3.決着
『焔に誓い、焔に焼かれる』
裏切り――それは、どんな敵の刃よりも冷たく、胸を抉る。
玉座の間。焦げた石床の上に、男は膝を折っていた。
黒牙のランデル。魔王カリスタの配下であるが、力に屈して忠誠を誓っただけの男。そんな男が再度、力に屈して、地面に倒れ込む。
なのに。それでも、諦めは訪れない。
* * *
ア・イチは幾度となく、魔王の攻撃を受けていた。
レベル150――この世界では破格の実力を持つ、ア・イチ。だが、相手は魔王カリスタ。魔王と比較した場合、そのレベル差は絶望的。その攻撃を何度も受けるのは無理がある。
まわりでは、すでに多くの魔族たちが倒れ、ランデルも膝をついている。
それでも、ア・イチは立っていた。
いや、“クロウ”は、立ち続けていた。
これが現実だ。困難な状況でも数字以上の戦いができる。人間の歴史はそうやって、危機的状況を塗り替えてきた。だが、物語は定まった筋書きだ。
だからこそ、倒れ込んだ魔族らも戦えないなりにその状況に奮起する。完全に魔王に屈してはいない。
そして、カリスタもまた理解していた。圧倒的な力を持つ魔王である自分すらも、どこか、心を揺さぶられていることを。
実際、圧倒的な力差はあれど、カリスタが根負けする状況に勢いは初めから比べて落ちている。ここもまたレベル差だけでは語れない話だ。
初めは予定通りに進んでいた物語。だが今、その筋書きは狂い始めている。その様子にカリスタは疑問に思う。
「お前は……転生者か?」
低く、けれど確かに震える声で、カリスタが問いかけた。
違和感の正体に、カリスタはそのような結論を出した。自分と同じ、世界の外から来た存在ではないのかと。
ア・イチ――クロウは、すぐに答えられなかった。
本当のことを言えば、彼が“物語の存在”でしかないという事実を突きつけてしまう。
それは、物語の終焉を意味する。
誰よりも、その痛みを知っていたからこそ――
「違う。私を創ったのが貴方であったとしても……私は、私だ」
原作とは少し違う台詞で答える。
それでも、紛れもなく今この場に生きている“自分自身”の言葉だった。
「……そうか」
カリスタの目が細められた。怒りではなかった。悲しみでもなかった。
ただ、静かに、冷たく、すべてを見下ろすような眼差し。
原作にない演出ではあるが、それでもクロウは理解していた。――次の一撃で、このエピソードは決着を迎える、と。
だとしても。
この瞬間だけは、彼は“ア・イチ”として剣を振るった。
周りの魔族に機会を与えようと奮闘する。まだ、可能性があることを示すように。
なぜ、ア・イチはこの状況で奮闘したのか?
クロウはただ物語を受け入れるのでは無く、ようやく考察できるようになった。
カリスタに気がついて欲しかったのだ。
「……魔王ごっこ、楽しかったか」
原作通り、唾を吐くように、ア・イチは言い捨てた。
カリスタは、ふっと口元に微笑を浮かべた。
「そう。ならば最後に――見せてあげるわ。本物の“魔王”としての裁きを」
指が鳴らされる。
その瞬間、ア・イチの体を紅蓮の炎が包み込んだ。
爆ぜるような閃光。熱が、すべてを焼き尽くす。
「……ああ、そうだ。それでこそ“魔王”だ」
玉座の間に静寂が戻る。
カリスタはその場を背にし、ゆっくりと玉座へと戻っていく。
原作通り。戦いは終わった。
そして、ア・イチの活躍もあとわずかである。
だが――クロウの胸には、静かな満足があった。
悲哀に満ちた場面ながらア・イチとクロウは微笑んでいた。転生者カリスタをこの先、魔王として覇道へと進ませる、決断を与えたことに。
ア・イチは身をもって、カリスタに機会を与えたのだ。
それまでの受動的にただ「はい」とだけ選択してきた主人公から脱着させるために。クロウは身をもって、そのことを考察できた。
カリスタは自らの手でア・イチにとどめを刺したのだ。そこに“神”は滞在しない、断罪するは我にあり。
そのことにも涙した。




