六話 知恵の鏡
「【映し身箱】」
その言葉と同時に、辺り一帯に様々な形、大きさの鏡が創り出され、浮遊する。
(見た限りだと鏡自体が攻撃することは無さそうだが。)
「【反転世】」
雲外鏡は目の前に生み出した鏡へと手を触れると水面のように波紋が発生し、トプンと鏡の中に手が沈み、そのまま鏡の中に呑み込まれていった。
「一体、何処に消えたんだ?周りの鏡も何があるか分からない。何か予兆でも――」
瞬間、俺の身体は割れていた。まるで、硝子を落としてしまったかのように。咄嗟に後ろを振り返ると、鏡から上半身を乗り出し、隣の鏡を叩き割っているのが見えた。
「っ、【憑依刀・反魂香】!」
刀が煙になり、既に死んだ山ン本の呼吸器に吸い込まれていく。すると、山ン本の身体が淡く光りだし、結合部が繋がり、傷口が癒えていく。ものの数秒で、何事も無かったかのように、傷一つない身体がそこにはあった。
「かはっ、はぁはぁ、奥の手だったってのに。」
山ン本には現在、憑依刀で扱える能力は四つあり、入内雀、古籠火、反魂香、鎌鼬がある。能力コピー先は刀になっているため、相性次第ではコピーし損になることも多い。例を挙げると、雲外鏡の能力をコピーしても刀の先から鏡が生み出されるだけなので、かえって邪魔になる。
(もう反魂香は使えないか。)
一瞬、雲外鏡が眉をひそめ、山ン本へ問いかける。
「まさか、お前も妖怪か?」
「だったらどうするよ。」
「相手が何者だろうと、私はお前を殺すだけだ。【割鏡】」
「【憑依刀・古籠火】」
刀から湧き出る炎で身を隠し、攻撃から身を守る。
攻撃が不発に終わったことを確認し、同時に反撃する。
「【炎迅】」
縦に振り下げた炎の斬撃が、雲外鏡へと迫る。
「【反鏡】」
目の前に鏡を生み出す。が、炎の斬撃は鏡を縦に割り、雲外鏡の身体に傷を付け、身体が燃え上がる。
「思った通りだ、鏡より大きいものは反射出来ないんだろ。」
炎が消えた時には、雲外鏡の身体はボロボロになっていた。
「うぅ、正直侮っていた。こちらも奥の手を使うしかないようだな、【無限映】」
雲外鏡の左右に、雲外鏡を映すように鏡が生み出される。あわせ鏡のように。すると、左右の鏡の中から少なくとも十人を超える雲外鏡が現れた。
「無傷が理想だったが致し方ない。」
複数の雲外鏡達が鏡の中に呑まれる。
(さっきのワープか、各々が能力を使えるとしたらかなりまずいな。だが勝機はある。)
「憑依刀・入内雀」
刀が無数の鉄出てきた雀へと変貌し、周囲の鏡へと飛び立つ。そして、雀は鏡の裏へと回りこみ、その鋭利な翼で鏡を砕き割った。出口になるはずの鏡を失った雲外鏡達は、呑み込まれた鏡に戻って来るしか無かった。
「出てくる鏡を絞ってしまえば、どうにでもなるんだよ。【舌切】」
目にも留まらぬ速さで飛んだ雀の群れの翼が、鏡を生み出すよりも早く、的確に雲外鏡達の喉元を切り裂く。
「かはっ、まさか……こんなところで……妖将への道が……」
そう言い残し、地面に突っ伏し、やがて光の粒子となって空気中に霧散した。
「補助能力にしては強かった。俺も実力が足りないな。」
俺は、矢島と野倉の亡骸に向け手を合わせ、他に戦っている仲間の元へ走り出そうとした。
「はぁ、どうやら私は低能な部下を持ってしまったようだ。」
先程まで雲外鏡が居た位置に、軍服に身を包んだ金髪の男が立っていた。
「部下の尻拭いをさせるなんて恥晒しめ、初めから私がやっていれば良かったな。」
「誰だお前。」
「邪魔だ、【屑星】」
男の正面に創り出された結晶が圧倒的な速さで打ち出され、山ン本は、反応も出来ないまま衝突したかに見えたが、かろうじて勘で構えた刀に当たり、軌道を逸らした結晶が肩を掠める程度で済んだ。
「くどいな、【屑星】」
さっきよりも一回り大きな結晶がさらに速い速度で打ち出される。
(あ、死んだ。)
少しでもダメージを減らそうと身体を硬直させ、刀を構える。だが、いつまで経っても結晶が俺の身体を穿つことは無かった。俺の目の前で、漆黒の翼を携えた中性的な人物が降り立ち、結晶を刀で切り逸らしていた。
「烏天狗、再び山ン本様の元へ舞戻って参りました。」