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熱鉄の鉱山都市と、職人たちの休息


 海上都市リングベルを出発して、一日。

 リリス号は、海風の吹く爽やかな沿岸部から離れ、内陸の険しい山岳地帯へと進んでいた。

 窓の外の景色は、緑豊かな森や青い海から、荒々しい岩肌と赤茶色の大地へと変貌を遂げている。

 ゴウゥゥゥゥ……。

 遠くから、地鳴りのような重低音が響いてくる。

 空気は乾燥し、微かに硫黄の匂いが混じり始めていた。


「気温の上昇を確認。外気温度、摂氏三十二度。湿度、四十五パーセント。……暑いな」


 車掌室で、ダークエルフのリュシアがパタパタと手で顔を扇いでいる。

 普段は涼しい顔をして分厚い本を読んでいる彼女も、この熱気には参っているようだ。額に汗が滲み、自慢の銀髪が少し湿って頬に張り付いている。


「もうすぐですよ、リュシアさん。ほら、見えてきました」


 若葉一利が指差した先。

 切り立った渓谷の向こうに、天を衝くような巨大な山が聳え立っていた。

 その頂からは、もくもくと黒煙が上がり、時折、赤い火柱が噴き上がって空を焦がしている。

 活火山だ。

 そして、その麓にへばりつくようにして、無数の煙突と鉄骨で構成された重厚な都市が広がっていた。


「ご乗車ありがとうございます。まもなく、鉱山都市ツェルベルス、ツェルベルスに到着いたします」


 若葉のアナウンスと共に、リリス号は長いトンネルを抜け、赤い光に包まれた都市へと入線していく。

 そこは、「鉄と炎の街」だった。

 街中を走るパイプラインからは蒸気が噴き出し、巨大な製鉄所の溶鉱炉が赤々と輝いている。

 カン! カン! カン!

 絶え間なく響くハンマーの音。重機が動く音。

 復興資材の供給源として、今、サンズグリーズで最も熱く、忙しい街だ。

 プシュウウウウウッ……!

 リリス号が駅のホームに滑り込む。

 停車と同時に吐き出された蒸気は、周囲の熱気と混ざり合い、いつもより白く濃く見えた。


 乗客たちが降りていくのを見送った後、若葉は駅長室へと呼び出された。

 そこには、ツェルベルス駅の駅長(岩のような肌を持つゴーレム族)と、通信用の水晶玉が置かれていた。

 水晶玉がぼんやりと光り、立体映像が浮かび上がる。

 映し出されたのは、サンズグリーズ中央駅の駅長、ルシフェルだった。


『……うむ。定刻通りの到着、大儀である。若葉一利』


 相変わらずの威圧感と美貌だ。背中の黒い翼を少し畳み、ルシフェルは重々しく告げた。


『リングベルでの一件、報告は受けている。セイレーンの嘆きを鎮めるとはな……。フン、やはり貴様を召喚したのは正解だったようだ』


「い、いえ。あれは乗客の皆さんと、リュシアさんの知恵のおかげです」


 若葉が恐縮すると、ルシフェルは口元を僅かに緩めた後、すぐに真剣な表情に戻った。


『さて、本題だ。そこへ立ち寄らせたのは、他でもない。大規模な輸送任務がある』


「輸送任務、ですか?」


『ああ。中央駅周辺の復興計画が、第二段階へ移行する。それに伴い、都市の基盤となる大量の石材と、魔導エネルギーを増幅させるための特殊鉱物が必要となった』


 ルシフェルが指を鳴らすと、映像の中に一枚の図面が表示された。

 それは、復興のシンボルとなる巨大な塔の設計図のようだった。


『ツェルベルスで採掘された最高品質の御影石、鉄鉱石。そして何より重要なのが……これだ』


 図面の中央に、巨大なクリスタルのような物体が描かれている。


『「巨大魔法石ギガ・マナストーン」。全長二十メートル、推定重量八百トン。地脈のエネルギーを直接蓄え込んだ、天然の魔力タンクだ。これを無傷で中央駅まで運んでもらいたい』


「は、八百トン……!?」


 若葉は絶句した。

 リリス号はパワフルな機関車だが、それほどの超重量物を、しかも長距離運搬した経験はない。


『客車は全て切り離し、全車両を貨物仕様に換装せよ。ツェルベルスの職人たちと協力し、確実に積み込むのだ。……頼んだぞ』


 通信が切れた。

 若葉が呆然としていると、後ろから力強い手が肩を叩いた。

 ウサギの親方だ。

 彼はゴーグルを装着し、いつになく真剣な、職人の目をしていた。


「フゴッ! フゴゴッ!(話は聞いたぞ。デカイ仕事だ、燃えてきたぜ)」


「お、親方……いけますか? 八百トンですよ?」


 若葉が不安そうに尋ねると、親方はニヤリと笑い、胸をドンと叩いた。


 『俺たち月兎族を誰だと思ってる。任せとけ』。


 駅の貨物ヤードに移動した一行は、早速作業の準備に取り掛かった。

 リリス号の客車を切り離し、車庫へと誘導する。

 代わりに、ツェルベルス駅が用意した頑丈な貨物用フラットカー(長物車)を連結していく。

 カンカンカン!

 ウサギたちがハンマーを振るい、連結器を調整する。

 その動きは一糸乱れぬ統制が取れており、見ていて気持ちがいいほどだ。

 若葉も手伝おうと袖をまくり上げた。

 その時、親方が若葉の前に立ちはだかり、手で「ストップ」をかけた。


「え? 親方、僕も手伝いますよ」


「フゴッ(ダメだ)」


 親方は首を振った。


「キュッ! フゴゴ……(今回の積み込みは、ミリ単位のバランス調整が必要な専門作業だ。素人の手出しは怪我の元だ)」


 親方は、リュシアの方をチラリと見た。

 リュシアは暑さでぐったりとして、日陰でへたり込んでいる。


「フゴッ(それに、ここまでの旅で神経すり減らしただろ? 嬢ちゃんもバテてる。……ここは俺たち専門家に任せて、お前らは街で骨休めしてこい)」


「親方……」


 若葉は胸が熱くなった。

 自分たちが働いている間に休むなんて、という罪悪感もある。だが、親方の目は本気だった。「邪魔だ」と言っているのではない。「休むのも仕事だ」と言ってくれているのだ。


「……わかりました。お言葉に甘えます。でも、何かあったらすぐに呼んでくださいね」


「キュッ!(おうよ!)」


 親方はスパナを振って、若葉たちを送り出した。


 貨物ヤードを後にした若葉とリュシアは、ツェルベルスの街へと繰り出した。

 駅の外に出ると、ムワッとした熱気がさらに強まった。

 だが、それは不快な湿気を含んだ暑さではなく、カラッとした火山の熱だった。


「暑い……。タンパク質が変性しそうだ」


 リュシアがふらふらと歩く。


「リュシアさん、大丈夫? この街は鉱山だけじゃなくて、温泉も有名なんだ。まずは宿に行って、汗を流そう」


「温泉……? 地熱によって加熱された地下水か。ふむ、成分分析の必要があるな」


 リュシアの目が少しだけ輝いた。

 二人が向かったのは、街の高台にある老舗の温泉宿『火竜の湯』。

 岩造りの重厚な建物で、入り口には「源泉かけ流し」と書かれたのぼり(異世界語)が立っている。

 チェックインを済ませ、若葉は男湯へ、リュシアは女湯へと向かった。

 ガラリ。

 脱衣所を抜け、浴室の扉を開ける。

 そこには、見事な岩風呂が広がっていた。

 湯船からは白い湯気が立ち上り、硫黄の香りが漂っている。

 壁の向こうには露天風呂もあり、そこからはツェルベルスの街並みと、噴煙を上げる火山が一望できた。


「うわぁ……最高だ……」


 若葉は掛け湯をして、ゆっくりと湯船に身を沈めた。


「はぁぁぁぁぁ…………」


 思わず声が漏れる。

 熱めのお湯が、旅の疲れで凝り固まった筋肉をほぐしていく。

 吸血鬼との神経戦、大嵐の中での絶叫、そして日々の業務。

 蓄積していた疲労が、お湯に溶け出していくようだ。


「日本にいた頃も、温泉なんて滅多に行けなかったもんなぁ」


 若葉は手ぬぐいを頭に乗せ、空を見上げた。

 赤茶色の空。

 ここは異世界だ。

 でも、こうして湯に浸かって「極楽」と感じる心は、どこにいても変わらない。


 一方、女湯。

 リュシアもまた、湯船に浸かっていた。


「ふむ……。pH2.5の酸性泉。主成分は硫化水素、メタケイ酸、硫酸アルミニウム……」


 彼女は湯を掌ですくい、まじまじと観察していた。

 最初は警戒していたが、恐る恐る肩まで浸かった瞬間、その表情が一変した。


「……!! なんだ、この感覚は」


 全身の毛穴が開き、血行が促進される感覚。

 重かった手足が軽くなり、思考がクリアになっていく。


「細胞レベルでの修復機能が働いている……。これが『温泉』の効能か。ハラルド氏の海鮮料理に続く、第二の衝撃だ」


 リュシアは、ぷはぁ、と息を吐き、湯船の縁に頭を預けた。

 固く結んでいた銀髪を解き、湯にたゆたわせる。


「……悪くない。……ふぁ……」


 天才ダークエルフの頭脳も、この熱と硫黄の香りの前では、とろけてシャットダウン寸前だった。


 その頃。

 若葉たちが極楽気分を味わっている一方で、貨物ヤードでは緊張が走っていた。


「オーライ! オーライ! ……そこだ、ゆっくり下ろせ!」


 現場監督のドワーフが大声を張り上げる。

 巨大な魔導クレーンが唸りを上げ、今回の主役である『巨大魔法石』を吊り上げていた。

 長さ二十メートル。透明度の高い紫色の結晶体。

 太陽の光を受けて眩いばかりに輝いているが、その質量は想像を絶する。

 八百トン。

 リリス号が牽引する貨車の上へと、慎重に下ろされていく。

 ギギギギ……。

 クレーンのワイヤーが悲鳴を上げる。

 ウサギたちが固唾を呑んで見守る中、巨大な石が貨車の台座に着地した。

 ズズズゥン……!!

 地響きと共に、貨車が大きく沈み込む。


「よし! 着地成功!」


 ドワーフが親指を立てた、その瞬間だった。

 バキィッ!!!!

 耳をつんざくような、硬質な破断音が響き渡った。


「な、なんだ!?」


 全員の視線が、貨車の足元に集中する。

 そこには、無惨な光景があった。

 貨車を支える鋼鉄製の車輪が、魔法石の重さに耐えきれず、ひしゃげ、歪み、車軸ごとへし折れていたのだ。

 車輪の破片が弾け飛び、貨車は傾いて地面にめり込んでいる。


「なんてこった……!」


 ドワーフの監督が頭を抱えた。

 

「ツェルベルス製の強化貨車だぞ!? ドラゴンを乗せても大丈夫なはずなのに……!」


 親方が駆け寄り、歪んだ車輪を触診した。

 熱を持っている。

 単なる重さだけではない。魔法石から漏れ出る高密度のマナが、通常の鋼鉄の分子結合を緩め、強度を低下させてしまったのだ。

 これでは、走るどころか、動かすことさえできない。


「フゴッ……(どうする、親方)」


 部下のウサギが不安そうに尋ねる。

 予備の車輪に変えても、同じ結果になるだろう。

 この巨大魔法石を運ぶには、物理的な強度と、魔法的な耐性の両方を兼ね備えた、特別な車輪が必要だ。

 だが、そんな特殊なパーツは、どこのカタログにも載っていない。

 沈黙が流れる。

 ルシフェルの指令は絶対だ。復興のために、この石はどうしても必要だ。

 「運べませんでした」では済まされない。

 親方は、懐から愛用のパイプ(中身は乾燥人参)を取り出し、口にくわえた。

 そして、割れた車輪と、街の赤い空を交互に見上げた。

 その目に、静かな、しかし激しい炎が宿った。


「フゴッ!(無いなら、作るまでだ)」


 親方は作業台に飛び乗り、スパナを高く掲げた。


「キュッ! フゴーーッ!!(野郎ども! 聞け!)」


 ウサギたちが一斉に親方を見る。


「(既製品で耐えられないなら、俺たちが作る! ここは鉱山都市だ。材料は腐るほどある! 鉄鉱石を持ってこい! 魔法石の欠片を集めろ! 鍛冶場を借りるぞ!)」


 親方の檄に、ウサギたちの耳がピーンと立った。

 そうだ。彼らはただの運転士ではない。

 機械を愛し、鉄を知り尽くした、月兎族の職人集団だ。

 自分たちの列車が走れないなんて、プライドが許さない。


「(今夜は徹夜だ! 最高の車輪を叩き上げてやる!)」


 オーーーッ!!(キュキュキューーッ!!)


 ウサギたちの雄叫びが上がった。

 ドワーフの監督も、その熱気に当てられてニヤリと笑った。


「面白い! ウチの溶鉱炉、好きに使ってくれ! 手伝うぜ!」


 若葉たちが温泉で極楽気分を味わっている頃。

 駅の鍛冶場では、熱い鉄と、もっと熱い職人たちの戦いが始まろうとしていた。



 カンッ、カンッ、カンッ、カンッ!!

 ツェルベルス駅の裏手に位置する巨大な鍛冶場。

 そこには今、大地を揺るがすようなリズムが響き渡っていた。

 炉の温度は極限まで高められ、吐き出される熱気で空間が揺らいで見える。

 その灼熱地獄の中で、十数羽のウサギたちが躍動していた。

 彼らは耐熱仕様の重厚な作業着に身を包み、ゴーグルで目を守り、自分の体ほどもある巨大なハンマーを軽々と振り回している。


「フゴッ!(次だ! 素材投入!)」


 親方の号令と共に、溶鉱炉へ材料が投げ込まれる。

 ツェルベルス特産の『高純度鉄鉱石』。そして、砕いて粉末状にした『魔法石』の欠片。

 物理的な強度を持つ鉄と、魔力耐性を持つ石。相反する二つの素材を融合させるのは、至難の業だ。温度管理を少しでも間違えれば、合金は脆くなり、使い物にならなくなる。

 ドロドロに溶けた赤熱の液体が、車輪の鋳型へと流し込まれる。

 ジュウウウウッ……!

 白煙が上がり、荒々しい光が明滅する。

 だが、ここからが本番だ。

 型から取り出された赤熱する車輪の原型。それを金床に乗せ、叩いて、叩いて、不純物を追い出し、分子の結びつきを極限まで高めるのだ。


「フゴッ! フゴゴッ!(鉄は熱いうちに叩け! リズムを合わせろ!)」


 親方が先頭に立ち、真っ先にハンマーを振り下ろした。

 カァァァンッ!!

 澄んだ高音が響く。それが合図だった。

 取り囲んだウサギたちが、一斉にハンマーを振るう。

 カン! カン! カン! カン!

 それは、乱雑な騒音ではなかった。

 まるで精密な時計仕掛けのように、あるいは熟練のオーケストラのように、完璧なタイミングでハンマーが落ちていく。

 一羽が叩き、反動でハンマーを上げた瞬間に、次の一羽が叩く。

 息つく暇もない連打。

 飛び散る火花が、ウサギたちのゴーグルに反射して踊る。

 月兎ムーンラビット族。

 彼らは魔導機関の整備だけでなく、金属加工においても天賦の才を持つ種族だ。

 かつて魔王軍の兵器開発を支えたその腕は、平和になった今、復興の車輪を作るために振るわれている。

 一ミリの歪みも許さない。

 気泡の一つも残さない。

 彼らの瞳は、燃え盛る鉄よりも熱く輝いていた。


「(まだだ! まだ叩け! 魂を込めろ!)」


 親方の額から汗が滴り落ちる。

 腕の筋肉が悲鳴を上げる。

 だが、ハンマーは止まらない。

 彼らが作っているのは、ただの部品ではない。

 リリス号の足だ。自分たちの相棒が、重い荷物を背負っても挫けないための、最強の靴を作っているのだ。

 数時間に及ぶ鍛造の末。

 赤かった車輪が冷やされ、黒鉄色へと変わっていく。

 その表面には、混ぜ込まれた魔法石の粒子が星空のようにキラキラと輝き、微かな紫色の魔力光を帯びていた。


「フゴッ……(完成だ)」


 親方がハンマーを下ろした。

 出来上がったのは、『魔導合金製・超重重量対応車輪』。

 物理強度と魔法耐性を兼ね備えた、世界に一つだけの逸品だ。


「(よし、組み込むぞ!)」


 ウサギたちは休むことなく、完成した車輪を貨車へと運んだ。

 歪んだ車輪を取り外し、新しい車輪を装着する。

 そして、運命の瞬間。

 再びクレーンで吊り上げられた八百トンの巨大魔法石が、貨車へと下ろされる。

 ズズズンッ……。

 貨車が沈み込む。

 だが、車輪は悲鳴を上げなかった。

 ピシリとも言わず、圧倒的な重量を涼しい顔で受け止めている。

 車軸が滑らかに回転し、少しの力で貨車が動くのを確認した。


「(成功だーーーっ!!)」


 ウサギたちが歓声を上げ、ハイタッチ(耳タッチ)を交わした。

 ドワーフの監督も、口をあんぐりと開けて見守っていたが、やがて万雷の拍手を送った。


「すげぇ……。たった一晩で、あんな化け物みたいな合金を作りやがった。あんたら、最高の職人だよ!」


 親方はニッと笑い、煤で汚れた顔をタオルで拭った。

 だが、仕事はまだ終わっていない。

 まだ積み込むべき石材や鉱石の山が残っている。


「フゴッ!(野郎ども、気合い入れ直せ! 残りの荷物も全部積むぞ! 若葉たちが帰ってくるまでに終わらせるんだ!)」


 オーーーッ!!


 ウサギたちは疲れも見せず、再び作業へと戻っていった。


 二日後。

 温泉と観光ですっかりリフレッシュした若葉とリュシアが、駅に戻ってきた。

 若葉の肌はツヤツヤしており、リュシアも心なしか髪の艶が増している。


「いやぁ、いいお湯でしたねぇ。リュシアさんも、成分分析は終わりました?」


「うむ。完了だ。ツェルベルスの温泉水は、ボトル詰めにして販売すればかなりの経済効果が見込めると判断した。事業計画書を書いてみようと思う」


 そんなのんきな会話をしながら貨物ヤードに入った二人は、そこで足を止めた。

 目の前の光景に、言葉を失ったからだ。


「これ……全部、積み終わってるの?」


 そこには、完全な「貨物列車」へと変貌を遂げたリリス号の姿があった。

 客車は一両もなく、代わりに十数両の貨車が連結されている。

 その全てに、隙間なく石材や鉱石が積載され、シートで丁寧に固定されていた。

 そして中央には、あの巨大魔法石が鎮座している。それを支える車輪は、見たこともない黒紫色の金属光沢を放っていた。


「すごい……。あれだけの量を、たった二日で?」


 リュシアが駆け寄り、新しい車輪をまじまじと観察した。


「……信じられない。鉄と魔法石の融合合金か? 分子配列が完全に均一化されている。ドワーフの国宝級の職人技だぞ、これは」


 その時、リリス号の影から、親方たちがぞろぞろと出てきた。

 全員、全身が真っ黒だ。煤と油と、そして汗にまみれている。

 疲労困憊のはずだが、その目だけはギラギラと輝いていた。


「お、親方……!」


 若葉が駆け寄る。


「全部終わったんですか? 車輪も、新しく作ったんですか?」


 親方は無言で頷き、新しい車輪をコンコンとスパナで叩いた。

 澄んだ、硬い音が響く。

 『どうだ、いい仕事だろ?』という顔だ。


「すごいです……。本当に、すごいです!」


 若葉は感動で胸がいっぱいになった。

 自分たちがのんびり湯に浸かっている間に、彼らはこんな偉業を成し遂げていたのだ。

 これが、プロフェッショナル。これが、自分の頼れる仲間たちだ。


「親方、みんな……本当にお疲れ様でした!」


 若葉は深々と頭を下げた。

 そして、顔を上げて言った。


「あとは僕たちが管理します。出発は明日の朝です。それまで……今度こそ、親方たちが温泉に行ってきてください! 最高の宿を予約しておきましたから!」


 親方は一瞬きょとんとしたが、すぐにニカッと笑った。

 そして、部下たちに向かって号令をかけた。


「フゴッ!(聞いたかお前ら! 風呂だ! 宴会だ!)」


 ワァァァァァッ!!


 ウサギたちが歓声を上げ、タオルを持って一目散に走り出した。

 その背中は、大仕事を終えたウサギたちの、誇らしげな背中だった。


 その夜。

 『火竜の湯』の最上階にある、貸切大露天風呂。

 そこは今、ウサギたちの天国となっていた。


「フゴォォォォ…………」

「キュゥゥ…………」


 広々とした岩風呂に、十数羽のウサギたちが浸かっている。

 全員、頭に手ぬぐいを乗せ、目を閉じて脱力していた。

 ハンマーを振り続けた腕、重い荷物を運んだ足、そして煤で汚れた毛並み。

 お湯が優しく汚れを落とし、疲れを溶かしていく。

 親方は、一番眺めの良い場所を陣取っていた。

 目の前には、夜の闇に赤く浮かび上がる火山のシルエット。

 そして空には、蒼と紅、二つの月が輝いている。

 チャプン。

 親方は、湯船に小さな木の桶を浮かべた。

 中には、徳利と猪口。

 中身は、若葉が差し入れしてくれた、ツェルベルスの地酒『溶岩殺し(マグマ・キラー)』だ。度数は強烈だが、キレのある辛口が職人好みだと言われている。

 親方は猪口を手に取り、月に向かって軽く掲げた。


(……いい仕事だった)


 心の中で呟き、酒をあおる。

 カッ!と喉が焼け、胃の腑に熱が広がる。

 その熱さが、温泉の熱さと混ざり合い、全身を心地よい痺れで満たしていく。


「フゥーッ……」


 親方は長く息を吐いた。

 隣では、若い機関士たちが背中を流し合い、キャッキャと騒いでいる。

 平和だ。

 かつては兵器の整備に明け暮れ、明日をも知れぬ戦場にいた。

 だが今は、こうして仲間と湯に浸かり、酒を飲み、明日の運行のために英気を養っている。

 悪くない。

 車掌の若葉という人間も、なかなかいい奴だ。

 あいつとなら、どこまででも走っていけそうな気がする。

 親方はもう一杯、酒を注いだ。

 二つの月が、揺れる水面に映っていた。

 職人たちの至福の夜は、静かに更けていった。


 翌朝。

 ツェルベルスの空は、今日も噴煙で薄暗い赤色をしていた。

 だが、駅のホームには清々しい空気が流れていた。

 温泉ですっかり疲れを取った親方とウサギたちが、キリッとした表情で配置についている。

 若葉とリュシアも、制服を整えてホームに立った。


「準備完了! 貨物固定よし! ブレーキよし!」


 若葉の声が響く。

 今回のリリス号は、いつもの優美な旅客列車とは違う。

 ゴツゴツとした石材と鉱石を満載し、最後尾までずっしりと重い、無骨な貨物列車だ。

 だが、その姿はどこか頼もしく、力強い。


「機関圧上昇! 親方、お願いします!」


「キュッ!(合点だ!)」


 親方がレバーを引く。

 リリス号のボイラーが、腹の底から響くような重低音を上げた。

 ズォォォォォォン……!

 重量がある分、動き出しはゆっくりだ。

 新しい合金製の車輪が、キシリとも言わずにレールを噛み締め、確実に巨大な質量を前へと押し出す。

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……!

 ドラフト音が次第に早くなる。

 巨大魔法石が朝日を浴びて輝き、リリス号は黒い煙を噴き上げて加速していく。


「出発、進行ォォォッ!!」


 若葉が手を掲げた。

 目指すは、旅の始まりの場所であり、この世界の中心。

 サンズグリーズ中央駅。

 そこには、この資材を待ちわびる人々がいる。

 リリス号は長い長い汽笛を残し、荒ぶる火山を背にして走り出した。

 その車輪の音は、復興への力強い鼓動のように、大地に響き渡っていた。


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