで溜め込んだ。


 俺は爺さんから杖を貰った。一メートル五十センチほどの長さの白い蜘蛛の脚の杖だ。内部に封入したスパイダーシルクの原液が外殻に染み出したために白く輝いて見え、ちょっとだけ高級っぽい。先端は二本の鋭い爪、上端は透明感のある複眼の飾りと、百パーセント俺が集めた素材で出来ていた。

 スパイダーシルクはマナの通りがよく、また鋼の数倍の強度を持つ素材だ。剣と打ち合ってもそうそう折れたりはしないだろう。このままではただの杖なので、大きな街で封陣石を組み込むか魔法陣を直接刻み込むなりしてもらい、ちゃんとした魔術師の杖(ウイザードスタッフ)にしてもらえと言われている。


 目的を果たし、成果に満足した俺とマサルだが、若干一名だけ不満たらたらだった。


「異議を申し立てます、不公平です、ずるです差別です」


 エスカである。


「私も立派に働きました、むしろ働き過ぎました、労働に見合った正当な報酬を要望します、具体的には経験値ドンとこい」


 俺とマサルで二等分されていたマナを、エスカを含めて三等分にすることがどうしてもできなかったのだ。エスカがとどめをさしても、死体から浮き出たマナは俺とマサルにきちんと分散される。もしかしたら、エスカは俺の召喚霊として世界から認識されているのかもしれない。


「私にもレベルアップする機会が与えられてしかるべきです。納得できません」


 RPGにあるようなシステマティックな職業は存在しない。船に乗って魚を獲っていれば漁師と呼ばれるだろうし、その漁師が夜は楽器を持って酒場で歌っていれば、その場に居合わせた者達は彼を流しの弾き語りと思うだろう。ゆえに、神の加護によって確認できる本人の質には職業の項目は存在しない。


 俺が行き会う皆から死霊使い(ネクロマンサー)と言われるのは、幽霊少女のエスカが後ろからついてくるからだと思っていた。しかし、今回のマナの分配のことで考えさせられてしまう。

 俺は本当にエスカに憑かれてしまったのではないか?


「このような底辺な扱いに甘んじるほど私は安くありません。冒涜です、存在に相応しいレベルを、そしていつの日か癒やしの巫女とか光のエスカナーラとか呼ばれるようになり、大神官さまに認められて法杖を授かりある日加護を受けにきた勇者さまに見初められてでも私はイツァムナーラ神に一生を捧げた身だけど秘めた恋は禁じられるほど熱く燃え上がりやがて二人はでも密かに勇者さまを想っていた兄のような騎士さまが割ってはいり……」

「なぁトシよ、構ってやれよ」

「やっぱり俺なのかよ……」


 随分と世話になった。それは認めよう。俺達が無事にグレードを上げられた最大の功労者はエスカである。最後のほうでは、マサルは単独で蜘蛛と取っ組み合いをしていたが、俺はといえば、倒された蜘蛛の解体ばかりしていた。いわゆる、パーティ内のいらない子(・・・・・)だった。


 レベルがアップするにつれて、加護で示されたステータスに自分の肉体が徐々に近づいていく。それが手に取るように判ると、マサルは言った。筋力が上昇し、身体そのものが頑強になる。蜘蛛に頭突きをかました際、以前なら額が切れていたのに、今なら少し赤くなるだけでいくらでもいける、と。蜘蛛とヘッドバットの応酬をする状況ってのが理解の範疇外なのだが。


 対して、俺にはマサルのようなレベルアップの恩恵を実感することはできなかった。

 知性や精神といった目に見えないものは成長の度合いを確認するのが困難だ。せいぜい、勘が鋭くなったとか、相手の負の感情が掴めるといったところか。それもなんとなく(・・・・・)判る程度だった。

 魔法が使えるようになれば、多少は変わるのだろうか。


 オエド爺さんの家を早朝に出て、昼過ぎぐらいに村に着く。

 道中、なにかと五月蠅いエスカはゲーム解禁にして黙らせた。

 ウカルナ行きの船が出港するのは翌日の朝らしい。

 畑の作物を荒らすケルティル狩りで夕暮れまでの時間を潰し、夜はレクサーの店で世話になる。


 翌日、親切な夫妻に礼を言ってから港に向かった。

 停泊していたのは木造の帆船だった。

 料金はしっかり三人分を請求された。船なんだから重さで計算しろよと反論してみたが、甲板の占有面積だと言い切られる。ウェアウルフを売った金で支払って割り符をもらった。


 船の旅で特筆することはない。

 酔っただけだ。あんなに揺れるとは思っていなかった。

 ウカルナ港に到着し、これまた揺れる丸太組の桟橋を伝って砂浜に下りて、俺とマサルはようやく人心地つく。人は地に足をつけた堅実な生き方が一番なのである。


 狭い入り江に作られた船着き場から崖を登る斜路へと道が続いている。見上げれば、崖の上に石造りの壁が見てとれた。

 エスカが小さい時に一度来たことがあると言っていたが、当てにはできない。なにしろ彼女の情報は古すぎた。五百年前と同じ街並みだったら世界遺産の仲間入りだ。


 坂手前に立っていた番兵に割り符を渡して街を目指す。

 崖を半分登ったあたりに踊り場みたいな空間があり、そこから一八○度向きを変えて道は上へと伸びていた。

 立ち止まって振り返る。

 帆船を浮かべた青い海がキラキラと輝いていた。

 水平線の下に隠れているのか、島影は見えない。地球では水平線までの距離はおおよそ四から五キロぐらいと聞いていたが、この世界ではどれぐらいなのだろう。


「トッシーは体力がないですね」

「お前な、景色を楽しもうって気持ちはないのかよ」

「マサル様は先に行ってますよ?」


 情緒のないやつばかりである。急ぎ足で追いつき、横に並ぶ。

 扉のない、解放された門を潜って街に入った。


「へぇ~」

「ほぉ~」


 世界遺産が目の前に広がっていた。

 写真や映像といった二次元の媒体でしか見たことのない、石造りの重厚な街並みに、俺とマサルは圧倒された。


「五百年前とあまり変わっていないみたいです」

「マジかよ」

「すげぇな」


 階数の低い建物は煉瓦積に漆喰を塗った壁で作られている。補修の間に合ってない箇所から煉瓦の目地が覗けていた。

 大きな建造物は切り出した石を積み上げて作られているようだ。白く見えるのは石灰岩だろうか。

 道はざらついた表面の砂岩や泥岩が敷き詰められていて、両脇には排水用の溝が切られていた。

 建物脇の小さな植え込み以外に土の露出のない、石に覆われた街だった。


 門の横に立てられた案内板で配置を確認する。

 土地の起伏を街作りに利用したのか、卵をデコボコにしたような形で石塀が街を囲んでいる。建物のスケールから、長径は二キロを越えるくらいありそうだ。

 街中央の少し高くなった場所に神殿があり、どこにいてもその姿が見られるように設計されていた。その下の広場の周囲には役所っぽい名称の建物が集中し、通りを挟んで隣の区画は商業関係、その奥が住宅区画になっていた。神殿裏の区画は建物の間隔に余裕があり、裕福層の住む場所かと想像できる。


「典型的な都市国家の造りだな」

「都市国家、ですか?」


 驚いたことにエスカは国という概念を知っていなかった。

 俺は中近東の古代都市を脳裏に浮かべながら、都市国家の在り方についてを大雑把に説明した。


「なんとなく似ています」


 神話時代、シャラヌーンが冥界から引き連れてきた魔物たちの生き残りが、今でも大陸には多数存在している。繁殖を繰り返し、また大陸にもとから生息していた生物と混血することで、その数と種類を増やしていた。

 個体だと弱肉強食のヒエラルキーでは最下層に近い人間は自衛手段として集団行動をとるようになり、それが集落となり、街へと発展していくのは自然の流れだろう。そうして出来た都市が大陸には幾つもある。


 それらの都市を繋げているのが神殿だった。それぞれの都市は領主に統治されるが、神殿の影響から逃れることはできない。なぜなら、危険な大陸で生き抜くために必要な技術や神秘を神殿が一手に握り秘匿しているからだ。

 アーカムナール神殿の下部組織として存在する戦闘技術開発管理協会、通称戦技協会が技能(スキル)を、イツァムナーラ神殿の下部組織である魔法技術開発管理協会、通称魔法協会が魔法を提供する。

 神殿を敵に回した都市に未来はない。


「分相応の暮らしを送る限り、神殿は慈悲深く寛容なのです」


 正直過ぎるだろ、その発言は……。


「お前、物知りだな」

「巫女ですから、イヤでも覚えさせられました」

「あ、やっぱりイヤなんだ」

「トッシーみたいな愚民たちに神殿の偉大さを伝えるという役目がありましたから、仕方なくです。本当に大変でした。偉大な存在の慈悲を乞う矮小な己を自覚するのは立派ですが、なぜ手ぶらで来るのかと」


 偉大なのは神殿でなくて神様だろうと俺は言いたい。

 古代エジプトの神殿も同じようなものだったなと思い出す。民からの貢ぎ物を神官や巫女の給料として分配し、神殿の維持費にあてる。人が集まってできるシステムは、世界が違っても似たものになるらしい。


「トシよ」


 マサルが口を挟んできた。


「オレ達の荷物や格好、まずくねぇか?」


 自分達の知らない物を所持している人間に対して、世界の管理者たる神殿の者がどんな感情を抱くのか。あまり想像したくなかった。愉快じゃないことは確かだろう。

 ロスイゴス島の村人たちは皆いい人ばかりで気にもしていなかったが、ここでもそうとは限らない。

 エスカも理解したのか、慌ててゲーム機を自分のインベントリに仕舞い込んでいた。


「トッシー、非常事態です。ソーラーパネルを仕舞ったら、今夜の分の電池が充電できません」


 現代地球の技術に馴染みすぎだろ、この幽霊娘は……。


「とりあえず金をつくろう。何をするにしてもそれからだな」


 マサルを促して商業区画に足を向ける。文句を言いながらエスカもついてきた。

 レクサーに教えてもらった服飾品店で蜘蛛の糸袋の買い取りを依頼する。


「あいつの知り合いか、邪険にできんな」


 俺とマサルのインベントリから十個ずつ出して渡し、同じ数の金貨を受け取った。店で用意していた買い取り用の金貨がそれだけらしい。

 店の親父もレクサーと同じで、俺達の加護の倉(インベントリ)に驚いていた。

 エスカはごく当たり前の恩恵のように説明していたが、なにぶん五百年も前のことだ。今の神殿が与える加護と違うのだと考えたほうがいいだろう。


「急いで入り用なら、通商会館で引き取ってもらえ、ウチの店より安くなるがな」


 礼を言い、店の商品の中で必要になりそうなものを見繕う。

 大きな鞄二つと丈夫な袋をいくつか。シャツと上に着る腰丈のチュニック。エスカも欲しがったが、幽霊に着せる服はない。


「こんな風にポケットがついたズボンはないかな?」


 履いているカーゴパンツを見せながら店主に聞いてみる。


「ふむ、そこまで見事な染色は無理だが、二、三日待ってもらえれば形だけなら作れるぞ」

「お願いするよ」

「余分に作った物を店で売っても構わないかね?」

「おお、いっぱい売って広めてくれよ」


 代金を払い、宿屋の場所を聞いてから店を出た。


「トッシーはけち(・・)です」

「だから着れないものを欲しがるなよ」

「気分の問題です。たとえ着ることができなくても、心が豊かになります」

「男が女に服を送る時はな、脱がすことが前提なんだよ、諦めろ」

「最低ですね」


 聞いた宿は商業区画の外れにあった。

 評判が良いという理由は入ってすぐに判明した。


「いらっしゃい、部屋は空いてるよ」


 二十歳そこそこの娘さんが元気よく声を掛けてくれる。

 宿泊客にもう一度来ようという気にさせることが、宿を繁盛させるポイントだ。そういう意味で、カウンターにいる娘は合格だ。見た目もなかなかだし、持っている明るい雰囲気がいい。

 予定が判らないので二人部屋を一晩だけ確保する。


 一旦部屋に上がり、バックパックの中身を買ってきた鞄に移す。空になったバックパックは日本に還る時に備えてインベントリ内で大切に保管する。

 ズボンの替えはないので上だけ着替える。チュニックの裾でウエストバッグを隠せば、それほど奇異には見られないだろう。

 手に入れた金をマサルと半分ずつ分け、さらにそれを分けてウエストバッグとインベントリに仕舞った。


「うっ、くせぇなコイツは」


 蜘蛛の毒袋をインベントリから移し替えていたマサルが顔を顰める。


「先にそれを片付けたほうがいいな」

「だな、持ち歩きたくねぇぜ」


 鞄は室内に置いておき、鍵を閉めて廊下に出る。


「暮れ六つの鐘が鳴ったら夕食だから、遅れないでね」


 鍵を預け、愛想のよい言葉に送られて宿をあとにした。

 通商会館は歩いて五分ほどの距離にあった。広場に面したかなり大きな建物だ。

 一階の半分のスペースは吹き抜けのロビーになっていて、色々な人々が行き交っていた。ヒューマン、エルフ、ドワーフ。冒険者風な格好をした者、きれいに着飾った者、前掛けをした職人風の者もいる。

 残りの半分はカウンターで仕切られ、テーブルで商談っぽく会話をしている者達もいた。


「TVで観たことがあるかも」

「んっ?」

「中世のイタリアだったかな、交易品をまとめて取り扱う会社みたいなトコ」

「なるほど、言われてみりゃ、それっぽいな」


 この場の空気に呑まれてなかなか足を踏み出せずにいた俺達に、横から一人の男性が声を掛けてきた。


「本日はどのようなご用件で当会館へ?」


 萎縮していたの察してくれたのだろうその穏やかな口調に、俺はなんとか口を開くことができた。


「採取したのを買い取ってくれると聞いたので」

「何をお持ちいただけたのでしょうか?」

「えぇと、蜘蛛の毒袋なんだけど」

「ありがとうございます。女王蜂討伐の時期が近づいていますので、今は毒消しの原料を大量に買い取らせていただいています。どうぞこちらへ」


 男性職員の先導でカウンターへと移動する。

 男はカウンターに座っていた女性に一言二言小さく告げると、顔を向けて手招いた。


「こちらで承ります。本日はありがとうございました」

「あ、どうもです」


 若造相手になんて丁寧な対応なんだろう。なんとも場違いな感じが払拭できず居心地が悪い。


「素材の買い取りと伺っています。品物をこちらでお預かりします」

「は、はい、おいマサル」

「お、おう」


 相棒もぎこちなく頷くと、持っていた袋をカウンターに置いた。


「たしかにお預かりしました。こちらの番号札をお持ちになって、しばらくお待ちください」

「判りました」


 荷物を持った女性の姿が視界から消えると、俺は思い切り息を吐き出した。


「やべぇ、ちょー緊張したぁ」

「なんだよ、この重い空気は、苦手だぜ」


 マサルも同様だ。


「二人とも、かっこ悪いです」

「んなこと言われてもなぁ」

「だぜ」


 警察署のほうがまだ気が抜ける。

 俺は断言する。受付の女性が戻ってきても、さきほどの人と同一人物なのか絶対に判らない。顔を覚える余裕すらなかったのだ。番号札を貰っておいて正解だ。

 ロビー内をうろうろする気にもなれず、カウンターの前でぼんやりと時を待つ。


 数分して、女性は戻ってきた。

 革皿に載せた硬貨と、一枚の書類を差し出してきた。


「買い取り金額はこちらになります。確認できましたら、用紙の一番下にご署名をお願いします」

「了解です」


 震える指先で金勘定なんてしたくない。革皿をそのままマサルに渡し、俺は羽ペンを受け取って自分の名前を書き殴った。


「んと、一枚、二枚……たぶん、ある」

「マサルさま、さすがにそれは……」


 代わりにエスカが数え始めた。

 女性職員の冷めた視線が痛かった。


「今後も素材の採取を行うようでしたら、保管袋の使用をお勧めします。貸し出し料金など細かい点についてはあちらのカウンターでご案内させていただきますので」

「判りました」

「現在当会館で重点的に買い取りさせていただいている素材につきましては、向こうに設置している掲示板でご確認ください」

「はぁ」

「本日は貴重な品を買い取らせていただき、ありがとうございました。またのご利用を職員一同心よりお待ちしています」

「あ、どもでした」


 革皿を返し、俺達はそそくさとその場を離れた。

 ようやくの思いで掲示板前にたどり着くと、ドッと肩から力が抜けた。


「大人の対応なんてムリ」

「危うく金バラまくとこだったぜ」

「二人とも……」


 エスカもまた、別の意味で肩を落とした。


「次から私がしましょうか?」


 なるほど、巫女だから俺達よりも断然人付き合いの幅が広いのだ。

 自分が一介の高校生にすぎないのだと、異世界で実感させられるとは思わなかった。


 気を取り直して掲示板を見る。

 位階ごとに、討伐対象とそのはぎ取り部位が細かく分類されていた。それぞれに番号が振られ、隣の大陸全図の生息場所に対応していた。

 見事なシステムだと感心する。大陸全体が一つの思想で統一されているからこそできるのだろう。


 と、人の気配に首を横に捻る。

 見上げ、内心で唸る。

 俺よりも背の高い、おそらく一八○センチを越える長身の女性だった。

 短い茶髪で、目鼻立ちのはっきりした同年代の娘だ。美人といかないまでも、健康的な魅力に満ちた表情をしていた。ゆったりとしたチュニックとズボンで身体のラインは隠されているものの、引き締まって無駄肉の少ないことが、顎や首筋、剥き出しの腕から容易に想像できた。おかげで胸は残念っぽいが。

 腰には細身の片手剣が下がっている。


 そこまで視線を下げてみて、ようやくもう一人いることに気がついた。

 長身の娘の腰ぐらいしかない、ドワーフの少女だった。桃色の長い髪を左右に振り分けて三つ編みにし、頭の横で丸くまとめている。筋肉質なのか、少し太めに見えるが、身長との比率からすれば結構バランスのよい体型をしている。長身の娘よりも女性らしい。


 目が合った。

 瞳は蒼いんだなぁ、などと暢気に構える俺の脳裏に、何かひっかかるものがあった。

 もう一度首を上げて茶髪の娘を見た。

 真剣な眼差しをマサルと彼の担ぐ斧に送っている。

 マサルも娘の視線を気づいたようで、ギロリと睨み返した。

 慌てて視線を逸らすものの、チラチラと窺うのを止めない娘を見て、俺は答えを得た。

 口を開き掛けたマサルを押しとどめ、代わりに言った。


「間違ってたらゴメン、シルビアとミリア、だよな?」


 娘達は目を丸くして驚きを顔いっぱいに表した。


「あ、あたしたち、初対面だろ?」


 茶髪の疑問に、俺は正しかったことを知る。


「……変質者?」


 そして、大変に失礼なドワーフ娘だった。


「レクサーのおっさんから伝言、たまには家に帰ってこいってさ」

「な、なんだ、オヤジの知り合いだったのか」


 安心して緩んだシルビアの表情は、父親が自慢するだけのことはあった。


「こっちがマサル、で、これがエスカ、俺はトシアキだ、トシでいい、よろしくな」


 差し出した右手を、シルビアは元気よく握り返してきた。


「シルビアだよ、よろしく」


 その握力に顔が歪みそうになる。

 懸命に堪え、今度はミリアに握手を求めた。


「そっちのちっこいのもよろしくな」


 ガツンという鈍い音が自分の左臑から聞こえたのだと理解できた時、俺は激痛のあまりにその場で膝をついていた。


「……ちっこい、言うな」

「今はトシがわりぃな」

「トッシーが悪いです」

「ミリアにその手の言葉は禁句だよ」


 涙が零れてきそうだった。


「そっか、オヤジの知り合いだったんだ。その斧、そうだろ?」

「ああ、気前よく譲ってもらってな」

「あの偏屈オヤジがその斧を譲るなんて、すごいよ、え、えっと、マサルはさ」

「ん、いい親父さんじゃねぇか」


 頭上では、マサルとシルビアが会話を弾ませている。

 俺は横を向く。ドワーム娘の顔と高さが同じだった。


「もしかして、シルビアって惚れっぽい?」


 マサルと話す彼女の紅潮した頬に、なんとなく言ってみる。


「……知らない」

「だよ、な」

「……理想の男性、レクサーさん」


 なるほど、ファザコンか。ならマサルはぴったりだろう。あのおっさんに教えてやったら狂喜乱舞するに違いない。


「外見的にはマサルの好みに合うな。あとは、女をあまり前面に押し出さずに攻めれば、いけるかな」


 他人事なので気楽だ。


「……、大丈夫、色気ないから」


 褒めているのか?

 ついミリアの顔を見つめてしまう。

 アップでよく見れば、シルビアには悪いが、ミリアのほうが可愛いと皆が口を揃えることだろう。卵形の小さな顔に対して目が非常に大きいが、それが不自然に見えないのは縁取る長い睫毛が輪郭を甘くしているからだ。ツンと上向きに尖った鼻に愛嬌があり、髪と同じ薄い桃色の唇は下側が少し厚めに膨らんでいた。


「……ん?」


 視線が絡むと、小首を傾げ、唇の隙間から短く息を吐く。


「確かにミリアのほうが色気はあるよな」


 微かに、視線が泳いだ。


「……惚れた?」

「わはは、サイズが合わないだろ、大きくなってから出直してこい」


 いや、俺も口が滑ったとは思ったのだ。わはは、はないだろ。


 ガツン!


「うおっ!」


 恥も外聞もなく、床の上を転がった。今度こそ折れた、と思った。


「トッシーが悪いです」


 判っているから責めないでくれ。

 マサルとシルビアが呆れた顔をして、転がる俺を見下ろしていた。




06.20 誤字修正

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