のるかそるか。
もうはっきりいって、我慢の限界。
目の前の見慣れた光景に、目を眇める。
そんなわたしを見て、
琥珀色の髪の彼は、おなじ色の瞳を揺らし。
ピンク色の彼は、びくりと肩を揺らした。
わたしは婚約者がすきだ。
婚約者もわたしがすきだ。
気の強い侯爵家のわたしと、穏やかな性格の伯爵家の彼。
事業の関わりもあって五年前に婚約が整った。
最初はお互いぎこちなく、会話なんてほとんどなかった。
けれど二回目のお茶会に、彼はわたしのすきな花を用意してくれた。
三回目はお菓子。四回目は紅茶。五回目は本。
そして初めての誕生日には、髪飾り。
彼の琥珀と、わたしの紅玉が混じり合うような色のちいさな宝石の細工がしてあった。
回数を重ねてゆくうちに彼の優しさ、まじめさ、辛抱強さ。
家族を大切にし、照れ屋なのに話をするときはしっかり目を見て聴いてくれるところ。
少年から青年に変わり、すらりと背は伸び細身なのに鍛えられた体躯。
薄いくちびるに整った鼻梁。やわらかい髪。
涼しげな目もとにあたたかい色の瞳がやわく細まり、
愛おしむように見つめる琥珀の繊細さに、わたしはすっかり虜になってしまった。
デビュタントの夜に世界でいちばん優しいくちづけをうけて、わたしたちは未来を誓い合った。
わたしたちはたしかに信頼と愛を育み、日々を大切に過ごしてきた
ーーはずの、わたしたちに。
雷鳴轟く暗雲がもくもくもくと立ち込めてきたのは学園に入学して一年が過ぎたころ。
彼の幼なじみだという人物が療養を終え、編入してきてから。
『…勉強苦手だったけどどうしてもロニーとおなじ学年に編入したかったから…っ』
ふたりでランチをとっていたところ急に現れ両手を胸の辺りで組み、涙目で彼に縋る姿をわたしは新種の魔獣を発見したかのような気になり、手を止め観察するように見ていたものだ。魔獣なんて見たことはないけれど。
彼は驚きながらも再会の挨拶をしたあと、わたしを紹介してくれたのでこちらもと思いはしたが。
『そうなんだよろしくねっっ!』
多数の衝撃を受けていたため初動が遅れてしまったことは否めない。
ハッキリ言って肺を患っているのなら領地に引っ込んでいればいいのにと今も思っているのだけれど成る程、大病を患っているのはほんとうらしい。
まず、名乗り。
次に、言葉遣い。
そして、態度。
最後に、いっしゅんわたしに向けた視線。
それは多くの令嬢が彼に向けるモノとなんら遜色なく見えて。
そのときわたしの頭に警告が鳴り響いた。
そしてそれは正しかったことが証明された。
ランチに混ざるようになり、下校も重なる。
クラスは違うけれど休み時間のたびに現れる。全体科目はペアになりたがる。
はしたなく(?)廊下を走り大声で彼を呼ぶ。
腕に巻きつく。ひっつく。甘える。たまに転んでみせる。病弱をアピールし、不安を訴える。
デートやお茶会に参加したがる。休日を独占したがる。
彼が断ると、泣く。
人目を憚らず、どこでも。
ついには領地にいるという幼なじみの両親から手紙が届いたと、土下座をする勢いでわたしに謝ってくれた彼。
"環境に慣れるまで少しでいいから面倒を見てやってくれないか"
恐縮混じりの文面を察した心優しい彼が断れるはずもない。
そうして正当な権利だと言わんばかりに彼の左ポジションを手に入れたのだ。
わたしとの約束はだんだんと守られなくなってきた。週一回のお茶会が月一回になり、休日を過ごすのも月一回あればいいほう。
誕生日も過ごせず夜会は謎の三人行動。学園生活も登下校までもちろん一緒。
邸に泊まらせてくれと言われそれだけは固辞していると、彼が話してくれたのはいつだったか。
約束をキャンセルされても手紙や贈り物は届く。
わたしをすきでいてくれることも、わかる。
やましいことはしていないのだ。だってーー
友だち、だから。
しかも、同性の。
けれど女の勘が告げている。
| キャシディ・リン男爵令息《彼の幼なじみ》は、彼を狙っている。
同性が恋愛対象のひとは少なからずいる。性的指向をとやかく言うつもりはない。
何より彼はまったく気づいていない。
それなのに"たぶんだけど、かはんしん狙われてるよ"などと言えるだろうか。
それに個人的な想いを勝手に伝えるなど卑怯ではないか。いくら立場を軽く扱われているとしても矜持がある。
姑息なマネをするなんて、輩とおなじ土俵になど立ちたくもない。
ーー…と思いここまでやってきたけれど限界がきたようだ。
人間関係は大事だ。社交を培う。上手くやるか、あしらうか。養う目はどうしても必要で。
気づいてほしいと思う部分もあった。何も言ってなかったわけじゃない。
でも友だちとわたしどっちが大事なの!?なんて、心の狭い人間だと幻滅され、きらわれたくなかった。
わたしは自分にも彼にも、幻滅しているのかもしれない。
大変さみしく、かなしい。
「…………婚約、解消しましょうか」
つまるところ疲れていたのだ、わたしは。