1.大地を蹂躙する者、紅き血を知る者
魔界の軍勢が、ついに地界へと侵攻を開始した。
クロウは原作から、実際での体験して、魔王カリスタ自身の意思ではないことは知っている。魔界の議決――すなわち、多数決によって決まった"総意"。かつてプレイヤーとしての彼が成し遂げた三界統一。その栄誉は、現実となればただの地獄に変わる。
クロウはこれから、それを体験しなければならないのだ。
侵略の先鋒を担わされたのは、ア・イチ。
そして、他の従魔たちも部隊の補助として戦闘に参加させられた。
生産担当の妖魔・イノニは、勤勉だが自拠点に異様なこだわりを見せるコボルト。
製造特化の人形ゴーレム・ウーサンは、ただ命令に忠実なだけ――だが、その創造主である人形技師の性格が最悪だったため、原作でも問題児として名を馳せていた。
そして、まだ表だって出さない従魔・影姫エーヨン。
原作ゲーム内ではバージョンアップで実装された上級者向けのトリッキーなキャラ。カウンターと状態異常を得意とする。
本来であれば、どれも頼もしい仲間。
だが、地界との住人でもレベルMAXの従魔たちは桁違いな戦力であり、生産、製造担当で戦闘スキルを持たなくとも、ステータス高さそのものが脅威と化す。
それがこの侵攻で、いかなるものを生み出すかは想像するまでもない。
また原作でもあるがア・イチは、暴走する人形技師を止める役目をカリスタから命じられていた。
人形技師、メアリー・フラン――人形のように整った容姿を持ちながら、その心は冷徹で他者の魂を削り、盛り合わせ形を変える造形師にして、マッド・サイエンティスト。
ゲーム内では彼女が生み出した人形ゴーレムに、プレイヤーが魂を宿すことで従魔となるという設定だった。
その素材、ゴーレムの肉体に使われていたのは、地界の人間だと、裏設定で明言されている。
原作を知るクロウには、ここはこの作品でのメタ的な話とはなっている。
そして本来の主人公、魔王カリスタも、その事実とメアリーの性格は理解していた。だからこそ、忠義の騎士であるア・イチを彼女のお目付け役としてつけた。
メアリーにとって地界侵攻とは、あくまで素材採集に過ぎないからだ。
彼女には地界の住民たちは、ただの素材。その瞳に宿るのは研究者の冷たい光だけだった。
そして今――
「『不必要な行為は慎め』……魔王様から、そう命じられているはずだ」
クロウの声は低く、そして鋭く響かせ、メアリーの蹂躙を止める。
台詞はほぼ原作通りだった。だが、そこに込められた感情は決定的に違う。
これは芝居、役割ではない。
アニメでは絵に過ぎなかった場面が、“地獄”としてクロウの目、無いなりに視覚情報として映っていた。そして、モノクロながら、液体にこぼれた大地は血によるものだと、原作を知らなくとも嫌でも分かる。
これは怒りだ。命を踏みにじる者に対する、転生前の人間としての怒りだった。
そして、転生した今のクロウにとって、これが現実だった。
「不必要~?今まで人形ゴーレムの素材をどう集めてきたか……知らないわけないですよね~?」
メアリーは、あいかわらず間延びした気の抜けた口調で返してきた。
原作やアニメでもおなじみのしゃべり方だ。だが、今のクロウには、おなじみの声に親しみが湧くことなどなく、地獄の機械音のように聞こえた。
そう、彼女の無関心なのだ。
そもそも、メアリーは魔族側の存在。地界の倫理や道徳観など最初から持ち合わせていない。人間としてのクロウの感情、苦悩、良心など、理解の範疇にすらなかった。
また、原作においても、メアリーは魔王カリスタの意思は読み取っていたが、転生者としての主人公が演じる役割についてはまるで理解していなかった。
「むしろ、ア・イチ様こそ~? 魔王様の命令を裏切るつもりですか~?」
口調は柔らかく、のんびりしているのに、言葉はナイフのように鋭い。
魔族としてはメアリーの方が正論であった。
地界と魔界、そして天界は長年にわたり互いを侵攻し合ってきた。そこに情けや慈悲の入る余地はない。
そもそも、同族ですらない。そうなっては単なる“素材”と見ることに間違いも無い。
それが魔族側における地界人の位置づけ。メアリーにとっては、それが魔族の中で特に飛び抜けているだけで。
人が家畜を喰うと、同じなのだから。
それでも。クロウには、剣を抜く理由がもう十分だった。
手が腰の剣へと静かに伸びる。音ひとつなく鞘から抜き出し、刃が空気を裂く。それは明らかに警告ではなかった。剣として、傷つけるための抜刀。
これがア・イチのスキル『抜刀』である。
ゲーム内ではダメージの他、スタンが発生する。
周囲の空気が一変する。
従魔イノニはコボルト、小動物らしく身を小さくして立ち止まり、人形ゴーレムである従魔ウーサンは眼孔を淡く光らす。これが人形ゴーレムにとって、驚きを示す小さい反応だった。
その一瞬に込められた――クロウの意思。怒り。哀しみ。
狂気の造形師メアリー・フランはその衝撃に腰を抜かしていた。どうやら主要NPCであるが故にダメージは入らなかったようだ。これは原作でも他のキャラではあるが、確認されている現象。
腰を抜かしながらも、相変わらず笑っていた。
口調こそ間の抜けたままだったが、その眼の奥に宿っていたのは、終始一貫した他者への無関心だった。
「ふふ~、そんなに怒るなんて、まるで“地界の住人”ね……」
その言葉が終わるより早く。
再度、クロウの剣閃が、当たりを切り裂く。
メアリーの視界が、一瞬ちらつく。そして、強烈な衝撃が身体に走ったが、それでもダメージはない。
クロウはメアリーが死なないことを理解したから、今度は『抜刀』によるスタン効果を期待せずとも手加減が不要だった。
初手にしても、不必要な行為を慎んだ結果、『抜刀』で押さえていた。
「ぐ……ぅ、な、何……を……はわはわ~」
クロウはその問いには答えず、足元で呻くメアリーを、見下ろす。
ダメージが無いとはいえ、さすがのメアリーにも焦りが見えていた。
「わぁ~ぁ~」
これでしばらくは不要な行動も控えてくれるだろうか。
「『不必要な行為は慎め』、と魔王様は言った。……それでも、やめなかった。だから、止めた」
だが、この行為は原作にはない。ア・イチではなく、クロウとしての“人間”の決断だった。
原作でもア・イチはメアリーのやり方に反発をするが、カリスタ視点の原作ではここらの描写は明確でないゆえ、この後、ア・イチの裏切りが唐突に見えることになった。
それだけに、この後の物語を動かすだけのイベントとして消化された程度。
だから、ファンからも不名誉な“原作4巻で伏線回収するマン”と揶揄されることになる。
その揶揄を払拭をするために劇場版でシーンが追加され、物語の違和感は軽減されるも、今のやり取りとは違っていた。
従魔たちは誰一人、口を開かない。
イノニは目を伏せ、ウーサンはただ静かに首をかしげる。
彼らは命令に忠実だからこそ、違和感を感じ取っていた。
ア・イチは、こんなことはしなかった。いや、従魔である以上、自分たちと同じで命令は絶対だと。
それでも魔王の命には従っている。だから、違和感なのだ。
(俺は、原作を壊しているのか……それとも)
クロウが疑問に思った問いには、明確な答えは出ていない。
だが、少なくともひとつだけ、確かなことがある。
クロウはもう、ただのモブキャラではない。原作の筋書きに従って動く、“駒”でもない。
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【Tips:スキル解説】
スキル『抜刀』
“すでに抜いている? ――いや、次の瞬間には抜かれている。”
見た目は居合術、実態は剣気を纏わせた瞬発の斬撃。
発動と同時に敵単体に物理ダメージを与え、確率で《スタン》を付与する戦闘従魔にとっての基本奥義。攻撃の起点として組み込まれやすい。
スキル『影穿』
“逃げても無駄だよ。その影ごと、穿つから――”
自身の影を媒介にして黒杭を発現させ、対象の足元を貫く闇属性の拘束術。
攻撃倍率は控えめだが、高確率で《バインド》状態(移動・回避不能)を付与できるため、対人戦(PvP)や機動力の高いボス戦で真価を発揮する。モーションが短く、クールタイムも比較的軽いため、コンボの起点にもフィニッシュにも使える中距離技。
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