八話『炎宴のフレイミ』
無事にライズレイトと対面をして『四季』の元で世話になることが決まったブレッドは、まず冒険者の登録をする為に一階の受付カウンターに顔を出す。
周りの視線はロンの隣に立つブレッドに集中し、なにかざわめいている。小さい声で気にしないでと言うロンにブレッドはどこか緊張気味にフードを深く被る。
「どうもロンさん! 長旅ご苦労様でした!」
「ありがとう。ブレッド、こちらは『四季』の受付嬢をしているナタリアさん。冒険者の登録から依頼の手続きまでやってくれるここの看板娘だよ」
「看板娘だなんてロンさんったら! あっ、初めまして! 改めて私はナタリア、よろしくお願いします」
「俺はブレッド。こちらこそよろしく、ナタリアさん」
茶髪のセミロングにエプロン姿。笑顔が魅力的で、印象は最初から優しい人だとわかる。
そのおかげもあってか、ライズレイトとは違い握手に対しての緊張はなく、ナタリアとブレッドは互いに手を合わせる。
それからは手際良く冒険者の説明をした後、簡易的な身元の情報を記載する。その際、字を書くことが不慣れな為かもたもたとしてしまった。
それを横で見ていたナタリアとロンはほわほわとし、口元を抑えて笑みを抑えていた。
「これらの情報はこのギルドで大事に保管しますので安心してくださいね。ではギルドカードの発行料として銅貨三枚のお支払いをお願いしたいのですが……」
「私が立て替えるよ」
「承知しました。……はい、確かに受け取りました。では発行するのに少し時間がかかりますので、お食事でも楽しみながらお待ちください!」
「ありがとう。行こ、ブレッド」
「あぁ。ロンさん、ありがとう」
「んっ、気にしないで」
そう言いながら辺りを見渡して、ラットとロイドがどこに居るのかを探す。
すると奥の壁際での席に座っているのが見え、ブレッドを連れて行こうとした。だがそのとき、二人の前にライズレイトと同じ赤髪のショートヘアをした少女が立ちはだかる。
「ちょっと待ちなさい、ロン!」
「……そこを退いて、“フレイミ”」
ロンとよく似た体型ではあるものの、その背中には大剣を背負っている。
如何にもパワー系とわかる容姿をしているフレイミは、両腕を組んでロンを見た後、ブレッドに目を付ける。
「ねぇあなた、名前はえっと……」
「ブレッドだ」
「そう、ブレッド! あたし見てたけど、ロンに発行料を支払ってもらってたわよね! 銅貨三枚も払えない程の一文無しがここに所属するなんて認めないわ!」
「フレイミ、ブレッドの件はマスターにも許可を得ている。貴方がどうこう口出しする必要も意味もないよ。それにブレッドには事情がある、突っ込まないで」
「いいえ、大問題よ! この四季はS級ギルドなの、そんな場所に支払う能力も無ければ見た感じひ弱な冒険者なんて、看板に傷をつけるようなものよ!」
「あなたにブレッドの何がわかるの?」
「貴方こそ、そいつの何を知ってるの? いいように利用されてるだけじゃない!」
ロンの身体からは冷気が漏れ始め、フレイミの身体からは火が漏れ始める。
二人が言い合いする中で、一文無しという言葉にショックを隠し切れないブレッドは無表情のまま動揺する。
「フレイミちゃんとロンちゃんがまた言い合いしてるよ、誰か止めろよ」
「嫌だよ、前回も誰か間に入って半分凍結して半分燃えてたじゃねえか」
「とはいえ毎回フレイミちゃんが絡みに行ってるだけなんだけどな」
「ロンちゃんはそうでもないのがな……」
片手に麦酒の入った木製のジョッキを持ちながら、周りの冒険者たちは仲裁に入るわけでもなくただひたすらに傍観していた。
それ程までに二人はこの四季の中でも犬猿な仲と知られており、決して一緒に組むことがないと言われるぐらいに相性が最悪だった。
「私がしたいようにしてるだけ、決してブレッドに強制されているわけじゃない。それにあなたが思っているより、ブレッドは強いよ」
「へぇ、“絶氷の冷姫”と呼ばれる貴方が認める程なんだ。だったらその実力私にも見せなさいよ」
「ふざけないで。なんであなたのおままごとに付き合わせなきゃいけないの? 私たちは長旅で疲れているの、休憩ぐらいはさせて」
「逃げるのね、呆れたわ。そのブレッドという男のせいで、貴方自身も弱くならなきゃいいんだけど」
自分のせいでロンの評価も変わるかもしれない。
そう受け取るフレイミの言葉に、気づけばブレッドはロンの前に立ちフレイミを見下ろしていた。
「な、なによ」
「俺のことはいくらでも言っていい。ただ、ロンさんの事を悪く言うのはやめてほしい」
「なにそれ、カッコつけてるつもり? 一文無しの情けない男がカッコつけるなんて、一体どんな教育を受けてきたのかしら!」
「そこまで言うなら受けてやる。俺と、フレイミさんの一騎打ちで」
一騎打ち。
その言葉に傍観していた周りからはどよめきの声で溢れる。
何故ならフレイミもまた、ロンと同じA級の冒険者であるからだ。しかも氷属性を得意とするロンとは逆に、広範囲の攻撃に長けた火属性の使い手。
誰もがフレイミの実力を知っている故、この一騎打ちの分配は決まっているようなものだと思ってしまうからだ。
「ブレッド、無理はしないで」
「無理なんてしてない。ただ、なんか……ムカついた」
「え?」
「自分自身、なによりロンさんが悪く言われたことが」
珍しく感じたブレッドの怒り。
その理由に自分が入っていることに、ロンはどこか面食らう。
「言ったわね? なら食事を取った後で裏の鍛練場に顔を出しなさい。そこで教えてあげる、如何に貴方がこの四季で足手纏いになるのかを」
捨てセリフを吐き、フレイミは一足先に鍛練場へ向かう。
ロンはブレッドに一声掛けようとしたが、それよりも先にブレッドはロイド達の居る場所まで歩いていく。そこで立ち飲みしていた冒険者たちは左右に散らばり道を開ける。
「さっそく絡まれたか、ブレッド」
「別に悪い人じゃないんすけどねぇ。気に食わないことがあれば言葉にするより行動に出ちゃう人なんであんまり気にしない方がいいっすよ」
フレイミの言動は今に始まったことではなく、前からのようだ。
ブレッドは座り、テーブルの上に置いてるコップを手に取り水を飲んで一息吐く。
そのあとでロンも続けて隣に座るが、その表情はどこかしょんぼりと落ち込んでいるのが見てわかり、ロイドとラットは苦笑する。
それから食事を進め、ギルドカードの受け取りも終える。ブレッドは待たせるのも悪いと思い、身体を慣らしながらロン達と一緒に鍛練場へ向かうことにした。
■
四季には冒険者が自由に鍛錬を行える場所が充実している。
そこには木製で作られた様々な武器に、それらに適した設備の数々。鍛練場に入るとそこには既に身体を鍛える冒険者たちで溢れていたが、ブレッド達の姿を見るなり中止してそそくさと離れていく。
「逃げずに来たこと褒めてあげるわ、ブレッド。ここが鍛練場、なかなかに広いでしょ?」
「あぁ、思ってたよりも広い。見た感じ武器も充実してるし、力入れてるんだな」
「当然でしょ、なんたってS級ギルドなんだから」
先ほどから思っていたが、フレイミはどこかランクの部分を強調している気がする。
ブレッドにとってランクがどれほど凄いものかは理解もできないが、ここまで自信満々に胸を張るということはそれほど凄いものなのだろう。
「それで、どうしたらいいんだ?」
「そうね、実際あなたの実力がどの程度かは知らないけど、ハンデとしてあたしに一撃入れられたら貴方の勝ちってことでいいわ。逆にあたしが貴方を戦闘不能にした場合、あたしの勝ちということで」
「それじゃ対等じゃない。普通にどっちかが戦闘不能になったらじゃだめなのか?」
「なにを言ってるの? 貴方とあたしの間に対等なんていらないに決まってるじゃない」
「ブレッド諦めて、フレイミはこうなれば引いたりなんかしない」
傲慢かつ自信家。まだ戦う前だというのに勝ち誇ったような雰囲気を見せるフレイミに、ロンたちは呆れる感じを見せブレッドにも促す。
一撃を入れたら自分の勝ち。そんな条件にどこか納得いかないブレッドだったが、これ以上言っても確かに聞き入れはしないだろうと諦める。
「それで、あなたの武器は?」
「えっ?」
「武器よ武器! 私はこの大剣だけど、貴方の武器は?」
「ない」
「……ふぇ?」
ブレッドとフレイミの間を風が通り抜ける。
面食らったように惚けた顔をするフレイミに、ラットとロイドは口元を抑え笑いを抑える。それもそうだ、ブレッドのスタイルは生身かつ素手……武器など持っているはずもない。
少ししてそれを何故か舐めている行為と捉えたのか、フレイミはわなわなし始め思い切り近付きブレッドの胸倉を掴む。
「あ、あなた冒険者になるんでしょ!? それなのに武器がないってどういうことよ!」
「そう言われてもないものはない」
「なによその澄ました感じ、ムカつくー! ちょっとこっちきなさいよ!」
「お、おい」
苛立ちを募らせながらフレイミはブレッドの手を取り、武器庫へ向かう。
強制的に連れて行こうとするフレイミに行為にロンが止めようとするが、ロイドが肩に手を置いて好きにさせてやれと引き留める。
武器を持たない冒険者はありえないとフレイミは歩きながらぶつぶつと言い、武器庫のドアを開けてブレッドに言う。
「この中から好きなの選びなさい! ここにあるのは鍛錬専用の木製武器だから壊しても問題ないわ」
「そうは言ってもな……」
言われるがままに辺りを見渡し、色んな武器を目にする。剣、刀、槍、杖……。様々な武器はあれど、なにを手に取ればいいのかわからない。
これにするか、あれにするか。なにもわからないまま手に取っては戻す行為を繰り返すブレッドに、眉をぴくぴくさせながらフレイミは両腕を組む。
「あぁもう! ねぇ、あなたのスタイルはなんなの?」
「スタイル?」
「戦い方よ! 冒険者は武器によって戦い方を変えたりするの!」
そんなことも知らないの?
そう辛辣に吐き捨て、フレイミはそれでもブレッドがわかりやすいように説明をする。
例えばロンの扱う│長剣はリーチともに威力を出しやすく、バランスに準じた剣士の武器の一つ。
ロイドが扱う短剣はリーチと威力こそないものの、小回りといった機動力に長けており、周囲の状況によっては攻めやすく引きやすくといったものとなる。
そしてラットが扱う弓はパーティーにおいては後衛に位置し、ロンやロイドの前衛をカバーする応用と器用さを持ち合わせ、戦いの中では魔物の注意はそこまで引くことはない。
このように武器によって近距離なのか中距離なのか、はたまた遠距離なのかと決めることができるのだとフレイミは言う。
「俺のスタイル……。そうなると、“防御”が得意……になるな」
「へぇ、防御なんだ。てことはタンカー系ね」
「タンカー?」
「そのままの意味、防御が人一倍強い役職の事よ。敵の注意を自身に引きつけたり、率先して仲間を守るのがタンカーなのよ。ねぇ、本当にそんなことも知らないで冒険者になるわけ?」
「そうなのか。すまないな……」
「ほんとにね! 基礎知識が無さ過ぎて困るわよ!」
先ほどから怒らればかりだ。
結局犠神から得た知識の大半は魔王が支配を企んでいた時代の時と、ミハテ族のこと。冒険者を中心とした知識は皆無で、今フレイミから聞いた話の大半も教えてもらわなければ知ることもなかったことばかり。
結局これから敵対するはずのフレイミのアドバイスも受けつつ、ブレッドが手にしたのは腕に装着する籠手だった。
「決まったならさっさと始めるわよ、来なさい」
「あぁ」
優しいのか厳しいのか、よくわからない。
少なくとも完全に悪い人ではないことは確かだが、言葉に棘が多い気がする。
ブレッドは武器庫を後にして、フレイミと共に鍛練場の真ん中まで歩いていく。
「出てきたな」
「ブレッドさんが決めたのは……籠手っすか。でもあれ武器に入るんすかね」
「籠手も立派な武器の一つだよ。きっとあの様子からして、ブレッドは自分のスタイルはタンカーにしたのかも」
他の冒険者と同じようにベンチに座って待機していたロンたちは、ブレッドが裾を捲って籠手を装着していることにいち早く気付く。
二人が身体をほぐし準備した後に向き合うと、ざわめいていた周りの冒険者たちは静かになる。
「さてようやくね。一つだけ言っておくことがあるわ」
「なんだ?」
「決して手を抜かないこと。いいわね?」
「あぁ、わかった」
手加減は無用、その一言にブレッドは頷く。
それを確認したフレイミは小さく微笑み、背中の武器とは別に木刀の切っ先をブレッドに向けて高々に名乗りを上げる。
「あたしはギルド四季の猛き夏、『炎宴』のフレイミ! 貴方の実力をこの場の全員に示してもらうわ!!」
フレイミの身体からは熱が放出され、螺旋状に火柱を上げる。
その熱量にブワッと汗が噴き出て、ブレッドは目の前に立つフレイミが確かな実力者であると肌で既に実感する。
油断ならない敵とみなし、ブレッドは構えを取り唾を飲み込む。すると脳内に、犠神の声が響き渡る。
『手合わせの割には相当やる気に満ち溢れているようだな、あの者は』
「そうだな。どうなるか、俺にもわからない」
『良い機会だ。余も少し汝に戦い方というものを教えよう』
「そんな余裕、どこに――」
「行くわよ!!」
『右からの一閃、腕を十字にガードしろ』
「ッ!!」
たった一歩の踏み込みで間合いを詰められる。
ブレッドはとっさに犠神の指示に従い、腕を右寄りにクロスして受け止める。
ゴッ!!と鈍い音を慣らし受け止めた矢先、刃先からは炎が噴き出す。だが吹き飛ばされることなくその場で受け切り、フレイミに回し蹴りを繰り出す。
しかしその攻撃をフレイミはしゃがんで躱し、立て続けに足払いを仕掛けてくる。バランスを崩されたことにより背中から倒れていく身体に、ブレッドは歯を噛み締める。
『追撃が来るぞ。身体を捻って横に転がるんだ』
「この……!!」
「あはは! これも避けるなんて、意外と機敏さもあるのね!」
倒れるはずの予定だった場所にフレイミの一撃が入り、地面を大きく抉り、そのまま傍観していた冒険者たちに炎の余波が送られる。
「あっちぃ!!!」
「誰か水をもってこい、水!!」
「ちょ、フレイミちゃん周りも見ながらやってくれえええええ!!」
「知らないわよ! 気になるなら出ていきなさい!!」
「ひえええええ!!」
吹き荒れる炎が冒険者たちを襲おうと関係ない。
それほどまでに自分の一撃を受け止めたブレッドに、どこまでいけるのかを試そうとする。
そうして始まったブレッド対フレイミの戦い。荒々しく攻撃的なフレイミに、ブレッドは果たして一撃を入れることができるのか――。




