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1.


 北部の冬の嵐は峠を越えた。まだ大地は真っ白な雪に覆われて、外はまるで銀世界のようだった。

 でも、陽射しは毎日暖かくなっていた。確実に春は少しずつ近づいてきている。



「アリア、次のタイミングで回って。」


 ジャックのリードでアリアは優雅に回ると、水色のシルクの美しいドレスがふわりと舞った。

 そして優しくアリアの手を取り自分の元に引き寄せ、ステップを踏む。


「ふふ、やっぱりジャックのリードが1番安心出来るわね。」


「 うん……。」


 愛らしいアリアの微笑みを見たら誰しもが頬を染めるだろう。でもジャックは顔色一つ変えないで、小さく頷いた。


「その足、切られずに済んで本当に良かったわね。」


「ああ、君があの時、医者を止めなかったら大変だったよ。」


 遭難から救出された日、ジャックの怪我をした足は凍傷のように傷口から変色していた。

 医者が切り落とすしかないと、ノコギリを持った時は、母親はあまりのショックで気を失って倒れてしまう。騒ぎに駆けつけたアリアは、ジャックの足の変色は獣の罠に付けた毒だと医者に伝えた。

 だが、無味無臭で無色の猛毒に色を付けたと説明しても医者はアリアの言葉を信じなかった。だが、ジャックの父グレア・フランドル公爵はアリアの言葉を信じ、結果息子の足は切断しなくて済んだのだ。


「オラっ、そこでお終いだ。次は俺の番だぞアリア」


 マリオはダンスホールに置かれたカウチに寝そべり、2人が楽しそうに踊るのを見て嫉妬した。強引にアリアをジャックから奪う。

 アリアの細い腰を掴み簡単に持ち上げ、くるくると回ってみた。


「もう!下ろしてよマリオ。あなたとはさっきも踊ったでしょ。」


「もう俺の番だ。ジャックはバイオリンでも弾けよ。アレン、次はテンポ早めの曲にしろ」


「えーーー!僕もアリアと踊りたい!2人ともずるい!ずるい! もう、ピアノ疲れたよ。」


 アレンはずっとピアノを弾き続けて指が攣りそうだ。それなのにジャックはマリオの言いつけ通り自分のバイオリンを持って近寄ってくる。


「ちょっと、本当にさ勘弁してよージャック!お前はいつもマリオの言いなりなの?」


「あと、一曲だけ。アリアのダンスの上達を見よう。」


 ジョンとアレンは、マリオに振りまされながらも、無邪気に笑う愛しいアリアの笑顔を眺めていた。

 このダンスホールで、ピアノとバイオリンの二重奏の調べに小鳥が囀るように、アリアの笑い声が美しく響き渡る。



「来月、王室の夜会があるんだ。アリアを連れて行ってもいいかい?」


 アレンは嬉しそうにアリアを誘った。


「アレン、ナイフ一本で獣を解体できる私が、そんな高貴な所に行けるわけが無いでしょ?」


「そんな事ないさ!アリアはもう令嬢のようにダンスを踊れるし。それに、この国で誰よりも美しいんだよ。一緒に行こうよ!」

 

 まだ目を輝かせて、引かないアレンにアリアは困った顔をした。


「でも、私はハイヒールを履いてダンスすることが出来ないの。さっきも皆んなで裸足で踊ったでしょ。」


 アレンを悲しませないように、やんわりと断った。


「そんな事、気にするなよアリア。俺たちと行こうぜ。」

 

 マリオが2人の会話に割り込んだ。


「マリオ!ダンスは絶対に交代制だからな。今日みたいにアリアを独り占めするなよ。」


 アレンは今日一緒にアリアと踊れなくて、不機嫌になった。


「おい、ジャック。お前は許嫁と行くんだろ?じゃあ、俺たち2人でアリアをエスコートだな。」


 ジャックは何か言いたそうな顔をするが無言だった。こっそりとアリアはジャックに近づく。


「ねえ、ジャック。勝手に行くことになっちゃったけど。この間、紹介してくれたエレナさんとみんなで一緒に行きたい?」


「あ…。俺はいいよ。一応、許嫁だけをエスコートするのがマナーだから。」


 ジャックはアリアの何げない気遣いが嬉しかった。少しだけ、勇気を振り絞りジャックはアリアの耳元で囁いた。


「今日、寝る前に君に渡したいものがあるんだ。部屋に行ってもいいかい?」


「ふふ、何かしら。うん、待ってるね。」


 マリオはジョンとアリアが2人だけで何か内緒話をしているのが気に入らなかった。


「おい!お前ら何話しているんだよ?」


「ベー、マリオには秘密〜。」


 アリアはの笑顔は、やはり可憐で可愛い。

 野生の馬に鞍もつけないで乗りこなし、熊をも仕留める力を持った少女には到底見えない。

 ジャックは独り、静かに自分の部屋に戻った。


 その夜、ジャックはアリアの部屋を訪れた。ノックをすると、すぐに扉が開く。寝巻き姿の無防備なアリアが目に入る。


「あの、…これ。君に渡したくて…。」


 ジャックは白い箱を彼女の前に差し出した。アリアは「何だろう」と受け取り、箱を開けた。その中には白い刺繍が施されたヒールのない綺麗な靴が入っている。


「ヒール苦手だろ?これを履いて夜会に行くといいよ。」


「いつも、ありがとう!ジョン!! これもマルクスさんのデザインなの?」


「ああ、そうだよ。夜会に行く君のドレスもあるからね。それに合わせた靴なんだ。」


 マルクスはフランドル家に仕える有能なデザイナーだ。アリアの着ている服は全て彼が手がけ制作したものだ。


「マルクスさんは忙しくていつも会えないけど、ありがとうと伝えてね。」


「ああ、もちろんさ。うちには若い女性がいないから、彼は久しぶりのドレス作りに熱心だよ。」


 2人は談笑していると、マリオが現れた。


「ジャック、珍しく楽しそうじゃねーか。こんな時間にお前ら何やってんの?」


 ジャックはマリオを見て顔をそらした。「別に」と小さく言って、すぐに自分の部屋に戻って行ってしまった。


「ねえ、マリオ!なんでジャックを威嚇するの?居候の分際で生意気よ?」


「威嚇?はっ、してねーよ。素がこれなんだよ。それに、居候じゃねーし。ここにはバカンスで来てるんだ。立ち話は良いから部屋に入れろ。」


 マリオとアレンは遭難の一件から互いの領地には戻らず、フランドル家の別邸に居座っている。

 づかづかとマリオはアリアの部屋に入った。ベットは綺麗でシーツのシワが一つも無い、ベットメイクしたままの状態だった。


「はっ。やっぱりクローゼットで寝てるんだろ?」


「…うん。」


 アリアはジョンに連れて来られた、この広い部屋で独りで寝るのが嫌だった。

 遭難から救助された日、元気そうだったマリオは疲労で倒れる。目が覚めるとこの別邸に運ばれていた。アリアを探そうと起きた時、クローゼットに人の気配を感じた。剣を構えすぐに開けると、大きなクローゼットで身を小さくして寝ているアリアを見つけた。彼女は広い部屋では寝付けなかったようだ。

 アリアは部屋に戻ると必ずこのクローゼットに入り時間を過ごしていた。

 この事はマリオしか知らない。毎晩、皆んなが寝静まった頃にマリオはアリアの部屋訪れる。


「ほら、来いよ。そんな所で寝てたら窒息するぞ。」


 マリオはいつものようにベット横の床に厚みのある敷物を引いた。2人はふかふかのベットは使わずに地べたに寝転がるのだ。アリアはこの硬さが落ち着く。


「マリオ、いつもごめんね。別に毎日来なくても良いんだよ?」


「何言ってるんだよ。愛している女のためだ、俺はお前のためなら石の上でも寝れるぜ。だが、もう雪の上は勘弁だな。」


 マリオは会ったその日から、アリアに愛を囁いている。一目惚れだの何だのと、アリアが好きだとはっきりと伝える。南部は情熱的な男が多いと言うが、マリオもまたそう言った類の男だった。

 アリアは愛だの恋だのが、まだよくわからない。生まれて祖父しか人を見たことがなかった。閉鎖された雪山の中から出て、アリアは()と言うものを知る。

 でも決して、マリオの好意は嫌では無かった。少し強引な所もあるが、彼の優しさは心を落ち着かせる。


「マリオはおしゃべりよね。今日も南部の事を教えてくれるの?」


「今日はお前の話が聞きたい。この間の雪山の続きをしてくれよ。」


「ああ、雪山伝説シリーズね。いいわよ、今日はね、」


 今夜のアリアは、北の最果ている狼の番の話をした。狼の群れの頂点に君臨する伝説の白い狼。白の狼には必ず黒の狼が番いになる。番いから生まれた白の狼だけが伝説の狼として育てられ、その森のを支配する王となる。白色では無い狼が生まれると母親が噛み殺すのだ。伝説の白狼に森の動物たちは誰も逆らえない。そして人間は選ばれた者しか伝説の狼を見る事が出来ないのだ。

 その話を聞いて、マリオは思った。


「ふーん。選ばれた人間しか伝説の白狼を見れないなら狩るのは難しいな。どんな奴が選ばれし者なんだ?」


「んーと、確か伝説の狼と同じ色の金色の瞳をした人だって。おじいちゃんが言ってた。」


「じゃあ、俺たちは絶対見れないな。あと、気になるんだが。何で母親は白色以外の狼を殺すんだ?自分が産んだ子供だぞ?」


「自分の子供だとしても殺さないと、他の子供達が白狼を食べちゃうんだって。何故かは私にもよくわからないわ。」


「あー、なるほどな。アリアの爺さんは人間の欲や汚さを教えたんだよ。」


 アリアはマリオの言っている意味がよくわからなかった。


「欲ってなに?」


「人間には沢山汚い欲があるんだ。」


「マリオにもあるの?」


 マリオは少し考えながら言った。


「俺もいっぱいあるよ。アリアを俺だけのものにしたい。独占したいし、今だって愛欲に溢れてる。」


 益々、マリオの言っている事がわらなかった。

 アリアの不思議そうな顔を見て、マリオは残念がる。


「お前にはまだ早いのか?いや、もう十分に身体は育ってるのにな。まあ、俺が追々わからせるよ…。」


 マリオはアリアに触れたい気持ちを常に抑えている。女に困った事のないプレイボーイで有名な男が、アリアの前ではただの男達の1人にすぎない。

 今は嫌われないように、他の害虫が付かないように、慎重に好かれようとしている。


「なあ、また伝説の白い熊の話を聞かせてくれ。」


「えー?!またお爺ちゃんを食べたアルビノの熊の話?」


「ああ、お前が報復で殺して、毛皮にした話は何度聞いても面白いんだ。俺たちはその熊を探しに遭難して、熊の正体がお前だったのも笑える。」


 しばらく2人は会話を楽しんだ。

 アリアはマリオの生まれた南部の話を聞くのが大好きだ。見た事のない、花や虫に動物。気候も違い雪が降らないそうだ。そして、海と言うものを想像するのが好きだった。一度でいいからマリオと一緒に見てみたい。




 アリアが人間の欲で絶望の闇に堕とされた時、希望を見出すために、いつも思い出すのはマリオが生まれ育った南部の話し。そして、口癖のように、南部に連れて行くと約束する時の彼の笑顔。

 マリオはまるで太陽に愛されたような人だった。笑顔が輝いて、いつも希望に満ち溢れていた。

 アリアは彼を思うと、心が温かくなる。もう一度会いたいと切なくなる。

 首に鎖をまかれ、アリアが入れられた獣の檻が明るい場所に運ばれた。目の前の光景に絶望しながらも、マリオの笑顔をまた思いだす。


「…マリオ、私も愛しているわ。」





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