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形ならざるもの 〜宇宙船長の性転換冒険譚〜

作者: 星空モチ

挿絵(By みてみん)


星間宇宙の虚空に、探査船「スターチャイルド号」は静かに漂っていた。レイ・カーターは船長席から立ち上がり、大きく伸びをした。


「キャプテンログ、宇宙暦2187年7月15日。未知の惑星ゼフィロスIVへの接近を開始。」


彼は窓から見える青と金色に輝く惑星に目を細めた。30歳にして史上最年少で宇宙探査船の船長になったという肩書きは、時に重荷だった。


生まれつき好奇心が強かったレイは、幼い頃から星空を見上げては「いつか行ってみたい」と呟いていた。両親の死後、彼を育てた祖父は元宇宙飛行士。その影響で宇宙への夢を育み、軍事訓練と学術研究を並行して修めた彼は、異星文明との架け橋になるという夢を胸に秘めていた。


「船長、大気圏突入の準備が整いました。」


通信士の声にレイは短く頷いた。鍛え上げられた体は緊張で強張っていたが、表情には自信が滲んでいる。


「よし、降下を開始しよう。未知の世界への第一歩だ。」


スターチャイルド号が青い大気に包まれていく様子は、まるで海に潜る鳥のようだった。


惑星表面に近づくにつれ、浮遊する植物や螺旋状の山脈など、想像を絶する光景が広がっていった。虹色に輝く空の下、透明な建物が立ち並ぶ都市が見えてきた。


「美しい...」


思わず漏れた言葉と同時に、船内に警告音が響き渡った。


「船長!未確認のエネルギー波を検知!」


「全システム、防御モードに切り替えろ!」


だが、その指示は遅すぎた。金色の光が船体を包み込み、制御不能に陥った探査船はゆっくりと地上へと引き寄せられていく。


「くそっ!何が起きてる!?」


パネルが次々と消えていく中、レイは必死に状況を把握しようとした。しかし、船内に満ちた光に視界を奪われ、意識が遠のいていく感覚だけが残った。


───どれくらいの時間が経ったのだろう。


レイは重い瞼を開けた。柔らかな草の上に横たわっている。体が妙に軽い


「ようこそ、地球からの訪問者よ。」


澄んだ声に導かれ、レイは身を起こそうとした。そして、胸元に違和感を覚えた。


「なっ...!?」


自分の体を見下ろしたレイは、凍りついた。細く華奢になった手、ふくらみを持った胸、くびれたウエスト...間違いなく女性の体だった。


「これは一体...」


戸惑うレイに、銀色の長髪を持つ美しい青年が歩み寄ってきた。


「私はアルテア、ゼフィロスIVの第三王子です。あなたは私たちの『友好交流プログラム』の最初の参加者となりました。」


「プログラム?冗談じゃない!勝手に私の体を...!」


言葉に詰まるレイに、アルテアは優しく微笑んだ。


「恐れることはありません。これは一時的なものです。私たちゼフィロスの哲学では、真の理解は異なる視点からのみ得られると考えています。」


レイは自分の長くなった髪を掴み、現実を受け入れようとした。女性の声で話す自分に違和感を覚えながらも、宇宙探査船の船長としての責任感が彼女を奮い立たせた。


「どういうことか説明してもらおう。そして、元に戻る方法も。」


アルテアは頷き、透明な建物群を指さした。そこには流れるような曲線を描く建築物が、光を取り込みながら輝いていた。


「まずは私たちの世界をご案内します。そして...」


彼の瞳に光が宿った。


「あなたが本当の自分を見つける旅のお手伝いをさせてください。」


レイは深く息を吸い込んだ。この異星での冒険が、彼女の人生を永遠に変えることになるとは、まだ知る由もなかった。





透明な建物の中を歩きながら、レイは自分の新しい身体の動かし方に戸惑っていた。足取りがぎこちなく、バランスを崩しそうになる度にアルテアが支えてくれる。


「慣れるまで時間がかかります。焦らないでください。」


アルテアの優しい声に、レイは頬が熱くなるのを感じた。男性だった時には感じなかった感覚だ。


「アルテア王子、なぜ私を性転換させる必要があるの?ただ話し合うだけじゃダメなのか?」


二人は光を取り込む水晶のような広場に到着した。周囲には様々な形をした市民たちが行き交い、レイに好奇の目を向けている。


「私たちゼフィロスの哲学は『体験による理解』です。言葉だけでは伝わらない真実がある。」


アルテアは流れるような身振りで説明を続けた。


「あなたは私と共同生活をしながら、私たちの文化を学び、私もあなたの世界について教わります。」


レイは思わず眉をひそめた。「それって強制じゃないの?」


「元の姿に戻りたければ、プログラムを完了する必要があります。」


その言葉に、レイの心に怒りが湧き上がった。


「それって脅し?」


アルテアは静かに首を振った。「選択です。あなたの探査船は修理に時間がかかります。その間、異文化体験をするか、ただ待つかを選べます。」


レイは深く息を吸い込んだ。船長としての責任と、一人の人間としての感情が交錯する。


「わかった。参加する。でも変なことしたら…」


言葉を途中で切ったレイに、アルテアは微笑んだ。


「心配無用です。私たちは平和を尊びます。」


二人が歩き始めると、足元から虹色の花が開いていった。それを見たレイは思わず足を止めた。


「これは…?」


「歓迎の印です。ゼフィロスの自然はあなたを受け入れました。」


夕暮れの虹色の空の下、王宮へと向かう二人の影が長く伸びていた。


その夜、一人になったレイは鏡の前で自分の新しい姿をじっくりと見つめた。長い黒髪、深い緑の瞳、引き締まった身体。自分なのに自分ではない。


「私は…誰なんだろう。」


窓の外には、浮遊する植物が発する柔らかな光が揺れていた。この異星での日々が自分をどう変えていくのか、レイにはまだ想像もつかなかった。


夜風が彼女の長い髪を揺らし、心に抱えた不安と好奇心がぶつかり合う。





「レイ、その持ち方では『ルミナの花』の本質を感じることができません。」


アルテアの言葉に、レイは複雑な表情を浮かべた。共同生活が始まって一週間、ゼフィロスの文化習慣の数々に戸惑う日々が続いていた。


「どうすれば『正しく』花を持てるの?ただの植物でしょ?」


「ただの植物ではなく、感情を映し出す生命体です。あなたの心を開く必要があります。」


レイは深いため息をついた。女性の体に少しずつ慣れてきたものの、こうした抽象的な概念には苛立ちを覚えた。


アルテアが彼女の手を取り、優しく花に触れるよう導いた。その瞬間、花びらが青く輝き始めた。


「青は…」アルテアが驚いたように目を見開く。「深い悲しみと憧れの色です。」


レイは思わず手を引っ込めた。「プライバシーの侵害じゃないの?」


「私たちは感情を隠しません。それが相互理解の始まりだから。」


その夜、レイは日記を書いていた。「地球では男性として生きてきた私が、ここでは女性として見られ、扱われる。最初は違和感だらけだったけど、今は…自分でも驚くほど自然に感じ始めている。」


翌朝、アルテアはレイを『光の祭典』に誘った。


王宮広場では、市民たちが体から発する光を操り、美しい幾何学模様を空中に描いていた。


「あなたも参加しませんか?」


「私にはできない。地球人だから。」


アルテアは静かに首を振った。「それは違います。すべての生命には光があります。ただ見えるかどうかの違いだけ。」


彼がレイの手を取り、空に向けて導くと、かすかな金色の光が指先から漏れ出した。


「見て!私にもできる!」


思わぬ喜びに、レイは子供のように笑った。それは船長になって以来、忘れていた無邪気な笑顔だった。


その瞬間、アルテアの瞳に映るレイの姿は、かつてないほど輝いて見えた。


「レイ、明日は『自己受容の儀式』の日です。あなたに参加してほしい。」


「どんな儀式?」


「自分自身の本質と向き合う大切な時間です。あなたの帰還への鍵になるでしょう。」


レイは空を見上げた。地球が見えない星空の下で、彼の心は少しずつ変化していた。


「アルテア…私、最近気づいたの。ここに来るまで、自分が何を恐れていたのか。」


「何をですか?」


「弱さを見せること。感情を表すこと。それが…男らしくないと思ってた。」


アルテアは静かに彼女の手を握った。「強さと弱さは表裏一体。どちらも自分の一部として受け入れてこそ、真の強さになります。」


レイの心に、初めて訪れた温かな安心感。明日の儀式が、自分をどう変えるのか想像もつかなかったが、もはや恐れは感じなかった。





「自己受容の儀式」は、ゼフィロスの最も神聖な洞窟で行われた。壁面には過去の文明の歴史が刻まれ、天井からは虹色の結晶が垂れ下がっていた。


「あなたの内なる声に耳を傾けてください。」


アルテアの声に導かれ、レイは洞窟の中心へと進んだ。そこには澄んだ水の鏡があり、その上に様々な姿のゼフィロスの人々のホログラムが浮かんでいた。


「彼らは…?」


「私たちの先人です。最初は固定された姿だけを持っていました。しかし進化の過程で、形を変える能力を得たのです。」


水面に映るレイの姿が、突如として元の男性の姿に変わった。彼女は驚きの声を上げた。


「なぜ…?」


「水鏡は真実を映します。あなたが見ているのは、あなたの記憶の中の自分。でも、それだけがあなたではありません。」


水面の映像が揺らぎ、様々な姿のレイが次々と現れては消えていった。老いた姿、子供の姿、そして現在の女性の姿。


「私たちゼフィロスの人間は、自分の姿を自由に選べます。性別も、形態も。私たちの本質は、その外見の奥にあるものだから。」


「だから友好交流プログラムで…」


「そう、訪問者に体験してもらうのです。形を超えた存在の自由を。」


レイの心に、これまでの日々が走馬灯のように流れた。男性としての自信と制約、女性としての新たな感覚と発見。そのすべてが「レイ・カーター」という一人の人間の一部だった。


「でも、私は地球人。この能力はない。」


アルテアは微笑んだ。「本当にそうでしょうか?」


彼が水面に手をかざすと、レイの体から金色の光が溢れ出した。最初の日に感じた違和感が、心地よい温かさに変わっていく。


「ルミナの花が青く光った日、あなたの中に眠る能力に気づきました。地球人の遺伝子の中にも、私たちと同じ可能性が。それを目覚めさせるのが『光の祭典』でした。」


レイは自分の両手を見つめた。指先から漏れる光が、徐々に全身を包み込む。


「自分の形を決めるのはあなた自身です。」


深い呼吸と共に、レイは目を閉じた。自分は誰なのか。男性か、女性か、それとも…。


「私は…私。」


光が消えると、そこにはレイの新しい姿があった。男性の力強さと女性の柔らかさを兼ね備えた、これまでにない姿。


「これが…本当の私?」


「あなたが望む姿です。あなたの心が選んだ形。」


アルテアは恭しく頭を下げた。「自己受容の儀式は完了しました。おめでとうございます。」


洞窟を出ると、ゼフィロスの市民たちが歓声を上げて迎えた。彼らの姿も様々に変化し、多様な形態を見せている。幼い頃から夢見た異星文明との出会いは、レイの想像をはるかに超えていた。


夕暮れ時、修理が完了した「スターチャイルド号」の前で、アルテアとレイは向かい合っていた。


「帰るの?」アルテアの声に寂しさが滲む。


「任務を完了させなければ。」レイは笑顔で答えた。「でも、これは別れじゃない。地球とゼフィロスの架け橋になるという、新しい任務が始まったばかりだから。」


アルテアの目に光が宿った。「それは…私たちの関係も?」


レイは彼の手を取り、静かに頷いた。「形は変われど、心は変わらない。それが私がここで学んだこと。」


二人の指先から同時に光が広がり、周囲のルミナの花々が赤く輝き始めた。


「赤は…?」レイが尋ねる。


「真実の愛の色です。」アルテアの答えに、レイの心は確かな平和を感じていた。


スターチャイルド号が静かに上昇する中、キャプテンログが更新された。


「宇宙暦2187年8月21日。未知だった惑星ゼフィロスIVとの友好関係が確立。そして、船長レイ・カーターは、自分自身という最大の未知との出会いを果たした。」


虹色の空の下、新たな冒険が始まろうとしていた。



<終わり>

あとがき 〜形ならざる想いをあなたへ〜


皆さん、最後までお読みいただきありがとうございました!「形ならざるもの」を通して、私の脳内宇宙の一部をご案内できたことを心から嬉しく思います。


この物語は、ある夜の不思議な夢から生まれました。異星人に性別を変えられた自分が、「これが本当の私?」と鏡に問いかける場面が、朝まで頭から離れなかったんです。そこからレイとアルテアの世界が膨らみ始め、気づけばキーボードを叩いていました。


性転換ものを書くとき、私がいつも大切にしているのは「外見の変化」だけでなく「内面の変容」です。レイが女性の体になって初めて気づく感情の機微、社会的視線の違い、そしてそれまで抑圧していた自分自身の一部との出会い——これらは実は私自身の経験や葛藤を反映させているんです(さすがに性転換はしていませんよ。)


執筆中、最も苦労したのはゼフィロスIVの世界観構築でした。「性別を超えた社会」をただのユートピアにせず、そこにも独自の課題や文化的衝突を持たせたかったんです。ルミナの花のアイデアは、実は猫が植物に反応する様子を見ていて思いついたものです。


あと、アルテアのキャラクターにも思い入れがあります。彼の優しさと賢明さは、私の理想の恋人像がそのまま投影されているんですよね(現実の恋人さん、読んでたらごめんなさい。)


一番嬉しかったのは、ベータリーダーの友人から「性転換ものとしては珍しく、性別二元論に縛られない結末で感動した」と言ってもらえたこと。小説を書く醍醐味は、読者の皆さんの心に何かを残せることだと思っています。


今後も「形にとらわれない自由な発想」で新たな物語を紡いでいきますので、どうぞよろしくお願いします!次回作は「記憶を交換した双子の恋愛事情」という少し複雑な設定に挑戦中です。乞うご期待!


最後に、皆さんにとっての「本当の自分」とは何でしょう?もし異星人に「あなたの理想の姿になれる」と言われたら、どんな形を選びますか? コメント欄でぜひ教えてくださいね。レイのように「私は私」という答えも、もちろん素敵だと思います。


それでは、また次の物語でお会いしましょう!

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