表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/28

焔を越えて、円環の外へ

 ――それは確かに、物語の“終わり”だった。だが、同時に“始まり”ともなる。


 魔王カリスタの放った焔は、従魔ア・イチの身を焼き尽くした。忠誠を捨て、主に牙を剥いた代償として、その存在ごと灰となり、円環の輪からも静かに消えていった。


 ……原作では、そう描かれていた。

 そして、その通りに“彼”は、燃え尽きた。円環の輪にしても、ゲーム内ではコンティニューといって程度の意味。ゲーム内の存在はその意思さえあれば何度でも復活できる。


 原作に書かれるように、その可能性すら否定されている。


 だが――あの時、ほんの一瞬、物語は“逸脱”したのだ。


 舞台は黒き玉座の間。業火は消え、魔王は静かに玉座に身を沈めていた。

 燃え尽きた灰のなかで、一筋の銀が鈍く光を帯びる。


 それは《従魔のくさび》。主と従魔を縛る鎖を壊すアイテム。

 これは劇場版でのみ登場したアイテムだった。


 パキィン――


 音が鳴る。光が零れる。

 舞い上がる灰の中心で、ゆっくりと、何かが“再構成”されていく。


 脈動するような闇の空間。そこは、既にこの世界ではなかった。いや、“別の円”の上――


 骨が生まれ、肉が形を成し、皮膚が張られ、血が流れ……

 そして最後に、眼球が再生された。


 そこにあったのは、“人間の目”だった。


「俺は……まだ、生きてるのか?」


 ア・イチ――否、もはやその名ですら旧き呼び名かもしれない存在が、手を見下ろす。

 肉がある。血がある。熱がある。命がある。

 それは、かつての彼にはなかった感触だった。


 胸元には、メアリーが手渡した《従魔のくさび》が壊れていた。


「……裏切り者の貴方なら、“これ”を効果的に使えるのじゃない」


 無愛想な彼女の声が、脳裏から蘇る。だが、劇場版では受け取りを拒否することで、裏切りの意図を語り、その忠義の重さを誰からも再認できるシーンであった。


 だが、クロウはその説明をしていたが、受け取ったまま壊すことを忘れていた。その些細な違いが今こうして、違う結末を生んでいた。


 そのとき――空間が揺らいだ。

 誰かが、笑っていた。


「やっぱり……面白いねぇ」


 振り返れば、そこに立っていたのは誰とも分からない人物。

 だが、見覚えのある、そのニヤけた顔に恐怖する。


「初めましてかね。それでも、説明はきちんとしたはずなんだけどねぇ」


 そう、彼が転生執行人だ。クロウはこの世界に来る前に聞かされた彼の名前を思い出した。物語の外からすべてを眺める者。ゲームの運命を揺さぶる、観測者。


 彼の周囲には、かつて消えた者たちがいた。没ルートのNPCたち。バグとされて消去された転生者。そして、魔王カリスタの“影”すら、黙ってそこに佇んでいた。


 魔王カリスタの“影”、原作で主人公が転生する前の魂である。つまり、本当の魔王カリスタ。ややこしいが異世界転生する前の主人格だ。


「円環は閉じた。でも、すべてが戻るわけじゃない……サイは、まだ振り切れてないからね」

 掌で転がるのは、数値のないサイ。“選ばれなかった可能性”の象徴。


 転生執行人が静かに微笑む。


「ようこそ。“円環の外側”へ。……ア・イチでも、クロウでもない、“お前自身”の物語を始めようか」


 もはや彼は、誰かの従魔ではない。定められた敗北者でもない。

 ――“焔に抗う者”の、その先へ。


 その瞳が見据えるのは、次なる円環すら超えた自由だった。


   * * *


「なんだこれは」

 転生執行人は静かに笑った。今回も実験は失敗か、と。

 いや、笑っていなければ、ただの嘆きがこぼれていただろう。


「プレイヤー間の認知が繋がらない。だから、“物語”もこうなったと。本来、“体験”とさせたかったのに」


 彼は舞台の奥に残った灰を指先で弾く。

 ラストは分岐し、逸脱し、確かに新しい物語になった――だが、当のプレイヤーたちはそれを“何が起きたのか分からないまま”受け取った。

 そうして、理解のない拍手だけが場内に虚しく響いた。そのまま、「おめでとう」、「おめでとう」、「おめでとう」と言い合っていればいいんだ。


「やっぱり、見てるだけじゃダメだったな」

 背後から声がした。別の開発者が、笑いを含ませて肩を叩く。

 彼は初期実験に関わった古参の一人だ。


「まぁ、落ち込むな。俺たちも最初は何度もやらかした。“認知”ってやつは、ただの記憶や知識じゃない。経験と前提が揃って、初めて噛み合うんだ」


 慰めの言葉は温かいが、現実は冷たい。


 今回もまた、『書き手にナロロン』の読者層はメタ構造を認識できなかった。

 物語の中の物語、その外側の物語――そうした層の重なりを理解しないまま、ただ“イベント”として消費する。

 転生執行人の用意した仕掛けも、円環の外からの介入も、「なんかすごいことが起きた」で終わってしまった。


「それにまだ手直しすべき点は多い。何も相手側の“認知”だけに頼るのも問題だ」


「確かにそうだが……おい、そこのお前」

 転生執行人は不意に、視線をこちら――物語の外へと向ける。


「お前らな……物語ってのは、表面の展開だけじゃないんだよ。

 パロディや引用や構造の奥に、ちゃんと仕掛けがある。

 それを受け取る準備もせずに、ただ“面白かった”って言うな。

 ……いや、言ってもいいけどさ、その一言じゃ、何も届かねぇ」


 彼は深く息を吐き、虚空に笑いを散らした。


「ま、次はもっと分かりやすくしてやるよ。そうでもしなきゃ、お前ら円環の外には出られねぇ」


「まあ、プラットフォームを変える手もある。『カクリウム』なら最近、モキュメンタリーの認知度も上がっている。構造を少し手直しすれば、あそこの読者層にも受け入れられるかもしれない」


「それなら、いっそデスゲームでよくないですか。これなら“認知”の問題も少ないですし」


「……確かに手堅いアイデアだ。だが、それはホラー映画だ。我々、ゲーム屋の本分ではない」


「そうですね」


 短いやり取りの後、転生執行人はふいに視線を宙に向けた。

 そこには、この世界の誰にも見えない“観客”がいる。


「お前らがメタ構造を理解しないせいで、

 こっちは何度もループをやり直してんだぞ。

 せめて、チートとBANぐらいは現実基準で認知してくれや」


 笑っているのか、怒っているのか分からない声音。

 だが、その視線は確かに円環の外側――読者の席へと突き刺さっていた。


「だから、考察も一つもできない、と……」


 転生執行人は、次の手を考えながらサイを振らなければいけない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ