三話『自己犠牲』
六年という長い月日をこの洞窟に封印され過ごしてきたブレッド。
髪は肩に至るまで伸び切り、その身は薄汚い黒衣に包まれていた。
咳き込みながらロンはゆっくりとその身を起こし、なぜここに人が居るのかという疑問を抱きながらブレッドに視線を向ける。
しかしそれも束の間。ロイド達がデメントと戦闘を繰り広げていることも相まって、今はとにかく加勢しに戻るべきと判断する。
だがデメントによる一撃は重く、時間が経過して尚その身体にはダメージが蓄積。一度は立ったが、ふらついてしまいまた膝から崩れ落ちてしまう。
「具体的な状況はわからないけど、無理はしない方がいい。相当身体に負担が掛かってるみたいだ」
「けほっ……! あなたは……?」
「俺はブレッド。あんたは?」
「ロン」
「ロンさんか。少なくともこの場所に居る限りは安全だ、少し落ち着くまで居るといい」
「私もそうしたいところだけど、戻らないと兄さんたちが危ない」
「状況的にはそうかもしれない。けど、その身体はとても辛そうだ」
心身ともにより成長したブレッドは、呼吸が安定しないロンに心配の声を掛ける。
ロンもまた、ブレッドが言うように身体は強張り、立とうとしてもまだ震える。痛みも伴い、少し息をするだけでむせてしまう。
「身体は正直だよね。でも、言うことを聞いてくれないそんな身体がもどかしく感じちゃう」
「どれだけ気持ちで大丈夫と思っていても、その通りには動いてくれないからな。わかるよ、俺もずっとそんな感じで生きてきた」
「ブレッドはどうしてここにいるの? その鎖は?」
「この鎖はお守りというべきか、意地悪というべきか……説明は少し難しい。それにここにはもう六年ぐらいこの状態でいる」
六年――。
その言葉にロンは疑いの眼差しを向ける。
もしこの状態でその月日を過ごしてきたなら、死んでいてもおかしくはないからだ。
見た感じ確かにやせ細っているが、辺りを見ても飲み食いをした形跡は見受けられない。しかし、うそを言っているようにも思えない。
ロンは目の前のブレッドを疑いながらも、興味を惹かれる。
「不思議。ありえないのに、嘘をついてるとは思えない」
「嘘じゃないからな。信じろというのも、おかしな話かもしれないけど」
ブレッドは乾いた笑いを発し、凝った首を左右に振って骨を鳴らす。
見ているだけで不自由を感じるブレッドの姿に、ロンはゆっくりと身体を引きずる形で近付く。
「この鎖、よく見たら強力な魔力が施されているね。でも、それが決して表に漏れ出すことはないぐらいに繊細。内側からあなたを縛ってるみたい」
「そんなことまでわかるのか」
「うん。魔力の流れは目を凝らせば見えるものだから。こういうのはラットが詳しいけど、私でも封印の一種なんじゃないかなってわかるかな」
封印とはそもそも、その存在を表に見せないようにする為のもの。
一概に封印と言ってもそれらの種類は数多く存在し、目を凝らしてある程度の解析をするロンはブレッドに施された封印は“特殊”なものであることを知る。
「封印は対象の意識や存在を現世から隔離するのが多いけれど、ブレッドは意識あるみたいだしこの封印は特殊だよ。鎖に込められた魔力は前に押し出されるわけでもなく、それでいてブレッドの魔力を閉じ込めているみたい。詳しい事情はわからないけれど、確かに言い換えるならば魔物みたいな敵に感知されないように工夫されているお守りみたいだね」
「……ッ」
「どうかしたの?」
「いや、なんだろうな。こうやって人と話すの本当に久しぶりだなと。ロンさんにとって状況はよくないのに、嬉しく感じてしまう」
「そう……。でも私もブレッドと話すの、嫌いじゃないかも。ねぇ、ここから出たいとは思わないの?」
「出れるなら出たいが、条件がある」
「条件?」
「誰かが俺を必要としないと解けない仕組みになっている」
それを知ったのは父親が残した一通の手紙から。
本来なら口で説明するより見せたほうが早い気もしたブレッドだったが、内容には自分に宛てたものが大半を占めている為見せることはしなかった。
ブレッドを必要とする想いが封印を解く鍵であると教えられたロンは、真っ直ぐブレッドの目を見る。
「意外と簡単なんだね」
「簡単?」
「うん。要するに私がブレッドを必要とすればいいんだよね?」
「いや、どうだろうな……。この封印がそんな単調なものなのかもわからないし……。それに、無理に必要と思わせるのもそれはなんか違うというか」
「でも出たいんだよね?」
「それはな……。外の世界を見てみたいし、やりたいこともある」
「それなら理由は十分だよ。こんなところにまた何年と居るより、外に出たほうがいい。それに無理にブレッドを必要としない、叶うなら私がここから出してあげたいの」
疑うこともまだまだある。
けどそれを言い換えれば、ブレッドを知る必要性がどこかある気がした。
この洞窟は空気も少し淀み、明らかに身体にはよくない。ボロボロの黒衣にやせ細っている姿も、実はというと心配ではある。
「身体も少し落ち着いてきた。私はすぐにでも戻らないといけない。私が今ブレッドを必要とする意味なんだけど、一緒に戦えるなら戦ってほしい。それじゃだめかな?」
「ここを出る機会を与えてくれるなら、俺でできることなら手伝う。ただ……」
「ただ?」
「俺は戦闘は経験が浅いから、“守る”ことはできても、攻めることは力になれない」
「……ふふっ、おかしなことを言うんだね。守ることができるなら攻めることもできるはずなのに。でもいいよ、私がそこを補う」
小さく笑うロンは、その手でブレッドの胸元にある鎖に触れる。
ブレッドもまた、運命というには少し余裕のないこの出会いに、感謝の意を込める。
ロンは強く想う。ブレッドがここから出られるように、外で待ち構えるデメントとの戦いに向けてブレッドの力が必要であると。
出会って間もない奇怪な運命に呼応し、鎖にはヒビが入り始める。
「なら言葉通り、私たちを守って」
「あぁ、誰一人として傷つけないことを誓う」
ブレッドの守るという言葉の意味、それはどういう形のものかはわからない。
ただ一つ言えるのであれば、その自信はどこか信用できるなにかがあるということ。
そして完全に鎖は破壊され、ブレッドはその長き封印から解放される。
瞬間、これまで蓄積されていた魔力が一斉に溢れ出し、祠のある洞窟内から外に居るデメントやロイドたちを包み込む。
「なんだァ!?」
「この魔力、一体どこから……!!」
鍔迫り合う二人は互いに手を止め、ブレッドの魔力に触れ一時的に身体が硬直する。
「なんて魔力の量と質なの……」
「あぁ、身体が軽い……。ロンさん、ありがとう。少しばかりのお礼をさせてほしい」
清々しい気分に身を委ねるブレッドは、ロンに視線を向ける。
その目からは銀色に揺らぐオーラを発し始め、ロンに蓄積された痛みとダメージを徐々に緩和させていき、やがては完全に戻した。
「立てるか?」
「う、うん……立てるよ。でも、その力は一体……?」
「詳しい話は後にしよう。まずは外に居る敵をなんとかする、そうだろ?」
「……ッ。わかった。でも、事を終えたらちゃんと話してね」
「約束する」
「ありがとう、ブレッド」
二人は互いに頷き合い、準備を終える。
そして同時に駆け出し、真っ先に敵対するデメントの場所へと辿り着く。
「おいおい、お仲間引き連れてきやがったぜ! フハハハハ!!」
「ロン、そいつは!?」
「詳しい話は後で! 兄さん離れて!」
「ちょっと待て、それは――ッ」
「――絶剣冷度ッ!!!」
問答無用に冷気を凝縮した一閃を放つロン。
それは大気すらも一瞬にして冷却し、凍える風と共に前方めがけて広範囲に凍結させた。
間一髪のところでロイドはデメントの腹部に蹴りを入れ脱出し、よろめいた不意を突かれデメントは一歩遅れて反応してしまう。
その結果、全身と言わないが下半身のみ瞬時に凍結してしまい、それは│氷縛とは比べ物にならないほど冷たく強固であった。
「一瞬の溜めでこの威力と範囲……フハハハハ!! すげェ、これまでの奴らとは比べ物にならないぐらい強いじゃねえかよォ!! 一歩間違えたらこりゃ即死ものだぜ!!」
「ロン、さすがに今のは目に余るぞ……!」
「ごめん、でもこれぐらいはしないとあいつには勝てないと思ったから。それよりも、ラットは?」
「ラットならあそこだ、致命傷は避けてるようだが長時間は留まれない……。俺を庇ったせいだ……ッ」
「そんな……」
冷静に指差すその方向に視線を向けると、瓦礫にもたれかかって息をするのもやっとなラットの姿目に映った。
すぐさま駆け寄り容体を確認すると、血は一向に止まらずに居た。
「ロン……さん……」
「喋らないで、大丈夫だから……!」
出血が収まらない箇所に、ロンは自分のスカートを引き裂いてすぐさま処置を行う。
瀕死に繋がりかねいその状況の中、遅れてブレッドとロイドが来る。
「だめ、出血が酷い……。ラット、しっかりして……!」
「フハハ! 弱い奴は選択肢を選べねえ、それが世の理ってもんだ! オレを忘れてお仲間を助けようとしてんなら、あまりにも愚かだぜ!!」
「くそ、また銃弾の雨が来るぞ!」
「――魔力充填・デスレインッ!!」
自由に動く上半身だけを動かし、もう片方の手にもう一丁魔力から銃を生成する。
そして魔力を凝縮させた後、双方の銃から無数の弾丸による雨が一直線に降り注ぐ。
「この数はさすがに厳しいぞ……!!」
「大丈夫、俺に任せてくれ」
「ッ! おい、なにをする気だ!?」
「――真正面から受け止める」
短剣を構え裁こうとするロイドの前に、ブレッドが立つ。
そして軽く呼吸を整えた後、デメントの放ったデスレインを視界に入れる。
するとデスレインによる銃弾の一つ一つがまるでブレッドに吸い寄せられるように軌道を変える。
「軌道が奴に集中しただと!? おいおい、死ぬ気かよ!!」
「死ぬ気はないさ」
「ブレッド、なにを……!?」
「言ったはずだ、誰一人傷つけないと」
腕をクロスに組み、言葉の通り真正面からデスレインを受け止める。
衝突することによって発生する余波にロイドたちは吹き飛ばされないようにするので精一杯だった。
その中でデメントはその異様な光景に目を細める。そしてよく見てみると、銃弾がブレッドの皮膚を貫通することなく、弾かれていることに気付く。
「嘘だろ……ッ」
数秒、数十秒、そして数分と続いたデスレインはやがて終わりを告げる。
銃弾による雨は止み、それは悲惨を招くはずだった状況とは真逆でたった一人の存在によって無へと帰した。
「おい、怪我は!? ……なんとも、ない……?」
「まぁ、頑丈だけが取り柄だから」
「お前、何者なんだ?」
「ロンさんにも言ったが、それはまた後。今はとりあえず、その人も助けよう」
何食わぬ顔で今度はラットに視線を向け、致命傷によって止まらない出血と共に痛みやダメージを和らげる。そしてロンの時同様、ラットの怪我は完治して途切れそうだったその意識を繋ぎ止めた。
「あれ……身体の痛みとか無くなったんすけど!?」
「ラット、よかった……!」
「なにがなんだかわからないが、とりあえずこれはお前がやったことなんだな?」
「これぐらいしかできないけどな」
これぐらいという言葉で片付けていいものか。
今目の前にしている現象と事実は、ロイド達にとっては混乱を招くことばかりだった。
しかしブレッドという少年がただの人でないことだけは、この数分に起きた出来事で理解する。
そしてこの場の誰よりも、デメントはブレッドが成した行為について、最も信じず、最も苛立ちを募らせていた――。




