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寒がりの短編集

紅い花に泥を塗る

作者: 寒がり

 

 花重み 微風に

 溢れ落つべき 紅き花

 今に落つる その首の

 定めのゆえに華やける

 熟れたる花よ その紅き

 椿に 白き泥を塗りける




 たとえば、黄昏時。朽ちて半ば土となった落ち葉に、椿の花がボトリと堕ちる、その鈍い音。

 首が落ちる音に比せられる不吉な音は、しばらくの間、妙に耳に残る。あれは、嫌な音だ。


 軽やかに雪のように降る桜に対して、椿の花のそれは斬首である。あの紅い花は、ギロチンで断たれたかのように勢いよく丸ごと全部溢れ落ちる。

 だからこそ、花が大きく美しければそれだけ、強い死の香りがある。今にも自らの重みに耐えきれなくなりそうな、紅く爛熟した花。


 ————私は、椿が好きだった。


 その人に出会ったのは冬が終わる頃だった。容姿が当時人気だった漫画の推しキャラに似ていたとか、そんなつまらない理由で、その人が少しだけ強く印象に残った。

 その人に会うのが、毎日のささやかな楽しみになった。

 ごくありふれた話だ。


 計算が狂い、事態がコントロールできなくなったのは、春の初め。


 私は予期せず初めてその人に触れた。気づいてしまった。

 その人の四肢が、目が、顔が痛々しいまでに張り詰めている事に。破裂寸前の風船、決壊寸前の堤防。その人は、あまりに豊富な質量を零れ落ちる寸前で押し留めながら生きている人だった。


 ほんの些細なきっかけでその華奢で小柄な身体が弾け飛ぶ様を、私は何度も幻視した。その様は、桜のように美化された終わりではなく、椿が落ちるような肉感のある痛覚の通ったそれであった。


 紙屑のように軽い私の手に比べて、今にも弾けそうな質量を湛えたその手がどれほど美しく見えたことか。その体を椿の花のように見せるのが、その人の在り方のゆえだとしても、私は、多分、その人の肉体に恋をした。実体化した、充溢した死の予感。それはそのまま鮮烈に生きているということだった。その生きている身体が愛おしかった。


 その肉体は、誰のものにもならないように見えた。余分な力が外からかかれば即座に紅い花は落ちる。そんな確信があった。最も脆いものがそれ故に不可侵を誇り、あらゆる力を拒絶していた。

 それがその人の強さの正体であった。だから、あんなにも張り詰めていた。

 その人は、強さへと追い込まれてゆくのだ。強さに転落してゆく人。手を差し伸べようにも差し伸べた手が致命打になる人。


 でも、そんな私の切望は裏切られた。


 紅い花が堕ちる。私は、その紅い花に白い泥を塗った。

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