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夜会の当日。
マリオ・ガーランドとアレン・ルミナスにエスコートされた美しい女性は、会場に入った瞬間に今宵の主役となった。皆、アリアの美しい姿に目を奪われている。
男達はガーランドとルミナスの公爵令息に怯み、アリアに近寄れない。
女達は憧れのマリオとアレンを独占するアリアに嫉妬する。
何も知らないアリアは、煌びやかなシャンデリアや会場の装飾に目を輝かせて見ていた。
「アリア、さあ僕と踊ろう。」
アレンがアリアの手を強引に取った。すかさず、マリオはその手を払いのけ、アリアを抱き寄せた。
「アレン、俺か先だ。」
「ずるい!僕が先に踊りたいよ!」
またマリオにアリアを取られて、アレンは激怒した。
「2人とも待って、私この靴でも踊れないわ。」
「あれ?アリア、靴擦れしてるよ。大変だ血が滲んでる。」
アレンは急いで、彼女を座らせ足の怪我を見た。
ジャックから貰った白い靴を血で汚してしまい、アリアは暗い顔をした。
遠くから女達の笑い声が聞こえる。
「見てよあの子、子供の靴を履いているわ」
「うそ、あの娘ヒールも履けないの?」
「アレン様に足を触らせて、はしたないわ。」
アリアは女達の嘲の声に気がついていた。やはり、貴族達の集まりに身分の無い者が居てはいけない。どうして当たり前の事が、わからなかったんだろう。急に恥ずかしくなった。
マリオはアリアを見つめ、グラスに入ったワインを一気に飲み干す。また新しいグラスを持つと、自分の足に溢した。
2人はマリオの行動を不思議そうに見ていた。
「おっと、俺も靴が汚れようだ。アリア、裸足で踊ろう。」
マリオは強引にアリアの手を取り、裸足でダンスの輪に入った。マリオのリードに身を任せるまま、2人は会場の真ん中を陣取り音楽に合わせて踊った。
「ふふ。あなたって本当に強引よね。」
「でも俺と一緒だと楽しいだろ?」
「…ええ、確かに。」
アリアは笑顔を取り戻し、練習したステップを披露した。時折、お互いの足を踏むが、気にせず楽しく踊る。
そして曲のクライマックスに、マリオは足を止めた。
「マリオ、どうしたの?」
「俺と結婚しよう、アリア。このまま君を南部に連れて帰りたい。」
真剣なマリオの瞳をアリアはじっと見つめる。
「…ええ、いいわ。あなたについて行く。」
その返答にマリオの目が潤んだ。喜びで抱きしめると、アリアも離さないようにと背中に手を回す。
周りは華麗に踊る中、2人だけは違う時間が流れる。自然とお互いに顔を近づけて、口づけを交わした。
その光景をアレンは立ちすくみながら見ていた。後ろに父親がいるのにも気が付かない。
「アレン、マリオと一緒にいる娘は誰だ?」
「…父さん。マリオとジャックを救った娘だよ。僕、あの子とどうしても結婚がしたいんだ…。」
「ああ、あの娘だったのか。…化けたものだな。アレン、あの娘の事は忘れなさい。王が欲しがっている。」
アレンは父の言っている意味がわからなかった。
ただ、今はアリアがマリオとキスをする姿に打ちのめされ、何も考える事が出来なかった。
※
「アリア、父が来ているんだ。紹介しよう。」
ダンスが終わると、マリオはアリアの手を取り父の元へ向かう。すぐに赤い髪の体格の良い男を見つけた。彼がドルフ・ガーランド公爵、南部の統治者だ。
「父さん!俺の結婚相手を紹介したい。」
突然、息子から直球な言葉が出てガーランド公爵は、がははと豪快に笑い出した。そして、自分に少し怯んでいる2人を優しく見つめた。
「息子よ、お前が愛した女なら、俺は誰だろうと受け入れる。マリオの花嫁さん、お名前は?」
「アリアです。…苗字はありません。」
苗字が無いと聞いて、「ふむ」とガーランド公爵は何かを考える。
マリオは身分差で反対されようと、絶対にアリアと結婚する気でいる。彼女の手を強く握りしめた。
「アリア、君にはもう『ガーランド』と言う苗字があるじゃないか。次に名を聞かれたら、きちんと『アリア・ガーランド』と名乗りなさい。」
父の言葉に2人は安堵した。
「はい、お義父様。これからは必ず、私は『アリア・ガーランド』と名乗ります。」
アリアの微笑みに、ガーランド公爵は口元を緩ませた。
「今日はめでたい日だな。ちょうど、王もいるから挨拶に行くか。」
王はこの会場には居なく、玉座の間に居た。父に連れられ、2人は王と謁見するため城の奥へと入って行く。
玉座にはウィリアム王が座り、その隣にはメラニー王妃が座っていた。王の近くにはアレンの父、ロベルト・ルミナス公爵が居た。
「ドルフ!待っていたぞ。早く近くに寄れ。」
王は酒を飲み、ご機嫌だった。正式な挨拶もさせずに、早く近くに来いと言う。ドルフ・ガーランド公爵は様子のおかしさに気づき始めた。
「陛下、息子が結婚をするので少しご挨拶に伺いました。」
「その花嫁の顔をよく見せろ。」
王のその一言にドルフは一歩後退りをする。
しかし、2人の兵士がマリオからアリア引き剥がした。何事かと思い、マリオは抵抗するが、複数の兵士に制圧される。
アリアは状況が理解出来ないまま、兵士に拘束され、王の元に引きずられた。
「やはり近くで見ると、とんでもない美しさだ。素晴らしい、こんな女見たことがない。」
酒臭い息をかけながら王はアリアを舐めるように見た。
「陛下、彼女はせがれの嫁です。どうか、長年仕えて来たガーランド家に免じて見逃して欲しい。」
王はドルフ・ガーランドの発言に機嫌を悪くした。
「ドルフ、暫くお前の顔は見たくない。お前と南部の人間は今後5年間は王都に入るな。その代わり、3ヶ月に1度だけ税を納めに息子だけはこの地に踏み入れる権利をやろう。」
「陛下っ!」
「ドルフ、早く王都から去れ。明日からはお前も南部の人間も王都に侵入したら即刻死刑だ。」
「アリア!!アリアを離せ!!」
マリオは叫んだ。アリアもマリオの名を叫び、抵抗する。
しかし彼女は兵士に西の塔へ連行された。
「はぁ、うるさい息子だな。次に叫んだら舌を切れ。」
王のその言葉に、マリオは歯を食いしばる。父も怒りを食いしばり、王に背を向けて、親子は部屋を出た。
玉座の間は、王がゲタゲタと汚く笑う声が響いた。メラニー王妃は終始、無表情のまま王の隣に座っている。
※
玉座の間から出ると、マリオは狂ったように叫んだ。父はそんな息子を殴り黙らせた。鼻から血を流してもマリオは父に掴みかかる。
「一体これはどう言うことだ?親父、説明しろよ!アリアはどうなるんだ?!」
父は更にマリオを殴り、喋らせないようにした。首根っこを掴むように、引きずり馬車に乗せる。抵抗するマリオはまた殴られて、意識を失った。
目が覚めると、馬車は南部に向かっている。
馬車には父と2人だけ。ここには本当はアリアが乗っていたのに…。
マリオの目から涙が溢れた。父の前で彼は泣き叫ぶ。
「俺が王を殺す。アリアを助けるんだよ!早く王都に戻せよ!」
父はマリオを憐みの目で見ていた。
そして、息子にとどめを刺すかのように、王の秘密を話した。西の塔に側室達を集め、王の秘密のパーティーが開催される。そこに参加出来るのは、金と権力の持った変態達だった。ただ女たちを陵辱するだけではない。時に犯した女を殺し、愉しむ場所でもあった。
マリオは絶望に落とされ、また壊れたように泣き叫ぶ。
「お前が本当にアリアを愛しているなら、力をつけろ。王を殺せない不甲斐ない父親で申し訳ない。でも、お前の愛が本気なら、俺はお前に全ての知恵を授け、お前の駒にもなってやる。」
「親父、…俺が王を殺す。あの国を滅ぼしたい。アリアを奪い返したい!!そのためなら、俺はなんだってやる!!」
ドルフ・ガーランドは息子の願いのために全身全霊で尽くそうと決意する。例え、反逆罪で処刑されようとも、この命尽きるまで息子のために尽くすのだ。
「北部も王都も10年以上は戦争をしていない。平和ボケした国だが数が多い。俺たちは金と戦力を増やそう。あの国を囲むために周辺国を制圧する力が必要だ。俺には息子はもうお前だけだが、戦い方を教えてやる。」
ドルフ・ガーランドの統治する南部は海に面している。幾度となく海を渡ってくる他国に狙われていた。子供達はその戦いで失っている。ガーランド家を継ぐ子供はもうマリオしかいなかった。
「マリオ、王都を侵略するためにも俺たちには港が必要だ。海の向こう側に海上戦力が長けた国がある。その国王の娘を未亡人にしてやるから、お前のその顔を使って娘と結婚しろ。」
「…何を言っているんだ。俺は、アリアと結婚する。」
父はため息を吐いた。まだ何もわからない息子に、王を殺す強さをこれから教えなければならない。
「アリアのためにお前は何でもすると言ったな。だったら頭を使え。命は一つしか無いんだ。闇雲に王都を襲撃した所で殺されるだけ。自分を欺いてでも己の使命を果たせ。他国を侵略し戦力を増やすために、俺たちには今は港が必要だ。」
「…わかった。俺はアリアのためなら何だって出来る。」
その日からマリオの顔つきが変わった。父に海上と陸上での戦い方を学び、実践する。
そして父は言った通り、海を隔てた小さな国の娘の婿を暗殺した。赤子が生まれたばかりで未亡人になった娘は嘆き悲しんでいる。マリオは甘い言葉で彼女に近ずき、再婚させるのに時間は掛からなかった。
時を見て、その国も自分達の支配下に入れるつもりだ。マリオはこうして時に頭と恵まれた容姿を利用して、無駄な労力も使わず戦力を増加させた。
父は3年以内にアリアを奪還すべく王都の襲撃を考えていた。
でも、マリオは焦っていた。
「3年は長すぎる!王都を制圧出来なくても良い、アリアさえ奪還出来れば十分だ!」
「アリアを奪還出来たとして、次の日には南部は狙われる。独立するためには確固たる力が必要だ。目先の事だけを考えるな。」
いつも父とはこの話で衝突する。歯を食いしばる息子に、父はあるリストを渡した。
「これはお前が殺すべき人物の名前だ。西棟に入り浸る変態達のリストだ。」
マリオはそのリスト載る名前を見て震え、言葉を失った。
「息子よ、万が一アリアを失ってもこのリストに載った人間は全て殺せ。根絶やしでも構わない。」
「ああ、勿論だよ。こいつらは全員俺がぶち殺してやるよ。」
マリオは狂ったように笑い出した。悪魔に取り憑かれたように「殺してやる」と楽しそうに言う。
戦場での息子は、今のように楽しそうな顔で鏖殺する。死を恐れず、敵陣に突き進む。神ではない、悪魔にその身を守られているのだろうか。返り血を浴び、更に生き生きと殺しを愉しんでいた。
息子は悪魔に取り憑かれたのではない、悪魔そのものに姿を変えた。
ドルフ・ガーランドは、息子の生まれ持った戦士としての能力を認めている。
だが、変わり果てたマリオを寂しそうに見つめた。




