五話『犠神と龍神』
犠神は一連の流れを見ていた。親の形見である手紙を通して。
ブレッドもまた犠神なら全てを見ていることを見越して状況を整理しつつ話を続け、振り返ることにした。
「あんなに自尊心が高そうなデメントであっても、龍神……そして黒鬼には忠誠を誓っている様子だった。龍神が率いるのは一体、どれくらいの軍勢なのだろうか」
『それは未知数というものだ。少なからず、龍神に仕える配下の中には幹部と呼ばれる最高戦力が存在するだろう。その中でも黒鬼は間違いなく幹部、しかしデメントは龍神だけでなく黒鬼に対しても忠誠を見せていることから、幹部ではなくその配下に過ぎない可能性はあるな』
「正直、ロンさんたちが善戦してたとしても、あのままでは決め手がないようにも見えた。それほどまでにデメントは強かった」
『あの者の特徴からするに魔族の部類だろう。尖った耳、そして紅い瞳。なによりあれだけの魔力を消費して尚、余力を残しているのがその証拠といえる』
「魔族……か」
――魔族。
かつてこの世界を支配に陥れようとした魔王が率いていた種族。
魔族は他の種族と比べると魔力を多く有しているのが特徴であり、火魔法や闇魔法に長けている。
特にデメントの戦闘スタイルは二丁拳銃に実弾の代わりとして魔力を供給、チャージすることで無尽蔵に撃つことが可能であり、放った技であるデスレインは闇魔法の一種だと犠神から聞かされる。
『黒鬼は言わずもがな鬼族の一種だ。しかし、黒鬼はあらゆる伝承で語られている。“生ける伝説”や“災いの権化”、あるいは“破壊の申し子”など古文書に記されている情報だけなら出回っているのだ。しかしだ、存在が疑わしいとされている理由は、千年に一人という確率で生まれるからだ』
「龍神の傍らにそんな伝説が居るだけで、おぞましいな。ちなみに龍神については?」
『……龍神とは余と同じ神の一柱だ。竜族の原点にして頂点、この世に存在する竜は全て龍神の配下という認識でいいだろう。ただそれだけじゃない、余を原点とし、汝が怪我や痛みを反映させる能力を持つように龍神もまた稀有な能力を持っている。それは“時空を司る能力”だ』
「時空を司る……。まさか、デメントの背後に出現した時空の狭間は……」
『左様、龍神が持つ能力と一致している。黒鬼に限らず鬼族に時空の狭間を生み出す能力は聞いたことがない故、恐らく行き来する程度の能力を龍神が与えているのだろう』
犠神がミハテ族に力の一部を与えたように、龍神もまた一部を与えられる。
デメントではなく黒鬼が姿を現し迎えに来たことから、その一部は幹部以上の者に与えられている可能性が高い。
これだけでも現時点では十分な情報ではあるが、ブレッドは何よりも気になることを単刀直入に聞いてみた。
「同じ神の一柱なら、龍神のこともっと詳しく知ってるんじゃないのか?」
より詳細に龍神という存在について知ろうとするブレッドに、犠神はどことなく言葉を詰まらせるように小さく唸る。話すべきか、そうでないか。今のブレッドにはまだ早い話ではないかと思いながらも、犠神は龍神についてもう少し語ることにした。
『余は龍神と何度か面識がある』
「ッ!」
『人々が暮らすこの地上とは別に、神々の世界があるのだ。余はそこで龍神と酒を酌み交わす程の仲を紡いでいた。しかしある日、龍神の持つ力を恐れた神々の一部が結託を結び、封印すべきであると反乱を起こしたのだ』
それは千年以上も前に起きた出来事。
時空間に歪みが生じないよう、役割を持っていた龍神は自信が最も気高く高貴な存在であることを自覚していた。
その為、性格も相まって気難しく、神々の中では浮いている存在でもあった。しかし中立を重んじる犠神とは上手く会話も弾み、親友とも呼べる関係を築いていた。
だが龍神が持つ能力がもし自身に向けられたら?という疑念から始まり、やがて神々の中で龍神を好きに放置することは間違いではないかという話が広がる。
神が神を管理するべき。そんな話が龍神の耳に入った時、不信を抱くようになった。
『そして神々の地で事件が起きる。それは龍神の同胞でもあり配下でもある竜たちがその数を減らし始め、異変に気付いた龍神はすぐに駆け付ける。そこで見たものは、神々が龍神の勢力を退化させる為に竜を惨殺する光景だった』
「龍神は、どうしたんだ」
『神が神を殺める行為は固く禁じられていた。しかし龍神はその掟を破り、その場にいた数百にも及ぶ神々をたった一人で全滅させた。それ以降、龍神は時空の狭間の奥にある“裏世界”に姿をくらまし、表に顔を出すことはなかった』
「ならどうしてこのタイミング……しかも、俺たち人間が住む地上で姿を見せるようになったんだ。確かに犠神様のように、他の神様たちも居るかもしれない。ただそれでも、地上でデメントや黒鬼を差し向ける意図がわからない」
犠神から聞く話の通りであるなら、問題は全て神々の世界での話で終わるはず。
それも千年前以上の話なら猶更、その間に何かが起きたとかではない限り地上を目標に活動するはずがないとブレッドは考える。
だがもし、未だに他の神々を恨んでいるのであれば地上に存在するその神々すらも消そうと企んでいる可能性も否めない。
『他にも事情はあるが、今話せるのはここまでだ。ブレッド、汝がこれからすべきことは外をよく見て情勢を把握することだ。あの少女たちと共にして龍神がなにを企んでいるのかを追求するのだ』
「共にする……か。デメントは俺がミハテの生き残りだと知った。きっとその情報は龍神の耳にも届くはず。龍神にとって目障りだったからこそ滅んだそのミハテに生き残りが居ると知れば、龍神はまた動き出すかもしれない。そうなればロンさんたちにも、危害が及ぶ可能性だってある……」
『自ら出向く程、余の“子供”たちは脅威だったのだろう。だが逆に考えれば、汝を求めて再び姿を現すかもしれない。そのとき、より真相と確信に近づけるはずだ』
「もしそうなったとき、俺は勝てない……。龍神の配下である黒鬼を前に立ち尽くすことしかできなかったぐらいだ……。そこにロンさんたちが居てくれたとして、守り切れる自信がないんだ……」
デメントの戦いでもそうだった。
あの時デメント自身が諦め戦う意思を下ろしたおかげで丸く収まったものの、もしあのまま戦い続けていれば自分の身体が持たなかったかもしれない。
攻めるにしてもその隙も伺えなかっただろうし、なにより経験が浅い。卑下するのであれば、守ることにしか徹することができないとブレッドは気持ちを沈める。
『戦いの場を見ていた。確かに汝はまだ力を使いこなせていない。それも二割といったところか』
「守ること以外、考えられないんだ」
『余の子供としてはそれは正しい。しかし、間違いでもある。汝の守るという気持ちと能力の使い方は基礎の範疇でしかないということだ』
「他に用途があるのか?」
『余の能力だぞ? 可能性はまだまだ先を見据えることができる。しかしその基礎をまずは鍛え上げ、己で考えるのだ。経験というのは可能性の先を切り開く鍵となるのだ』
「要するにまだまだってことなんだな……。犠神様、俺……勝てるかな」
『今は無理だな。しかし余も、そして失った汝の両親や仲間も信じている。案ずるな、より危険な状況となれば可能な限りの手助けはすると約束しよう。余から見ても汝はたった一人残された子供なのだからな』
経験の浅さから来る自己嫌悪に駆られるブレッドの頭に手を置いて優しくなでる犠神。
そんな犠神の撫でにどこか懐かしい思いになり、ブレッドは自然と笑みを浮かべる。
「ブレッド……?」
「ッ!」
ふと掛けられた声に、ブレッドは視線を向ける。
そこには心配そうな表情をしたロンの姿があった。
「誰かそこにいるの?」
「いや、誰も居ない」
「でも、話しかけてる気がして」
「気のせいじゃないか? 俺はただここの空気が美味しくて見渡してただけだ」
決して顔には出さず、誤魔化すように嘘をつく。
それに対してロンは思うところはあったが、それ以上詮索することもせずにブレッドの元へ近付く。
「確かにここだけ空気が澄んでいて落ち着くね」
「そうだな」
「でもそろそろ暗くなってきたし戻ろ? 兄さんも帰ってくるだろうし」
「あぁ、そうしよう」
何気ない会話をしてキャンプ地に戻る二人を見つめながら、犠神もブレッドの後ろについてはその身を粒子に変えて手紙の中に帰っていく。
その際、ロンが足を止めブレッドの方に振り向く。
「どうした?」
「……ううん、やっぱ誰かいるように感じて。ただ魔物とか嫌な気配じゃなくて、落ち着くような優しいような……とても気になる気配だった」
「居るのは俺だけだ」
「そうだね、私とブレッドだけ。ちょっとまだ疲れが取れてないのかな」
「今日は早めにゆっくり休もう」
「うん、そうする」
犠神の姿はブレッドにしか見えない。
だがその気配を肌で感じ取ったロンに少しヒヤッとするブレッドだったが、上手い具合に逸らすことができてホッとする。
犠神もまた自身の存在に気配だけとはいえ気付くロンの鋭さにどこか気になる様子を見せるが、今はただブレッドの成長を見届けることにする。
色々が重なりそれぞれが疲労する一日となった今日は食事を共にし、その日は野宿で一夜を明かすことにした――。




