四話『空間の歪み』
ロンの怪我を自身に反映させたように、瀕死のラットの怪我さえもダメージに変換して反映させ危機を救ったブレッド。
しかしその身体には傷が浮かび上がり、ほんの少し煙を上げる。その状況を目にしたロンはとっさにブレッドの胸ぐらを掴み、服を脱がす。
「なに……この傷は……!」
「大したことない。多少痛みがあるぐらいだ」
「ロンが言ってるのはそういうことじゃない。その傷は見たところラットの状態がよくなった直後にできたように思えることについてだ。お前、なにをしたんだ?」
「死んでいない限り、その者が負った怪我やダメージを俺が代わりに引き受け、反映させる。それが俺の持つ能力……」
「それって、もしかして貴方は……!」
ブレッドの身体に起きている異変、そして能力。
それらを聞いたラットが何かに気付き言葉を発そうとしたとき、デメントが被せるように呟く。
「ミハテ族、だなァ?」
「あぁ、そうだ」
「やっぱり……! ほんとに居たんすね……!」
「ねぇラット、ミハテ族ってあなたが噂で熱烈に語っていた……」
「間違いないっす! 黒に銀が混じった髪色、あらゆる怪我、痛み、ダメージを自身に反映させる能力が噂として広がっているミハテ族の情報と一致してるんで!」
興奮を隠しきれないラットと、ミハテ族について詳しく知らないロンとロイド。
しかしその中でデメントの笑い声が響き渡り、顔を手で覆い隠すように震えていた。
「あぁ、ダメだなァ。ミハテ族が相手となりゃ、戦いも一気に冷めちまう……。一方的に防がれるとなりゃあ、それはそれで膠着状態でしかねェしよ」
「どういうことだ?」
「ロイドさん、あいつが言ってるのはミハテの存在についてっす。噂は他にもあり、“ミハテの者が一人そこに居るだけで絶対守護の恩恵あり”という言葉が語られているんす。それすなわち、ミハテの能力が大きく関係してて誰一人倒れることがないという意味から来てるっす」
ミハテ族が実在したことに喜びを隠しきれないラットは、二人に分かりやすく説明をする。
しかし話を聞いて知れば知る程に、ブレッドが持つ能力は決して敬われるものではないことに気付き、ロンはブレッドの身体を見ては悲しい表情に変わる。
「その話が本当なら、ミハテ族……ブレッド一人が辛い思いをしてるってことになるよね」
「辛い? そんなことないが……」
「えっ? だって……」
「姉ちゃん、そいつになにを言っても無駄だぜ。あのお方も言っていたが、ミハテ族ってのはイカれた集団でもあるからなァ、自身のことなんざどうでもいい性根なんだよォ」
「あなたは黙ってて」
「おー、怖い怖い。フハハ!」
しかしデメントの言うことはあながち間違いではない。
ミハテ族はその稀有な能力に強く依存し、自身より他者を優先する性質から攻撃を避けるといった逃げるという行為が疎かではある。
何食わぬ顔で辛くはないと言い切るブレッドに、ロンは眉をしかめる。
「俺のことなんてどうだっていい。それよりもあのお方っていうのは誰のことだ?」
「奴曰く、龍神のことのようだ」
「ッ! 龍神……」
龍神と耳にした瞬間、ブレッドの雰囲気が一変する。
それは怒り。魔力があからさまに漏れ出し、それはデメントを強く捉える。
「だったら龍神のことだけじゃなく、“黒鬼”についての情報も教えろ」
「……そういやァあん時出向いたのはあのお方だけじゃなく、“旦那”もだったな」
「黒鬼だって!? ブレッドさん、“アンノウン”を見たことあるんすか!?」
「アンノウン?」
「私たち冒険者の間で呼ばれている呼称だよ。全ギルドでも要注意人物として指名手配しているんだけど、アンノウンについての情報があまりにも少なくてそう呼んでいる」
「“伝説の存在”という以外、全くの情報がないんすよ」
度々目撃証言のある龍神率いる幹部の存在。
その中には黒鬼の存在についても証言されているが、出現の少なさも相まって多くの情報が得られず謎に包まれていた。
ただわかっているのは千年に一人の確率で生まれるとされている黒い鬼ということで、その素性は明らかになっていない。
「まァ旦那は自由奔放、気分屋だからなァ。ンで、それを知ってテメェはどうすんだよ?」
「これ以上の惨劇を生まない為にも俺はお前たちを止める」
「惨劇……ねェ。だがそれは驕りだな、せいぜい出来ても延命行為、テメェじゃオレ達を止められねェよ」
自分たちミハテのような惨劇を生まない為に、デメント含めた龍神の行為を止めるのが目的だと口にするブレッド。
デメントはそんなブレッドに呆れた様子で言い返し、両手に持つ銃を粒子に変え消す。
「ッ! ……タイミング的にも丁度かァ」
「なにがだ?」
「テメェらがご所望する人物だ」
不敵な笑みをデメントが浮かべた瞬間、その後ろの空間が歪み割れ始める。
空気が冷え、大気が揺れ、そこから漏れ出す魔力の圧にブレッド一同はドッと冷や汗をかき、身体を硬直させる。
言葉を発せない、身体が動かない。その空間の歪みから生じた狭間から誰かが立ち尽くしている。ブレッド達は目を凝らし、その中に視線を向ける。
するとそこには額から生える一本の黒い角に、淀んだ目。無表情でありながらもその気迫と存在感は見る者全てに生きることを諦めさせてしまう程に強大な存在……黒鬼が居た。
「フハハ! 上手く身体が動かねえだろ、喋れねえだろ? そうなっている内は旦那に勝つどころか、戦う資格すらねェんだよ」
戦う資格すらない。
その一言は冗談ではなく、本気であることがわかる。
一言も発さずただ狭間から覗き込んでいるだけの黒鬼を前にしてこの有様。
手をひらひらさせながら狭間の中に消えていくデメント。そして空間が修復し始め、気配が完全に消えた頃にようやく息をすることを思い出す。
「はぁ……はぁ……! な、なんすかあの存在感……!」
「少なくとも、今の俺たちに勝てる存在じゃないことだけは確かだな……」
「ラット、兄さん、大丈夫……? それに、ブレッドも……。ブレッド……?」
ロン、ロイド、ラットの三人が膝をついて深呼吸をする中。
ブレッドだけは立ち尽くし、その両手を強く深く握りしめていた――。
■
デメントとの遭遇を始めとし、色んな出来事が起きたこの数時間。
ロンはひとまず休息を取るように指示を出し、現場から少し離れた位置にある川沿いで簡易的なキャンプを設営し、腰を下ろした。
「ロン、大丈夫か?」
「うん。でも、少し疲れたかな」
「色々あったっすもんね……。うあぁ! これ記録も大変だぁ!!」
背伸びをし、大の字で倒れるラット。
さっきまでの殺伐とした雰囲気とは一変し、続いてロンも小さな欠伸をしたり、深い溜息を吐いて力を抜くロイド。
その時に川の水を眺めるブレッドが目に入り、ロイドは水筒をカバンから取り出し近付いた。
「水を飲むなら水筒の中を飲むといい」
「ッ! ありがとう」
「改めて自己紹介を。俺はロイド、ラットの件といい、助けてくれてありがとう」
「ブレッドだ。特に大したことはしてないから気にしないでほしい」
「ふっ、瀕死の状態を救ったことが大したことないなんて、複雑だな」
渡された水筒の水を飲むブレッドを見ながら、ロイドは一人デメントとの戦いを振り返る。
人数差があれど、デメントの俊敏さと判断はずば抜けており、技の一撃や範囲も申し分ない程。しかもロンとロイドの二人が繰り出す攻撃と凍結を意図も容易く解除し続ける精神力と魔力の高さ、人並み以上の尋常さだった。
ロンが隙を突かれ吹き飛ばされた後、ラットが射貫かれ守りながら戦っているときも一瞬の緩みは許されないほどに手強い相手だった。
もしそのあとにブレッドが居なかったら、ラットは十分な治療を受けられず死に至り、持久戦においても押されていたかもしれない。
「ロイドさん、どうした?」
「いいや、なんでもない。ただお前はもう少し自分を大事にすべきだ」
「大事に……か」
「あぁ、ミハテ族についてまだわからない部分はあるが、お前の能力は優しくもあり、どこか結末が心配になるものだ。ロンもきっと同じことを思うし言うだろう」
ロイドの言葉に、ふとブレッドはロンに視線を向ける。
そこにはマグカップを持ち紅茶を嗜むロンの姿があり、目と目が合う。
すると小さく笑み、その手を振る。ブレッドはそんなロンの仕草にしばらく見惚れ、そしてふと我に返りなにもなかったかのように視線を逸らす。
「ロンさんとロイドさんは兄妹なのか? 兄さんって呼んでるのを何度も聞いてたが」
「あぁ、実の妹だ。俺もロンも両親の言葉を聞かず、無理やり冒険者になったんだ。あいつが今十八歳で俺が二十歳だ、ブレッドは?」
「十六歳……だな」
「ほんとか? その落ち着き様からしてロンと同じだと思ったが、年下だったのか」
「二人ともなにを話してるの?」
「ッ! びっくりした……」
「小柄だから気配も人一倍小さいからな。そこは慣れるさ」
「むっ……変なことブレッドに言ってないよね? 兄さん」
「さぁ、どうだろうな」
ふと気づくとさっきまで離れていた場所に居たはずのロンが間に入ってきて、ブレッドはびくっと驚いてしまう。
それに対してロイドは冗談を投げかけるも、ロンは拗ねてしまう。
「冗談だ、改めて自己紹介をしてたんだよ。ラットは?」
「あの通り、寝ちゃった。今日は日も暮れるし、ここで一夜を過ごそうかと思ってるよ」
「そうか、ならまだ明るい内に食料を調達してくる。ロンはブレッドと話してるといい」
「だったら俺も一緒に……」
「気遣いありがとう。だが親睦を深めるのも大事だ」
ロイドはブレッドの肩に手を置いて、そのまま食料を調達しに森の中へ入っていく。
ロイドを見送った後、ロンはブレッドを引き連れて焚火の前に座らせ、同じ紅茶が入ったマグカップを持ち渡す。
「はいこれ、落ち着くよ」
「ありがとう。……不思議な香りだな」
「そうでしょ? 少し味は癖があるけど、どうかな」
「悪くない」
「よかった」
封印が解除されるまでは口にすることのなかった水分。
六年ぶりに誰かと出会い、話し、嗜みを共有するというものはどこか新鮮だった。
「ブレッド、今回は本当にありがとう。あなたが居なかったら、ラットは救えなかった」
「ロイドさんにも言われた」
「それほどあの場でのブレッドの存在が大きかったんだよ。特に、誰よりもラット自身が一番あなたに感謝してると思う」
「そうか……」
紅茶を一口飲み、ブレッドは横になって寝ているラットを見る。
「ロンさんたちは長いのか?」
「最初は兄さんと二人で組んでたけど、後からラットが入ってきたの。このパーティーでの活動は一年ぐらいかな」
「そうか。ロンさんにとって、ロイドさんたちはかけがえのない存在だな」
「うん、とても大事な仲間。だからラットが死ぬかもしれないってなったときは、胸が痛くて辛かった」
「間に合ってよかった。さすがに死者は救えない」
「……うん。ねぇ、ブレッド。あなたの能力で怪我や痛みをダメージを反映させるって、相当な痛みがあなたを襲うってことだよね」
「まぁ、そうだな。ラットさんの致命傷を反映させたとき、身体に傷が残るぐらいの痛みが襲ってきた。まぁ、慣れているけど」
慣れている。
その一言で、ロンは気持ちが沈む。
だからこそ言わないといけないと思い、ロンはブレッドに伝える。
「あなたの能力は決して褒められるものじゃないと思う。確かに誰かを助けられる力なのは間違いないけど、その分あなたが苦しむのはよくない……。だから、その能力に頼り切った動きはしないでほしい」
「俺は能力を使わないで守ることを知らない。寧ろ、この能力は使って価値が生まれるものだと思っているから難しいな」
「それでも、少しずつ変えてくれたら嬉しい。お節介かもしれないけど」
「……善処する」
紅茶を飲み干し、マグカップを返す。
そして立ち上がり、ブレッドは少し背伸びをした後に背を向ける。
「どこか行くの?」
「少し散歩してくる。久しぶりに外に出たから」
「そう、無理しないでね」
「ありがとう」
ブレッドはキャンプ地を離れ、ロイドと同じように森の中に入っていく。
苦しい思いをしてほしくない。能力に頼り切った動きをしないでほしい。ロンの言葉は優しさからくるものだと理解しているが、それを拒絶する自分がいる。
そんな思いにぐるぐるとする思考に、少し頭痛が襲う。そして数分と歩いた後、ブレッドは歩みを止めて懐から形見である手紙を取り出し一言。
「起きてるんだろ、“犠神様”」
すると手紙が発光し、その光の粒子は人の形を成していく。
それは犠神。姿を現し、両腕を組んでブレッドを見下ろす。
『ようやく出れたな、ブレッド』
「あぁ。状況整理しよう、犠神様」
犠神の出現により辺りの空気は澄み、二人の間を風が通った――。




