一話 会合
「結月塾の近くで妖怪が出たんだって。」
「あそこの近く薄暗くて気味悪いよな。」
「妖怪事変から妖怪の反乱が活発になったよね。」
「陰陽署は仕事してんのー?」
古部高校の朝は今日も騒がしい。入学して1ヶ月も経っていないのにも関わらず、これほどまでにクラスが賑わっている。僕は、生徒の雑音をbgmに、席に座りながら窓の外をぼんやりと眺めていた。
「おーい、ホームルーム始まるから席つけー。」
ガラガラと扉をスライドさせ、先生がクラスの皆に呼びかける。
「皆も既に耳にしているかもしれんが、昨日、結月塾の近くで妖怪が出没したらしい。皆も今日は日が昇っている内に帰路に着くんだぞー。」
僕達の暮らす世には、妖怪が存在する。彼等は人間に化け、人間社会に溶け込んで生活している。だが、約1年前、突如として、大勢の妖怪による反乱によって、北海道を奪われる形となった。北海道に住んでいた人達は他県に避難し、妖怪に怯える日々を過ごしている。もちろん、陰陽署が総出で出動したのだが、結果は惨敗。妖怪は、人間との対立を確固たるものにしたのだ。この妖怪事変によって、現在、妖怪に対する警戒が強くなっている。
◇
キーンコーンカーンコーン
下校のチャイムが鳴る。
「じゃあ皆気をつけて帰れよー。」
先生の言葉を最後に、生徒たちは次々と席を立ち教室を後にする。
「山本、帰りゲーセン寄ってこうぜ!」
椅子から腰を上げたタイミングで背中の方から声をかけられた。
「おい、妖怪が出た話聞いてなかったのか?流石に今日は大人しく家に帰るよ、すまんな。」
「ちぇー、つまんねーの。じゃーまた明日なー。」
俺の数少ない友達の一人、甘杉はそう言って足早に教室を去った。続いて、僕も教室を後にした。
◇
俺の家は学校から徒歩40分程度の距離にある瓦屋根の、それなりに年季の入った一軒家に暮らしている。
玄関の前に立ち、ガラガラと引き戸をスライドさせると、小さな人影が俺の胸目掛けて飛び込んできた。
「ごろーお帰りー!」
「おぉっ、ただいま。わらしはいい子にしてたかー?」
「うん!今日も平和は保たれた!」
この子は座敷わらしの妖怪、俺の家族だ。
「お帰りー、今日は家に着くの早いね。」
「近辺で妖怪が出たんだって。」
奥の台所から顔だけをこちらに出した彼女は、入内雀の妖怪で、「すずめ姉さん」と呼んでいる。
ちなみに俺は、山ン本五郎左衛門の妖怪で、二人からは、「ごろー」と呼ばれている。
俺達はこの三人で一緒に暮らしている。親の居ない妖怪は、孤独にならないように、こうやって身を寄せあって生活している。
妖怪には寿命は存在せず、死んだ場合、約100年の月日を経て、現世に生まれ変わる。もちろん、前世の記憶を引き継いでいる訳でもなく、姿も異なる。妖怪の大半は身体に妖怪的特徴を持つため、変化で人間にバレないように暮らしている。
俺は、5年ほど前にこの世に生まれ、現在高校生として生活を送っている。
「ごちそー様でした。」
「ごちそーさまでした!」
「ご馳走様でした。」
三人でテーブルを囲んで夕飯を食べ終えると、俺は足早にリビングから出ようとし――
「やっぱり、出没した妖怪のことが気になるんでしょ。」
「あぁ、俺には力がある。止められるなら、手遅れになる前に手は打っておきたいんだ。」
「……分かった。気をつけて行くんだよ。いつも上手くいくとは限らないんだからね。」
「ありがとう。行ってくる。」
◇
僕は玄関から勢いよく飛び出し、既に暗くなった路地を走り抜ける。おおよそ人が出すことが出来ないほどの速度で風を切る。
(こっちから気配がする。妖気の乱れからして交戦してる……相手は陰陽師か……)
より闇が深くなった曲がり角を曲がると、そこには二人の影があった。
(陰陽師に見られるのはまずいな。)
僕は急いで電柱の影に身を潜めた。
「【乙縛幹】」
白の装束に身を包んだ若い青年、陰陽師は、腰に装着したホルダーから印の刻まれた札を取り出し唱える。すると、もう片方の男の足元から木の幹が伸び男に絡みついた。
「締め付けが甘ぇなぁ!」
木の幹は、見えない何かに粉微塵に切り裂かれ、男は陰陽師へと瞬く間に接近し、手を振り上げ爪を立てる。
「【己岩壁】」
陰陽師は新たに札を構え唱える。すると、目の前の地面から岩が隆起し、大きな壁となり男の前に立ち塞がった。だが、その固く分厚い壁は、彼の振り下ろした爪によっていとも簡単に切り裂かれてしまった。
「脆いなぁ!」
「【丁火球】」
岩壁を目眩しにし、人ひとり簡単に包んでしまう程の火球が男を飲み込んだ。しかし、飲み込んだ火球は、破裂するかのように内部から掻き消された。
「危ねぇ、油断はするもんじゃねぇな。」
「くっ、【癸水――」
「遅せぇ!」
勢いよく振り上げた爪が陰陽師の身体を撫でたかと思えば、白の装束の内側から赤い鮮血が舞った。
「その服固すぎだろが。」
陰陽師の男はその場に膝をつき、そして前のめりに倒れた。
「お前は今まで戦った陰陽師の中ではかなりやるほうだった。じゃあな。」
男が右手を振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろした。爪は陰陽師の身体を切り裂くかと思いきや、直前で横入りした刃に阻まれた。
「あぁ?誰だよお前。」
「君の横暴は擁護出来ない。俺は君を生かしておくことは出来ない。」
「誰だっつってんだろぅが!」
横なぎの爪が山ン本に迫るが、彼の手に持つ刀がその爪を弾く。
「お前……妖怪だろ。なんで陰陽師の味方してる?」
「お前は争いを望まない、穏やかに暮らしたいと願う妖怪の気持ちを考えたことが無いのか。」
「知らねぇなぁ!妖怪は自分の欲には逆らえねぇんだよ!お前も妖怪なら分かるだろ?」
「つくづく救えない奴だ。お前、鎌鼬だな?」
「よく分かったな。」
「空気を刃の形に固め放つ、目視出来ないが故に厄介な能力だ。理解した。」
「理解だぁ?原理は分かっても避けられるもんじゃねぇよ!」
鎌鼬は山ン本から距離を取り、空気の刃を放つ。
「【憑依刀・入内雀】」
山ン本の持つ刀の刃が黒く染まり、分裂し、複数の雀へと変貌する。鎌鼬の元へ飛来した雀達は空気の刃と衝突し、空気の刃を打ち消した。そのまま、数で上回る雀の群れがかまいたちの身体に追突する。
「ぐぁっ!」
雀に接触した身体の複数箇所から血が舞っていた。
(雀に……斬られた!くそっ、どうなってやがる!)
「【憑依刀・鎌鼬】」
雀が鞘に集まり、刀の形に戻り、刀が薄緑色に変貌する。山ン本は、刀を前に構え、頭上の高さに待ち上げ、一気に振り下ろした。途端、十メートルは離れていたであろう鎌鼬の胸から、まるで刀で斬られたかのように赤い鮮血が舞う。そのまま、かまいたちは地面にうつ伏せに倒れた。
「がっ、な……どうなってやがる……それは……俺のもんだぞっ!」
「俺の能力は、刀を顕現し、相手の能力を理解することで習得することができる。」
「ず、ズルだ!卑怯だっ!」
「なんとでも言え。」
俺は、そのまま刀をかまいたちへ振り下ろそうと――
「待った。」
陰陽師の男は呼吸を整えながら立ち上がった。
「その妖怪、こちらに任せてはくれないだろうか。」
(え、どうしよ、顔見られたんだけど。気絶させるか?)
「見たところ、君も妖怪のようだが、助けてくれた恩がある。見逃そう。取引しないか?」
「なるほど、ならばこちらからも一つ提案があるんだが良いか?」
「できる範囲であれば。」
「俺を、陰陽署に入れてくれないか?」
「は?」
「俺は、妖怪の未来のために自分の力を使いたいんだ。今日みたいに陰陽師に接触すると面倒だし……どうだ?」
「え、どうだろう、俺、地位高くないし……勝手なこと出来ない……」
「確かに……」