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『チート・デ・チート』での失敗 ~ひび割れた城壁の男

 『書き手にナロロン』

 web小説投稿サイトの最大手。ここで投稿された作品は書籍化、アニメ化に至ることは少なくなく、サイトを含め商業的にも成功に至っている。

 また、そこに掲載される作品は総じて、“ナローン系”と呼ばれる。


 そんな投稿サイトに、こんな作品が投稿されている。


 『チート・デ・チート』(#N0943HB)


 少し前に“ナローン系”の主流とされていた異世界転生モノ、正確にはゲーム内転生に対して皮肉った内容である。チートを要望しすぎた主人公がゲームのシステムにBANされるといった短編。


 そう、そんな、ただのネタ小説にしか見えなかった。


 しかし、実際には――「転生執行人」による実験の一部だった。


 転生執行人。その正体は、大手VRMMO開発会社に所属していた初期メンバーの1人である。

 本来の目的は、ゲーム内におけるプレイヤー同士の「認知」を共有し、その情報をリアルタイムで世界設定やNPCの挙動へ反映させる、次世代型プレイ環境の構築だった。

 膨大に膨れ上がる情報処理の負担を、プレイヤー間の「共通認知」によって軽減する、それが彼らの狙いだった。


 プレイヤーが思い描く、Aというキャラクターの性格や口調、その細部までもデータとして収集し、ゲーム世界に反映させるのだ。そして、別のプレイヤーもそれらの行動からAのキャラクターで間違いないと感じる。


 『チート・デ・チート』は、その構想のごく初期に行われた試験運用のひとつである。


 ただ、作中で描かれる「過剰な願望や自己認識を持つプレイヤーがシステムからBANされる」という寓話じみた結末は、一見ただのギャグに思えた。

 実際の所は、“認知共有システム”に組み込まれたフィルタリング機能が意図的に作動した結果だったのだ。


 そして、もう1つの問題があった。

 それはプレイヤー同士による「認知」の齟齬である。


 『書き手にナロロン』の読者層は、「チートによってBANされる」というゲーム的な概念を、そもそも理解できていなかった。


 “ナローン系”を分析すれば、その構造はパロディのパロディ、二次創作の二次創作とこすり続け、最終的に元ジャンルが形骸化した記号になったもの。

 この記号化のおかげで、元ネタを知らなくても“それっぽい”物語としては認知できる。


 それだけに、本質は理解されていない。

 また、弊害として元ネタへのリスペクトもなく、そのジャンルをこき下ろすような設定も付与される。その反面、“ナローン系”への皮肉には烈火の如く怒るという、

 一般層と“ナローン系”コミュニティの確執は深海のように深くなっている。これは“ナローン系”に限った話ではないにしても、多くの炎上で表面化してしまっている。一部ではアニメ化が決まってありながら、炎上から撤回されることもあった。


 それだけに“ナローン系”はゲーム世界観を源流に持ちながら、実際の読者はゲームをしない層が多数派となっていた。


 本来なら不正行為であるはずの「チート」ですら、物語上の当たり前として受け入れられ、BANという処罰概念はほぼ共有されていなかった。


 この認知の齟齬が、プレイヤー間での情報共有システムに深刻なノイズを生んでいたのである。


 幸いにも、他者による感想やフォローによって不足した認知は補完され、実験は継続可能となった。それがなければ、この試みは早々に失敗していただろう。


 そして、この失敗は開発の方向性を大きく変えた。


 ――この小さな実験が、やがて現実とゲームの境界を消し去る最初の一歩となることを、当時知る者はいなかった。

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