2.確認
あの狂気絢爛、歓喜渦巻く、魔王による建国宣言後もその狂乱は魔界全土で三日三晩続くのだが、自分はその祭りに参加することなく、自身の記憶と戦っていた。
また、この作品のキャラクター、ア・イチとしての仕事もある以上、元から祭りには表だって参加は出来なかった。
建国をしたとはいえ、ほぼ魔王カリスタの圧倒的な力で魔界各地の権力者を殴り、黙らせただけ。あまり死者は出さなかったとはいえ、皆が皆、その座を認めているわけではない。
いや、むしろ魔族特有の虎視眈々とした野心が、その座を奪い取ろうと、寝首をかこうと、爪を研いでいる。
だからこそ、真の魔界平定に動き出す必要があった。それが魔王の側近であり、右腕であるア・イチの仕事だった。
それでも魔界全土を平定した、歴史的快挙ではある。
また、自身がガイコツに転生したからモブキャラだと思っていたが、それは違っていた。そして、重要なキャラクターではあるが、そう喜べる状況でもない。
本来の自分の名はクロウ。久良 忍である。
だが、この世界の原作は詳細に思い出せるのに、自身のことは思い出そうとすると、頭の中でモヤがかかってあまり思い出せない。
それでもなお、思い出そうとすると痛みが走る。
必死に自分自身で最後に見た光景を思い出そうとすると、痛みと赤く染まる世界だけが見え、それを体感するかのように痛みが数時間続いた。
ここはア・イチ専用の個室だから、その痛みに耐える様も誰に見られるわけでもなかった。自身の手下である、スライムにも必要なときは部屋に入るように伝え、入る際もちゃんとロックするように伝えている。
しかし、原作通り、質素の部屋ではある。作りは石造りで頑丈、多少の悲鳴は周辺には響かない。最も他のキャラは拷問によって様々なメリットを得るため、防音設備はしっかりしているのである。
それはア・イチの部屋でも同じ。苦しみに耐えるには助かった。
ほんと、ガイコツに転生したのに、このざまである。
最悪な気分だ。だからこそ、異世界転生が出来たということか?
ともかく、こんな最悪な気分を繰り返し、死に戻りを平然に行うキャラクター達は本当に狂気だ。復活の際には死ぬ前の記憶を消して対応するのは、精神衛生的にほんと優れていると実感した。今が、この仕様でなかったことが悔やまれる。
ろくな死に方をしなかった事実と同時に思い出されたのは、ニヤけた顔の存在。
ニヤけた顔ながら、この世の者と思えない存在であり、恐らく生前は冷たい感覚に襲われていた。今、こうして思い出していても、寒気に襲われてしまう。
それだけにこの世界に転生させた上位存在ではないかと、自然に思わせるほどだった。
それが事実かどうかは何も思い出せていないのだが。
ただ、異世界転生ということで、ふと思い出す。
「ステータスオープン」
原作通り、そう言葉に出してみるが、何も起こらない。更にささやいても、詠唱しても、祈っても、念じても何も出てこない。
異世界に訪れ最初にやるべき儀式、ステータスオープン。
だが、原作通りア・イチにはステータスオープンが出来ない。
自身、原作知識から出来ないとわかりながらも、ステータス画面が見られれば、何か手がかりがあるかもと期待もしていた。違った意味でも期待外れだった。
ア・イチは魔王が作り出した存在。
正確には作中のゲーム、『ECLIPSE of the THREE REALMS~三界戦記~』でプレイヤーのサポート役として育成が出来る、従魔、ペットキャラである。
だから、主人公が作ったゲーム内のキャラクター。そして、ゲーム内転生した世界でも魔王が作り出したことになっている。
その名の由来は『アの1番』。これもまた定番の行為、適当に付けた名前。
次のキャラにしても「イノニ」で、その次は「ウーサン」である。そして、このタイミングだと4人目が作られている頃。
従魔は、ゲーム中であれば1キャラクターにつき3体までしか作れない。
だが、魔王カリスタが4体目の従魔を作ることで、ここがゲーム世界でないと知る。書籍1巻の山場である。
もっとも、主人公であり魔王カリスタはゲーム内転生してなお、ステータスオープンが可能であり、収納ボックスを所持している。
さらに、我々、従魔のステータスまでも確認できる。それが、たとえこの世界で新たに創られた生命、4体目であっても。
ステータスオープンが出来なくても、クロウには原作知識がある。
ア・イチのステータスはレベル150。これはゲーム上のレベル上限であり、これ以上の成長はシステム的に不可能。
そして、原作でも150よりも上に行くことはなかった。
ゲーム上であれば、従魔のみで上位プレイヤーに勝つことはなかった。あくまでサポート目的のキャラであり、戦闘補助のほかに製産や拠点防衛、物資回収と育成スタイルも様々になる。
また、従魔同士の戦闘ではステータス差よりもランダム性の要素が強く働く。これは対人戦等でのバランスを保つためのシステム上の処理であって、プレイヤースキルや編成で補える仕組みだった。
だが、この世界では違う。
原作の世界観において、ランダムという曖昧な要素は一切無い。多少のレベル差であれば、戦術、装備などでフォローはできる。それでも個人同士では純粋なステータスの高さですべてが決まる。
この魔界の住人たちにとって、力こそ、レベルこそ、すべてである。
だから、魔族はレベル上げという特訓を行う。
だが、生命力が強く、長寿の魔族であっても、現実の廃人プレイのようなことは出来ない。また、彼らは一応なりとも社会性を持ち、地位を持てばそれに応じた責任を負う。統率を任されれば、前線に出る機会は自然と減り、レベル上げのチャンスを失うのだ。
たとえば、作中に登場した地界の山ごもりをしていた修行僧ですら、レベルは123。
これは、主人公陣営および後半のボスキャラを除けば、作中最高レベルとなっている。
また、原作世界では他プレイヤーである転生者は存在しなかった。
魔王カリスタにしても、異世界転生の主人公の例にもれずレベル上限に達している。それはレベルだけでなく、スキルなどにしてもカンストした要素を多く持つ。
レベルMAXの魔王カリスタと従魔たちにとって、もはや、“神”と呼ばれる存在以外は敵ではなかった。
だが、原作後半においては、見せ場を作るためか敵側もまたインフレしていく。それでもいまはまだ第一巻の終盤、当面は無敵の軍団である。
この後には出来事にしても、ア・イチと魔王との謁見が控えている。
クロウは、我に返る。
謁見の場では魔王と語り合う中で、自分の正体を察知されかねない。
魔王は転生者。そして、クロウもまた転生者。同じ現代の価値観を持っている。
更にクロウは、原作知識という“神の視点”を持つ存在。それだけに架空の物語の主人公である魔王よりも高次元の存在である。
自分はこの物語を外から知っている存在、言ってしまえば創造主、web小説作家と同じ立場にいるのだ。
だからこそ、ア・イチの運命も、カリスタの未来も、すでに“知っている”。
それがバレれば、この物語の軌道は狂う。
謁見での不要な発言は、物語全体の展開に影響を及ぼす可能性すらある。そうでなくとも、このときのア・イチの立ち位置は微妙なモノ。
「……異世界転生って、こんなに面倒くさかったか」
思わず漏れた本音に、クロウは苦笑する。
これなら、タイムスリップした医者の方が、まだ気楽だったかもしれない。時代改編よりも、医者としての本分を貫いたのだから。




