一話『犠神様』
ミハテ族の村が龍神と名乗る男と黒鬼によって襲撃された翌日。
まだ齢十歳の少年ブレッドは悪夢にうなされていた。
意識が途切れる前に見た無残な光景。共に生活してきた大人たちが立ち向かう中、次々とやられ、自分と同年代の子供すら容赦なく蹂躙。
なにもできず震えることしかできないブレッドはただひたすらに血の匂いを嗅ぎ、死んでいく仲間たちを見送ることしかできなかった。
あまりにも唐突、そして衝撃。意識を保っているのはやっとの状況で、黒鬼と視線が合う。その目はおぼろげ、それでありながら威圧は凄まじいものだった。
蛇に睨まれた蛙とはまさにそのことで、何とか保っていた意識は黒鬼による睨みで途切れ、それ以降の記憶が繋がることはなかった。
そんな悪夢を何度も何度も繰り返され、冷や汗と苦しみの交差に苛まれる。しかし、その中で不意に自分を呼ぶ誰かの声が響き渡る。
『――のだ』
「うっ……」
『――起きるのだ』
「だれ……?」
『――目を覚ますのだ、ブレッド』
「ッ!」
自分を呼ぶ声がはっきりと聞こえると同時に、ブレッドは目を見開く。
相当うなされたのか汗は凄く、息が荒い。ほんの数秒、落ち着くために深呼吸をする。そして落ち着きを取り戻したとき、誰かの足元が目の前にあることに気付く。
『相当うなされていたようだな。昨日の出来事は余程、精神に強く影響したであろう』
そこに居たのはブレッドと同じ黒色に銀色が混じった髪と、その素顔を覆い隠す仮面。そして黒装束が特徴の男だった。
「……おじさんは、だれ?」
『余に名前などはない。しかし、汝たちの呼び方では犠神と呼ぶ』
「犠神……。えっ、もしかして犠神様!?」
『如何にも』
「えっと、村の皆は!? 父さんや母さんは!? それに、あの怖い人たちは!?」
『思ったより元気のようだな。しかし、話し合いとは一方的にするものではない。一つずつだ』
犠神を前に聞きたいことを一度に聞くブレッドだったが、犠神は人差し指で一つずつと催促して落ち着かせる。
それに対して物分かりのいいブレッドは小さく頷く。だがその顔は希望に満ちており、犠神が存在していることによりもしかしたらと淡い期待を抱いたのだ。
しかし次に犠神の口から知らされる言葉は、厳しい現実だった。
『まず汝の最初の疑問、村の者と両親についてだが……』
「うん!」
『――死んだ』
「……えっ?」
『それほどまでに強大な存在を相手にしたということだ』
「ま、まってよ……犠神様は、その、助けたりはしなかったの……?」
『正確に言えば違うが、まぁそう受け取ってもらっても構わない』
希望に満ちた表情は絶望に変わった。
目の前にいる犠神、つまり神様はなにもしなかったのだと。
村の皆、両親、そのどれにも救いの手を差し伸ばさず見ていただけなのだ。
呆気にとられ思わず口をパクパクとさせてしまうブレッドだが、やがて死んだという事実に涙が込み上げてくる。
「なんで……。なんで、なにもしなかったの……」
『まだ齢十歳の汝に理解しろと言っても難しい話だが、神というのはなにも万能ではないのだ。ある程度の加護や恩恵は与えられるが、大勢の運命を一度に大きく変えてしまう事象には関与できないのだ。例えるなら、今日死ぬと決まっている者を明日生かすことはできない』
今回の一件、今日死ぬという運命にある者たちで溢れていた。それらを神の都合で生かす行為は固く禁じられているのだと説明をする。
一人、二人であれば“運がよかった”という一言で延命することはできたとしても、数十人、数百人という生命を延命することはできない。
犠神から教えられる神としての在り方を聞かされるブレッドは、歯を噛み締め、納得という流れに飲み込むしかできなかった。
『とはいえ、汝にとっては悲惨な一夜だったことは間違いないだろう。そして昨夜、汝の父と母の判断は正しかった。余を祀る祠があるこの洞窟であれば、守護の範囲内であったからな』
「……父さんと母さんは、どうして僕を生かしたんだろう。どうせなら、僕も一緒に……」
『滅多なことは口にしないことだ。それに、汝を生かした理由はその手紙に綴られているのではないか?』
「手紙? あっ……」
犠神が指差す方に視線を向けると、膝上に一通の手紙があることに気付いた。
ブレッドは鎖に縛られ大きな動きはできないが、手足を多少動かすことができる。その手で手紙を持ち上げ、ゆっくりと開封して内容に目を通す。
それは状況が状況なだけに急ぎで書いたせいか、殴り書き。だがそれでも読めないことはなく、自分に向けられた父親の最後の言葉を読み解いていく。
それはあまりにも簡易的。それでいて、生きることを諦めないでほしいという言葉が綴られていた。
「うっ……あぁ……!」
『汝らが余の祠の前で祈りを捧げ想いを募らせるように、その手紙にも汝の両親による想いが込められている。汝が余に聞きたいことがあるように、余もまた汝に伝えたいことが幾つもある。だがその前に、その手紙は汝の大切な形見となるだろう。大事にするのだ』
「うん……!」
ギュっと手紙を胸に寄せ、ブレッドはもう会えない両親と仲間たちを思い浮かべながら涙を流す。
しかし同時に受け入れなければならない事実に、大人になる必要もあった。
ブレッドは数十分と泣き続けたが、落ち着きを取り戻し涙を拭って犠神を見上げる。
「犠神様、ぼくはこれからどうしたらいい?」
『それは余が決めることではない。汝がどうしたいかだ』
「ぼくは、あの怖い人たちが許せない……」
『では復讐を望むか?』
「ううん、復讐はよくないって母さんがよく教えてくれたから違うかも。ぼくが思ったのは、今回みたいにあの怖い人たちの被害に合ってる人がいるかもしれないから止めないとって思ったんだ」
『……そうか』
復讐ではないとブレッドが言ったとき、どこかほっとしたような雰囲気を出す犠神。
しかし、二次被害をできるだけ出さないようにしなくてはならないと思ったブレッドは自信を縛る鎖に触れ、決意をする。
「父さんが手紙に綴っていたんだ。この封印はぼくを必要とする人が現れたときに解かれるって。だから
戦い方の練習はできない……。でも、何年かかってもそのときを待ちたいと思う」
『もし、現れなかったらどうする?』
「そのときはそのときだよ。先を見据えすぎても、疲れちゃうだけだから。だからさ、犠神様」
『なんだ?』
「それまでぼくとたくさんお話ししようよ。力はつけれないけど、知識はつけれるでしょ?」
『……ふっ、そうだな』
いつまでも下を向いていてはいけないと振り切ったブレッドの笑顔。
犠神はそんなブレッドに、小さく微笑み返す。
いつになるかなんて知りもしないが、ブレッドは今できることとして犠神から知恵を共有してもらえることになったのであった――。




