二話『出遭いと出遇い』
ブレッドが封印されて六年後――。
視点は移り変わり、冒険者で構成された一組がある場所に居た。
「ようやく見つけた……。ここが、例の場所……」
白髪のウルフカットに、透き通った水色の瞳。
綺麗を体現したかのような女性、剣士の“ロン”はかつてミハテ族が住んでいたとされる場所の中央にて息を飲んでいた。
「ここが六年前、龍神と名乗る男によって襲撃された場所っすか。建物とか見ても悲惨っすね、まだ血痕すらも滲み出てるじゃないっすか」
「うん、そうだね。“ラット”、場所と状況の記しを記録しておいて」
「了解っす」
ラットと呼ばれた弓使いの少年はポーチからノートを取り出し、出された指示に従って現状を書き綴っていく。
「この場所は少し空気が悪いな。それに、不気味だ」
「そうだね、“兄さん”」
兄さんと呼ばれるこの男性はロンの実兄。
兄妹で冒険者の道を通っている二人は崩壊した村の残骸を見ながら、その光景を目に焼き付けていた。
見るほどに絶え間ない惨劇だと一瞬でわかる状況に、ロイドは小さい溜息を吐く。
「現在において、大々的に指名手配されている龍神とその幹部たちが襲撃した場所は立ち入り禁止エリアに指定されるっすからね。ギルド本部からその場所を調査するにしても時間はかかるし、そもそもここを調査としたとされる別のパーティーは消息を絶ってるみたいっす」
「そこもかなり気掛かりかな。見た感じ、建物の残骸と所々に血痕が残ってるぐらいで魔物がいる様子を全く感じない」
「まぁ少なくとも、俺らのギルドにこの話が持ってこられたということは相当な程に厄介な調査依頼なんだろう。なにもなくとも、注意だけは常に払っておけ」
「うん」
「了解っす!」
三人はそれぞれ散開し、より詳しくその辺りを調査する。
三人の中でもラットはこの場所にミハテ族が住んでいた可能性があるのではないかと憶測し、建造物の瓦礫をどかしながら遺品がないか徹底的に調べることに。
彼はこの世に出回っているあらゆる噂を耳にする趣味があり、一部の書物でしか書き記されていないミハテ族について興味があった。
辺境の地に住む稀有な能力を持った一族。その他から得られる情報から読み取ってみても、今回の現場となったこの場所は一致しているのではないかと。
この話を道中ロンやロイドにも話してみたが、噂は噂と切り捨てる二人に息が合わないと心を折られていたが。
「噂は確かに噂で留まることが多いけど、俺はそんな噂が秘める可能性が面白いと思うんすけどね。あの二人は現実主義者だから、何度話しても理解はしてくれなさそうだけど……」
「ラット、なにか言った?」
「い、いえ! なにもないっす!」
「そう。……ッ! 待って、気になるものを見つけた」
「えっ!? なんすかなんすか!」
ロイドが辺りを警戒している中、ロンはラットの近くで同じように瓦礫をどかして調査していると半透明に光るなにかを手に取る。
「なにかわかる?」
「うーん、これは“鱗”っすね。けどこの大きさ的に魚類や爬虫類の分類ではなくて、大きさと形状的に竜の鱗と同等の大きさっす」
「竜の鱗……」
「どうかしたのか?」
「兄さん見て、竜の鱗かもだって。綺麗だよね」
「……半透明の竜の鱗なんて見たことないな」
「そっすよね。でもなんで、こんなところに竜の鱗が?」
見た感じは薄く、少し力を入れれば砕けてしまいそうな程。しかし手触りは頑丈で、強度自体は申し分ないものだった。
ラットは竜の鱗に似たものがなぜここにあるのかという疑問を抱き、他にも調査はしてみたがそれ以外に竜の痕跡となるものは見当たらない。
一方で綺麗な鱗を気に入ったのか、ロンはしばらくその鱗を見つめていた。
「ここは謎がたくさん満ちてるっすね。ある程度ここに住んでいたであろう人々の遺品は目にするっすけど、これといった手掛かりはやっぱ時間の経過で失せてしまったかもしれないっす」
「六年の月日だからな……。しかし、一番の謎は他所のパーティーが消息を絶っている件についてだ。辺りを警戒しているが一向に魔物の気配は感じ取れないのと、罠といったギミックも見つからない」
「ここまで出向いて得られる情報が少ないのはなんともいえないっすね。これといって異常なしと言いたいところではあるっすけど……」
「何か気になることが?」
「ロンさんの持ってる鱗、あれだけが気掛かりなんすよね……」
竜という存在は神聖であり、強大なものだ。
その個体数も決して多いわけではなく、遭遇することでさえも本来ならままならない。
更に竜は一度決めた縄張りを死守する傾向があり、立ち入ったものを徹底的に追い出そうとする傾向が見られる。
しかし、ロンが持っている鱗が竜のものであるとするならばこの辺りにその竜が居てもおかしくはないが、その気配は感じられない。
「ロンさん、その鱗をもう一回お借りしてもいいっすか?」
「あっ、うん。いいよ」
「ありがとっす――」
もう少し詳しく調べようとラットがロンから鱗を受け取ろうとしたその時。
鱗から強烈な電撃が走り、二人を間から吹き飛ばした。
とっさにロイドはロンの後ろに回り込み、吹き飛ばされるその身体を受け止め衝撃を緩和する。一方でラットは身軽さを駆使し、体制を立て直す。
「一体なにが……!?」
「ラット、危ない!!」
「えっ? うわぁ!?」
ロンの呼びかけに、後ろから気配を感じたラットは立て続けに前へ前転する。
するとラットの立っていたその場所には何者かによる攻撃が繰り出されており、地面を大きく抉った。
「ラット、ロン! 構えろ!」
「言われなくてもわかってるっすよ!」
「んっ!」
ラットに向けた攻撃が空振り、地面を殴ったことによって舞い上がった砂ぼこり。
三人は各々武器を手に取り臨戦態勢に入る。
「あー、避けられるとかマジで終わってる。隙を突いたつもりだったんだが」
「ッ! ロン、待て!」
「――先手必勝」
ロイドの制止を聞かず、ロンは剣を構えその者の懐に入り込む。
剣は冷気を帯び、下から上へと振り上げられ、狙うは胴体。
「随分と活気のある姉ちゃんだな」
「ッ!」
しかし振り上げられた剣はその者に届くことはなかった。
というよりも、まるで攻撃が来ることを知っていたかのように無駄のない動きで一閃を避けられてしまう。
「お前たちは“銃”って武器を知ってるか?」
「ロンさん避けて!!」
「バーン」
魔力から生成された銃を取り出し、ロンの額に向けて放つ。
引き金を引く瞬間に合わせてロンは身体を横に捻り倒し、その身を転がしながら間一髪のところでよけ返す。
「これも避けるとかマジかよ、まるで猫人族だな」
「兄さん、ラット!」
「銃相手に弓は差が酷すぎるでしょ! “チャージレイン”ッ!!」
「全くもってめんどうだな」
既に準備を終えていたラットは弓のスキル、チャージレインを放つ。
それは一本の矢が何十本と増え、拡散式に一方めがけて降り注ぐ。
チャージレインの後を追うようにロイドは走り出し、腰に携えていた短刀を引き抜く。
「フハッ! いいじゃねえか、どんどん技を見せてみやがれ!!」
その者が前に向けて一歩、思い切って地面を踏みつけると魔力による衝撃波が生み出され、ラットのチャージアローを完封する。
それを見越して今度はロイドによる俊敏さを生かした攻撃が繰り出される。避けて撃つを繰り返しながらロイドの攻撃を捌いていき、その者はさっきまでそこに居たロンの姿がないことを確認する。
「後ろかァ!!」
「――氷縛」
「瞬時に凍って……!!」
「兄さん、やっちゃって」
「あぁ。十字冷刃斬――ッ」
ロンの氷によって身動きを封じた隙に、短刀により冷たい冷気を纏わせクロス状に切り捨てる。切り裂いた箇所から血しぶきが上がるが、冷気はその血すらも凍結させた。
「が……はぁ……!!」
「観念して。殺しはしない、あなたには聞きたいことがある」
「フ、フハハ! 冷てェ、身体中が痛てェじゃねえか!」
「ロン、もう少し離れろ。警戒は解くな」
「うん、わかってる。なにかあれば、いつでも“殺せる”」
ロンは鋭い目付きで睨み、剣の切っ先をその者の首元に突きつける。
事が収束したと知ったラットも小走りでロイドの隣に駆け寄り、目の前の男に小さく息を飲む。
「さすがロイドさんとロンさんっすね。あっという間に制圧しちゃうなんてすごいっす」
「……ッ」
「兄さん?」
「いや、なんでもない。ラット、聞きだせ」
後ろにはロン、目の前にはロイドとラット。
どう足搔こうとも人数による有利は見てわかるが、ロイドはどこかモヤっとしていた。
確かに現状は制圧できているかもしれない。しかし目の前の男にはまだ余裕が垣間見え、余力もどことなく残している気がしたのだ。
しかしロンの言うように聞くべきことがあるのは同じで、ラットもそれはわかっていると思い情報を聞き出すよう任せた。
「まぁそう簡単に吐くとは思わないっすけど、名前はなんて言うんすか?」
「確かに名乗ってなかったな。オレは“デメント”だ。フハハ!」
「意外とすんなり答えるんすね……ッ」
デメントと名乗った男はこの状況の中で高らかに笑い、ラットに聞かれたことに答える。
ラットは警戒は決して解かず、記録するノートに書き記していく。
「じゃあ次……。ここに幾つもの冒険者のパーティーが来たんすけど、そのどれもが失踪という扱いで不可解に片付けられてるんすよね。それはあなたが?」
「さァ、どうだろうなァ。なァ、姉ちゃんはどう思う?」
「ふざけないでラットの質問に答えて」
「あー、痛てェ。刃食いこませんじゃねえよ。……まァ、そうだと言っておこう」
「なんのために?」
「――暇つぶしだな。フハハ!」
暇つぶし。
失踪扱いにしてきたこれまでが、一方的な惨殺であった事実に切り替えられるとロンの目がより険しくなり今にも首を刎ねる勢いだった。
しかしロイドが目線による合図だけで落ち着くよう促すと、ロンもまた頷き返し冷静に戻る。
「まさしく外道っすね」
「褒めんじゃねえよ」
「ふざけないほうがいい。俺の妹は手が出るの早いからな」
「フハハ! ンなの最初の攻撃でわかってることだろうがよ!」
「こほん! では一番気になる質問を。俺はロンさんから鱗を受け取ろうとした際、それが急に衝撃を生みあなたが姿を現したっすよね。……あの鱗は、なんなんすか?」
鱗の存在、その仕組みを聞いたときだった。
それまでふざけた様子をチラつかせていたデメントが無表情になり、ゆっくりとラットにその視線を向ける。
「“逆鱗”そのものだ」
「逆鱗……? あのお方?」
「そうだなぁ。“龍神”といえば、わかるか?」
――龍神。
その言葉を聞いたとき、三人からは動揺が感じられた。
まさかここでその名を耳にするとは思わなかったからだ。
「フハ、フハハハハ!! あの人は警戒深いからなぁ、各地に鱗を置いてるんだよ。オレみたいな奴がそこにすぐさま向かえる為にな。逆鱗って言ったのはあの人がより脅威と感じた場所にこそ残す爪痕、ここもそのうちの一つってわけだ!」
「逆鱗、脅威……。つまり、ミハテ族っすか?」
「ミハテ族、奴らはイカれているぜ。まぁ結局はあの人が全て滅ぼしちまったがな。さぁ質問は終いだ、オレも喋りすぎると怒られちまうからなぁ。フハハ!」
「勝手に終わらせるな。それを決めるのは俺たちだ」
「いやいやいや、終いだ。演技するのだって疲れるんだぜ?」
「――ッ! ロン、ラット! 今すぐ離れ――」
「おせぇよ。魔力解放ッ――!!」
ロイドが最初に感じていた違和感がたった今、爆発した。
凍らされている間にデメントは魔力を体内に密集させ、それを極限に解放する瞬間を稼いでいたのだ。
よって魔力を解放した瞬間、身体を拘束していた氷と共に三人を吹き飛ばした。
それぞれが受け身を取り体制を立て直そうとしたが、デメントはロンの前に立ち、首元を掴み上げ腹部に強烈な膝蹴りを食らわす。
「けほっ……!!」
「悪いな姉ちゃん、この中でテメェが厄介だと感じた。仲間はオレが楽にあの世へ送ってやるからよ、ちょっと席外しといてくれや」
重い一撃を食らったロンは意識が飛びそうになる。
しかし立て続けにデメントはそのままロンを吹き飛ばし、その場から戦線離脱させる。
「ロン!!」
「ロイドさん、危ないっす!!」
「ッ! ラット――」
吹き飛ばされていくロンが視界に入り声を荒げるロイド。
しかし意識が反れている隙を突いて、銃口が向けられていた。しかしそれに気づいたラットがとっさに身体でロイドを押し退けた。――そして。
「まずは、一人だなァ」
引き金を引き、その銃弾は身代わりとなったラットの心臓部めがけて放たれた。
避ける暇も無くラットは銃弾を受けてしまい、口から血を吐き出し倒れる。
ロイドは目を見開き、次々に放たれる銃弾を短刀で斬り伏せラットを守る。
それからはデメントが支配する場となり、永遠とも思える銃弾を防ぐことに徹するロイドは歯を噛み締め自身の不甲斐なさに苛立ちを募らせた。
一方、ロンは吹き飛ばされていく中でようやく地面に身体を付け、何度も転がりとある洞窟にその身を入れる。
「けほ、けほっ!! うぐっ……!」
そこは仄暗く、少しばかり気温も低い。
しかし蝋燭による明かりが灯されており、横に倒れて息をするのも一苦労なロンの視界には誰かの足元が目に映った。
「――人を見るのはかなり久しぶりだな」
「だ……れ……?」
凛とした声色、優しく、どこか儚い。
そう感じれる声に、ロンはその存在を視界に移す。そこに居たのは鎖に身を縛られ不自由を生きる、ブレッドの姿があった――。




