1.目覚め
――眠りから覚めると、そこは異世界であった。
皆さんもご存じの超有名Web小説の冒頭一行だ。
だが、今この瞬間、それがまるで現実として目の前に広がっている。まるで先の文に続く情景のように。
空は鈍くくすんだ灰色。整列もせず無造作に並んだ部下たちは、ただ、王の言葉を待っていた。
だが、しかし、けれども。
見えている光景は原作の冒頭そのものだというのに、俺の視点だけは、何かに“違って”いた。
いや、そもそも、ちゃんと見えているのか?
見えている“気がする”のに、実感がない。
……そうか、目がないのか。今の俺には。
自分のことながら状況が把握できない。理解も追いつかない。
けれど、これから何が起きるかは、知っている。
このあと、王はこう語る。
『天界の偽りの秩序も、地界の腐った法も、魔界の自由を犯すことは、決して叶わぬ!』
「天界の偽りの秩序も、地界の腐った法も、魔界の自由を犯すことは、決して叶わぬ!」
『この三界の隔たりは法なき混沌を生み出した』
「この三界の隔たりは法なき混沌を生み出した!」
ここまでは台詞の再現は完璧だった。
『我こそが、魔族の王を継承し者。我らが生きる意味を、皆に与えよう!(……あれ?)』
「故にこそ、魔族の誇りある者よ。我らが生きる意味は、誰の許しも要らぬ!」
『我が名のもとに、三界の虚構を焼き尽くす!(……あれれ?)』
「我れら魔族を拒み続けた、三界の虚構に終止符を打つ!」
ちょ、ちょっと待て。違う。結構、違う!
この名演説を一字一句違わず、詠唱できるかと思っていたが、ズレが生じていた。
アニメ化の際、声優によって演じられた台詞を何度も見直し、時折、脳内再生させていたのにだ。
そもそも、アニメ版では原作の台詞が改編されたいたのか?それともweb版初期の台詞か?どちらにしろ、ネットに繋がる媒体があれば、すぐに調べられる話なのだが。
ただ、今、目の前で起きていることは本当にあの有名なweb小説、『魔王カリスタ転生戦記《焔に抗う者たち》』の世界なのか?
「我が名はカリスタ・ド・ヴァルハザード!――すべてを燃やす、焔の魔王なり!」
高々と語られる、その言葉とともに背後の魔紋が空に光を放ち、炎の紋章が浮かび上がる。紅蓮の双翼が展開し、魔王カリスタの美しい姿をより神々しく際立たせる。
いや、そんな細かいことはもう、どうでもよくなった。
だって、この場面――めちゃくちゃ燃えるじゃないか。それだけでファンにとって、とてもたまらない。例え、この作品のモブキャラであったとしても。
そして、この物語の主人公だって同じ気持ちだ。そう、原作小説にも書いてある。
周囲の魔族たちも歓喜の声を上げている。彼ら魔族が今、ようやく、致団結した。
魔族の王、カリスタの即位、そして、自身と彼らの国、ヴァルハザードが建国した日でもある。
この出来事に各種族は各々喜び方をしている。
自分も違った意味で、この光景に歓喜している。目もなく、皮もない、ただ骨の体であっても。そう先ほどまで感じていた違和感はこの姿に合った。
名もなきガイコツの一兵でだったようだ。
それでもこの場に立ち会えただけで、胸がいっぱいだ。
仲間のガイコツたちも、カタカタと顎を鳴らし、骨を打ち鳴らし、喜びを分かち合っている。骨しかない体でも、何かが確かに震えている気がした。
どういうわけか、今はガイコツになって、状況は最悪だ。これが異世界転生というやつか。
でも、悪くない。
カリスタも周りの光景に艶やかな笑みをこぼしていた。
けれど、俺は知っている。
web小説通りなら、“彼”もまた転生者。だが、それはweb小説という架空の物語。今ここにいる、自分は紛れもない本物……のはず。
次第に自分のこと、今の自身の体のことを客観視できるようになってきた。それでも自分のことを思いだ出そうとすると強烈な痛みが走る。
ほんと、骨しかないのに奇妙な感覚である。
それに自分の名前を思い出そうとすると、頭蓋の奥でズキリと痛みが走る。
……骨なのに、なんだこれ。
目もなければ、皮膚もない。
けれど、今の自分が見ている世界は、濃淡から色は察せられるが見えている世界はモノクロの世界。これがガイコツの視界?それとも、コミカライズ版の世界に来てしまったのか?
「ア・イチ様……ア・イチ様……!」
そんな時、耳元に――いや、頭蓋の奥に響く声。
視線を向けると、目の前には二体のスライムがぴょこぴょこと跳ねていた。
その呼び名に、全身の骨がビクリと震える。
――ア・イチ。
その名は、物語最初から登場する強力な従魔。
カリスタの側近にして、後に物語最大の激戦を演出する、重要キャラクター。
つまり俺は、ただのガイコツ、モブキャラじゃなかった。
この物語における、物語の核心に最も近い存在に、転生してしまったということか。




