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サクリファイス・ブレッド  作者: 御宅 拓
一章【合縁奇縁編】
7/9

六話『フューメイト王都』






 翌日、ブレッドは目を覚ます。

 結局なかなか寝付くことができず、その目の下には少しの隈ができていた。

 身体を起こすと既にロイドとラットが川で捕まえた魚を朝食に食べているのが視界に入り、小さい欠伸をして目を擦る。


「あっ、起きたっす。気分はどうすか?」

「まぁまぁ……だな。ラットさんは元気だな」

「元気だけが取り柄だからな、ラットは。ブレッド、食べるか?」

「いや、お腹空いてないから大丈夫。すまない」

「食べなきゃ力がでないっすよ? それにほら、こんなに美味しいっす!」


 木の枝に刺した焼き魚をもう一つ手に取り食べて見せるラット。

 それでも空腹に感じないブレッドはもう一度丁重に断りを入れ、立ち上がって川の方に向かい顔を洗うことにした。

 その際水面に映る自分の顔が少し酷いことに気付き、小さい溜息を吐く。


「ほら、タオル」

「ッ! ありがとう、ロイドさん」


 横からタオルを差し出され、ブレッドは受け取り顔を拭く。

 冷たい水が眠気を吹き飛ばし、多少気合が身体に入る。


「ロンさんは?」

「ロンならまだあそこで丸まってまだ寝てる。朝は弱いんだ」

「あぁ、本当だ。小さくて見えてなかった」

「……それ、絶対ロンさんに言わないようにするっすよ。気にしてるんすから」


 ラットに注意喚起されつつも、ブレッドは再び焚火の近くに座り込み、一息つく。

 するとロイドはマグカップに珈琲を淹れ、渡してくる。昨晩飲んだ紅茶とは違い少し変わった香りに、少し戸惑う。


「珈琲だ、少し苦いが結構頭が覚めるぞ」

「そうなのか? ……にがっ」

「苦い系はだめそうだな。これを入れるといい」

「これは?」

「砂糖だ。多少飲みやすくなるはずだ」


 追加で渡された砂糖を入れ、マグカップを揺らして溶かす。

 そしてゆっくり飲んでみると先程よりも苦くはなく、甘みがほんのり広がり言われたように飲みやすくはなった。


「これなら昨日ロンさんから貰った紅茶と同じ飲めるな……」

「それはよかった。さてブレッド、ロンやラットとも話したんだが、これからのお前の境遇について話をしようと思う」

「境遇?」

「昨日だけで色々あったっすからね。デメントという魔族、黒鬼の出現、そしてブレッドさん……あなたの存在。これら全てギルドに所属する冒険者である以上、俺たちは放置できないんす」


 戦闘よりも情報収集を得意とするラットは、現場で得た情報の数々をギルドに持ち帰って報告する義務がある。

 デメントや黒鬼といった敵対組織との遭遇も含め、ブレッドがミハテ族の生き残りであることは少なくともギルドマスターに報告する必要があると説明をする。

 その為にこの地を離れ、所属するギルドまで同行してほしいというのが昨晩ロンと決めた判断だ。


「ロンから色々聞いた。ブレッド、お前は洞窟内に封印されていたんだって? それも六年もの間、ずっと一人で」

「……あぁ、信じるかは全て聞いたもの次第だけどな」

「ロンが信じるなら俺たちは信じるさ。それにラットから聞かされていたミハテ族が持つ能力とも一致しているのも含め、まず疑いようがない」

「その変わった髪色、能力……間違いないっすからね。それにデメントも言ってたっす、ブレッドさんがミハテ族だと」

「そうか」

「ギルドマスターに報告するためにも、色々聞いてもいいっすか?」

「答えられる範囲でいいなら」


 それからブレッドはラットによる質疑応答を受け、言った通り答えられる範囲で一つずつ丁寧に答えていく。

 中でもラットの質疑は細かく年齢や身長、体重など身体的なものも含まれており、聞いた内容は全てメモをしていた。

 さすがに洞窟内で六年もの間一人でなにをしていたのかと聞かれたとき、実際は犠神と話を弾ませたり知識を共有していた……なんてことは言えず、誤魔化しで気合と根性で乗り越えたと返した。

 しかし両親の手により封印されたことは話しており、それが生き残りに繋がる経由であることは嘘偽りなく明かした。

 

「じゃあ次の質問なんすけど、――六年前、一体何があったんすか?」

「……六年前」

「ミハテ族が滅ぶことになった六年前の出来事っす。襲撃してきた人物の詳細とか、その現状がどうだったのかを聞きたいんす」

「おい、ラット。それは……」


 六年前、なにがあったのか。

 そのとき、脳裏によぎったのは仲間たちが龍神と黒鬼に立ち向かい殺されていく光景。

 なにもできず、立ちすくむことしかできない弱い自分。ただただ仲間や友人が殺されていくその光景だけが常に渦巻いた。


「ぐっ……!!」

「おいブレッド、大丈夫か!」

「や、やばいっすか!?」

「バカ、踏み込みすぎだ……!!」


 マグカップを落とし、頭を抱えるブレッド。

 ロイドはすぐさま寄り添い、落ち着かせるように背中をさする。

 

「はぁ……はぁ……!」

「大丈夫だ、ゆっくり深呼吸しろ」

「申し訳ないっす、ブレッドさん!」

「いや、大丈夫だ……。六年前のあの日、俺の両親や仲間たちを無残に殺したのは龍神と黒鬼の二人によるものだ……」


 龍神と黒鬼、その二対の名を口にした瞬間二人にどよめきが起きる。

 龍神だけでなく目撃証言が少ない上にまともな情報がない黒鬼すらもそこに出向いた事実に動揺を隠しきれなかったのだ。

 ブレッドは脳裏に焼き付くトラウマと必死になりながら堪え、少しでもと情報を伝える。呼吸は整い始めるが冷や汗が止まらず、前屈みにぐったりとしてしまう。

 思い返すと自分が思っている以上に恐怖として記憶に刻まれていた。実際、先日に黒鬼が時空の狭間からこちらを覗き込んでいるそれだけで身体は硬直し、手を強く握りしめ意識を保つだけで精一杯だった。


「とりあえず水を飲め、ラットもこれ以上聞くのは無しだ」

「そうっすね、ブレッドさん本当に申し訳ないっす……」


 水を飲み干し息を改めて整え、深く深呼吸する。

 ラットは詮索しすぎたと反省し、一度距離を取ってメモ帳に目を通す。

 

「俺からも謝る、すまなかった。だがあいつを嫌いにならないでやってくれ、良いところでもあり悪いところでもあるんだ」

「あぁ、わかってる。それで俺はギルドに同行してどうなるんだ?」

「ミハテ族の生き残りとして色々改めて聞かれるだろうな。だがそこは俺からラットに、そしてラットからギルドマスターに伝えるよう言っておく。また思い出すのも辛いだろ?」

「そう、だな……」


 ロイドの気遣いに少し気が楽になる。

 それから落ち着きを取り戻し、自分の境遇について説明を受ける。決めるのはギルドマスター次第ではあるが、少なくとも公にするようなことはしないだろうと言われる。

 つまり保護観察、もしくはその状況を継続しギルドで一緒に活動することになるかもしれない。あくまで良い方向で考えるとだが、とりあえず全てはラットの説明とロンに任せればいいとロイドは言う。


「ふあぁ……。おはよう、兄さん」

「あぁ、起きたか。おはよう」

「……なにかあったの?」

「少しばかりな。だがもう大丈夫だ」

「そう。ブレッド大丈夫? 顔色悪いよ」


 目を擦りながら起きてきたロンはとっさに状況がなにかあったのだと確信づく。

 それに対して軽くロイドが説明を挟み、状況を整理する。

 ラットが詮索しすぎたと知ったロンは眠気でとろんとした表情から一変、鋭い目付きになりラットに対して一言。


「報酬は減額、それとギルドまでの荷物持ちはラットが多めに持ってね」

「……う、うっす」


 それからというものの時間となり、荷物を片付け言われた通りラットが多めに持つ。

 道中でロイドがロンについて少し話をした。それは人の変化や周囲の変化に対しての勘が鋭いことについて。

 傍から見ると小柄で頼りなさそうに見えるがこのパーティーではリーダーをしており、常に気を配らせていることから状況の変化に気付きやすいのだという。

 ロン曰くその者の表情や様子、周囲の風の流れや匂いで大体わかるというのだが、兄であるロイドでも理解しづらいものらしい。

 勘の鋭さが人一倍強い、そんなロンにブレッドはいずれ犠神の存在にも気付くんじゃないだろうかと決してありえないことすらも思った――。








 

 約四日間――。

 休息を取りながらようやく目的地へと辿り着く。

 その場所は門を潜り抜ければ人々の活気で溢れている【フューメイト王都】。最も冒険者の数が多く、最もギルドの数が多い場所。

 ロン達が冒険者の証であるギルドカードを通行証として提示している間、門奥に見える人だかりに呆気を取られる。

 

「……確かに拝見致しました。ロン様、一つお聞きしたいのですがあの者は?」

「私の大事な客人、これからギルドに連れていく」

「それはそれは、承知いたしました。お通りくださいませ」


 門番を務める兵士にブレッドのことを聞かれるも、客人と答える。

 するとロンの実績や信頼もあってか、特にそれ以上詮索されることなく一同は通行の許可を受け門を通ることができた。

 だがその時、ブレッドの見慣れない雰囲気と格好が気になった人々の視線が刺さる。


「兄さんとラットは先にギルドに向かってて。私は少しブレッドを連れて行きたい場所があるから」

「そうか、なら一足先にラットと一緒にギルドマスターに報告しておく」

「山ほど情報があるっすからね。ギルドに着いてブレッドさんを待たせるよりは、少しでも話を通しておいた方が楽かもしれないですし」

「うん、ありがとう。じゃあまた後で」


 ロンはロイドとラットに手を振って別れを告げる。

 そして一息吐いた後、ブレッドの方へ視線を向ける。しかしそこにいたブレッドはおらず、ロンは慌てて辺りを見渡す。

 すると宝石を売っている商人に声を掛けられ捕まっているブレッドを見かけ、すぐさま駆け寄る。


「それでねお兄さん、今ならなんと金貨一枚でこれとこれをおまけしてあげるから買わないかい?」

「いや、その、確かに綺麗だが生憎と……」

「全く、じゃあこれなんかどうだい? 本当はこんなこと他のお客にはしないんだけど、お兄さんかっこいいから特別にしてあげるよ」

「だから俺は別に……」

「ブレッド、行くよ」

「ロンさん」

「なんだい、彼女さんかい? それならペアでこれなんか――」

「結構です、急いでるので」


 断るにも断り切れないブレッドの手を引き、ロンは商人に一睨み効かせて立ち去る。

 軽く睨まれた商人の女性は凍てつくほどの寒さを感じ取り、これ以上は関わってはいけないと諦め、同時に恐ろしいと思った。

 それからしばらく手を引いて歩き、離れた場所でブレッドを解放する。


「ああいうのはちゃんと断らないとだめだよ」

「すまない、声を掛けられたから話を聞かないとと思ったんだ」

「そう。でも、気を付けてね」

「あぁ、ありがとう。それでロンさん、どこに行くんだ?」

「服屋だよ。そこでブレッドの服とかを買うの」


 ただでさえ見慣れない髪色に恰好をしているのだ。目立つという言葉以外見つからない為、ロンは少しでも見合った服装をすべきだと考えた。

 別に服なんて今のままでもいいと言うブレッドだったが、ロンは『身なりはしっかりしようね』と優しく促した。

 そうして服屋に入店して、なにを着るべきなのかもわからないブレッドは立ち往生。それを見越してかロンが独自の判断でブレッドに似合いそうな服を幾つか選び、何度か試着室で着替えさせられる。

 一つ目、無し。二つ目、無し。三つ目、無し。次々とロンの好みで着替えを繰り返す中、ようやく服装が決まりロンが支払いをして購入する。

 無駄に派手なものではなく、シンプルに。黒のTシャツにコートフード、動きやすさを考えてのカーゴパンツというカジュアルなスタイルになった。

 ちなみに以前着ていた服は捨てることにし、購入した中には予備の服がいくつもあった。


「ありがとう。でも、いいのか?」

「うん、気にしないで。私がしたくてやったわけだから。それとブレッド、フードで頭隠してね。ラットも言ってたけどあなたの髪色は珍しいものだから、念のためにね」

「そんなに珍しいか……?」

「少なくとも此処ではね。それに、ミハテ族を知る者がもし居るとしたら、その特徴だけであなたの正体がバレてしまう可能性がある。少し細かいけど、我慢してね」


 至れり尽くせりとはこのことだろうか。

 ブレッドは言われた通りフードを深く被り、外へ出る。するとさっきまで感じていた視線が和らいだ感じがし、気持ち的にも楽だった。

 ただ疑問が一つあった。それはなぜ、ロンが自分に対してここまでしてくれるのかということ。そう気になったブレッドは、思わずそのまま聞いてしまう。

 

「ロンさんはなんでそこまでしてくれるんだ。まだ出会って日も浅いのに、色々気遣ってくれたり、こうして服を買ってくれたり。正直、そこまでする道理はないはずだ」


 したいようにしているだけ。

 そう言ってくれたが、やはり引っかかる部分がある。それは自分がミハテだからなのか、単に珍しいからなのか。

 どんな理由があれど、ブレッド自身ここまでしてもらえる程の価値はまだ見せていないと思った。

 ブレッドの言葉にロンは少し考える仕草を見せる。二人の間をそよ風が通り過ぎ、やがてロンはブレッドの目を真っ直ぐ見て言った。


「弟みたいに思えるから」

「……は?」

「どこか危なっかしくて、さっきも私が入らなかったら変な宝石を売られそうだったし。上手く言葉にはできないけど、一人にしちゃだめな人っていう感じがするの」


 胸に手を当て、今ブレッドに抱いている気持ちを素直に言う。

 ミハテ族の生き残り、六年間孤独で過ごしていた日々の事実。そしてなにより、デメントとの戦いで見せた自己犠牲の精神力。

 それら含め、ロンの中でブレッドの存在は目を離すと消えてしまいそうなくらい儚いものだと感じ取っていたのだ。

 弟みたいに思える。その一言は決して子馬鹿にしているわけではなく、見ていないと心配になるという感情から出た言葉でもあった。

 ブレッドはロンが秘めるその思いに理解ができなかった。ただそれは嫌味ではないこと、そして嫌なものじゃないことはわかる。

 どこかむずがゆい感覚にも陥り、ブレッドは口元を手で覆い隠し『ギルドに向かおう』と一言だけ伝えて歩き出す。


「嫌な気持ちにさせちゃった?」

「そんなことない」

「そう、それならいいんだけど。なにかあったらすぐ言ってね」

「……あぁ」


 気持ちがぐるぐると巡り、どこか調子がおかしい。

 ブレッドは小さくもあり、それでいて頼りがいのある背中をするロンの後ろをついて歩きながら、このよくわからない感情に言葉を詰まらせた――。


 

 

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