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追放されたけど、一夜で最強になったので全部取り返す話

作者: RISE

僕の名はレオン。辺境の小さな村で育ったごく普通の若者だ。黙々と木を伐り、土を耕し、人の頼みに答える日々。王都の英雄譚は遠く、しかし心のどこかで自分も誰かの役に立ちたいと願っていた。それが高じて、僕は勇者パーティに志願した。だが都での現実は残酷だった。訓練場では足並みが乱れ、本隊では雑用に回され、何より仲間たちの冷たい視線が僕を締め付けた。『使えない』『足手まといだ』と笑われたのは一度や二度ではない。最後には、夕暮れの門の外で静かに追放を告げられた。


門の向こうへ放り出されたとき、僕の胸には空洞だけが残った。仲間の笑い、誇り、夢のすべてが遠ざかり、ただ寒さだけが肌を刺した。村へ帰る途中、廃れかけた祠の影に光る小さな欠片を見つけた。石のようでありながら、表面には微かな紋様が浮かび、触れると静かな振動が指に伝わった。冗談半分に手の平に乗せると、不思議な温かさが広がり、僕は無力な自分を嘆く代わりに小さな願いを呟いた。『一度だけ、本当に役に立てたら』――それだけだ。


夜は深く、眠りは重かった。だが夢の中で僕は戦場を幾度も巡った。剣の重心、矢の弧、仲間の位置取り、敵の視線の読み方。それらは理屈として理解するものではなく、身体の奥底に流れ込む“感覚”だった。朝が来る頃、目を覚ました僕の中には、昨夜とは別人のような確かな感覚が住んでいた。


まずわかったのは、一振りごとに無駄が消えている実感だった。木を割る力も、踏み込む足さばきも、これまでの訓練では得られなかった自然さを帯びていた。僕は村外れで剣を振り、風の方向を味方にする感覚を確かめた。技術が幻想ではなく身体に落ちていく。欠片は単なる護符ではなく、忘れかけていた“戦いの感性”を呼び戻したのだと理解した。


その矢先に、噂が村に届いた。王都近郊で勇者が魔物の大群に包まれ、壊滅の危機にあるという。かつての仲間たちが村の近くを通るという情報に、村人の目は揺れた。追放された者に何ができるかを測るような視線と、期待を密かに寄せる視線が混じる中で、僕は鎧を取り、欠片を握りしめて出立した。


戦場は嘲弄を許さなかった。空を覆う翼、地を穿つ咆哮、疲弊した兵の足取り。勇者を名乗る者たちも混乱し、指揮系統は崩れ、味方の布陣は乱れていた。だがそこに、流れを読む者が一人いれば、形勢は変わる。僕は大声で命令を飛ばすこともせず、まず敵の動線を読み、風と地形を利用して魔物の群れを誘導した。狭い谷を通らせ、彼らが分散した瞬間に要所を圧縮して防衛線を張る。剣は正確に急所を突き、仲間の盾に最低限の負担で援護を与えた。


戦いの終わり、血と泥の中に立つと、かつて僕を嘲笑ったリーダーが俯いていた。驕りと慢心が招いた混乱の果てに、彼は己の無力を噛み締めるしかなかった。僕は彼を裁くでも、求めるでもなく、ただ淡々と事実を伝えた。指揮の誤りを補い、傷ついた者を助け、敗北の淵から仲間を引き戻したのは事実だった。


勝利は我々のものとなったが、手放せないものも戻ってきた。名誉がどうとか褒章がどうとかいう外形ではなく、仲間の一人に『ありがとう』と言われた瞬間、僕の胸には静かな満足が満ちた。追放された夜に抱えた空洞が、ゆっくりと埋まっていく感覚だった。


村に帰ると、子供たちが駆け寄り、鍛冶屋は無言のまま握手を求め、年老いた薬師はすり切れた布で目頭を拭った。だが僕は知らないふりをして日常へ戻った。畑を手伝い、屋根を直し、夜には子供たちに剣の基本と『守る』という心を教えた。僕が教えたのは刃の振り方だけではない。何を守るために戦うのか、いつ刃を納めるべきか、言葉を添えて伝えた。


やがて王都からの使者が訪れ、名誉回復の申し出を持ってきた。だが僕は断った。名誉を回復することは簡単だ。名誉を持ったまま誰かの傍にいることは、もっと重い。僕はここに残り、日々の暮らしのなかで小さな信頼を積み重ねることを選んだ。欠片は箱にしまい、必要な時だけ手に取る小さな証として僕の胸にある。


力は人を変えるが、何を選ぶかがその人を決める。僕は取り返すべき『全部』を取り返したかどうかはわからない。だが追放された夜に見つけた小さな欠片は、僕にもう一度立ち上がる機会をくれた。夕暮れの村の灯りの下で、僕は静かに剣を拭き、明日も誰かのために立とうと心に決めた。


そしてそれで充分だと、僕は静かに思った。


その後の季節は、僕に多くを教えてくれた。冬の寒さが土を固くする頃、僕は鍬を振りながら、あの日戦場で見た光景と、夕暮れの祠で見つけた欠片の冷たさを思い出していた。村は静かに季節を巡らせ、人々の営みは派手さこそないが確かな安定を見せた。僕は朝早くから畑を耕し、壊れた屋根を一枚ずつ葺き替え、夕方には子供たちを集めて剣術の基礎を教えた。彼らの瞳は純粋で、質問は鋭く、時に僕の方が答えに詰まることもある。


ある晩、講義のあとに一人の少女が残って小さな声で言った。『どうして、追放されたのに助けてくれたんですか?』その問いは簡単ではなかった。僕は彼女の目を見て、ゆっくりと話した。『追放されたからって、人の命の価値が変わるわけではない。役に立つかどうかは、その人の居場所で決まるんだ。僕はここで誰かを守りたい』。少女は少し考えてから笑った。


そんな日々の中で、かつての仲間たちの噂は消えたり現れたりした。ある者は王都で栄誉を失い、ある者は己の慢心に潰された。そしてある日、かつて僕を追放したリーダーが老いた顔で村を訪れた。彼はかつての威勢を失い、謝罪の言葉をまともに口にできなかった。僕は彼を責めるためにここにいるのではない。人は自身の過ちから学ぶ機会を与えられるべきだと信じる。だから僕は彼の話を聞き、彼が失ったものを取り戻すために何をすべきかを一緒に考えた。彼は少しずつ顔色を取り戻し、村のために働き始めた。


欠片の話はやがて伝説めいて語られるようになった。若者が一夜で覚醒したという噂とともに、僕の名は小さな希望の象徴となった。だが僕は決して誇らなかった。誇るべきは欠片ではなく、欠片をどう使うかを選んだ自分と、目の前の人に手を差し伸べる日常であった。僕は今日も夕陽の下、剣を拭き、誰かの笑顔を浮かべながら眠る。


そしてそれで僕の心は、静かに満たされていった。


秋のある日、村を狙う盗賊団が近くに現れた。数は多く、腕も確かだったが、僕たちは怯えなかった。事前に地形を調べ、子供や老人を安全な場所に避難させ、守るべき場所に柵を据え、夜襲の予想ルートに罠を仕掛けた。その作戦の中心には、僕が子供たちに教えてきた小さな戦術があった。彼らは若かったが素直で、学びはやすい。結果、盗賊団は混乱し、ほとんど無傷で退けることができた。村は大きな損失を免れ、人々の結束は一層強まった。あの日、僕は初めて『守る』という言葉の重みを肌で知った。強さは威圧ではなく、準備と知恵と人々の信頼の積み重ねだ。


それでも僕の心は静かに満たされ、毎日の些細な善行がやがて大きな柱となることを知った。


未来がまた大きな試練を運んでくるかもしれない。だが僕は恐れない。小さな勝利と日々の積み重ねが、いつか大きな道を作ると信じているからだ。剣を拭い、欠片を箱に戻し、僕は夕陽の中で静かに笑った。


それで、僕にはもう十分だと確信した。

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