アレン・ルミナスの記憶
吹雪の中、僕はただ真っ直ぐに雪山を下山した。
最後までマリオは1人で行くなと僕を止めたけど、ジャックの顔色がだんだんと悪くなっているのを見たら、じっとはしていられなかった。
こんな事になってしまったのも全部僕のせいだ。マリオとジャックに迷惑を掛けて申し訳ない想いでいっぱいだった。
このまま、父の所へ辿り着けないで、彼らを死なせてしまったら…。
そんなのは嫌だ。
生きた心地がしないまま、視界は真っ白なのに、ただ前進するしか無かった。
次に目を開けると、ジャックの屋敷に居た。
目を覚ました僕に気付いた母は泣いて喜んでいる。
「母さん、ジャックとマリオは?! 僕はどうしてここに居るんだ。」
「アレン! ああ、神様、本当にありがとう御座います!」
「母さん!ジャックとマリオは助かったの?!」
母は神に感謝の祈りを捧げ、僕の質問に答えてくれない。
直ぐに、寝かされていたベットから飛び起きた。
窓を覗くと、外は人集りで騒がしい。
母の静止を振りきり、外に出た。
「ジャック!!」
人集りをかき分けると、ジャックが担架で運ばれているのが見えた。
ジャックの父さんは声をかけ、彼はそれに応えていた。
ジャックは助かった。でも、マリオの姿が見えない。
一瞬、安堵したものの、また胸騒ぎが止まらない。心臓の音が早くなっている。
「マリオ! 誰か教えて下さい!マリオは助かりましたか?」
「アレン様、申し訳御座いません。私共にはまだ状況がわかりません。」
近くに居た使用人達はまだ、マリオの安否がわからなかった。
マリオの名を叫び、更に森の方に居る捜索隊を目指して走った。
「アレン! こっちだ、馬鹿野郎。」
聞きなれた、嫌味たらしい声で僕を呼ぶ。
「マリオ!!良かった、ごめんね。僕のせいで、」
泣きながら、彼の元へ走った。
マリオは誰かの手を取りながら自力で歩いていた。
その人は毛皮のフードをかぶっていたので遠目では顔がわからなかった。
近くまで行くと、マリオが手を繋いでいるのは女性だった。
その人は、金色の髪と宝石の様な赤い瞳を持った美しい女性だった。
「あなたが、アレンね 無事で良かったわ。大変な事になったけど、もう大丈夫ね。」
僕を見ながら、彼女は微笑んだ。
こんな美しい人を見たのは初めてだった。
マリオの無事を確認し、やっと安堵する事が出来ると思ったのに、心臓がまだ高鳴っている。
「アリア、行くぞ。」
マリオは、その子をアリアと呼び、強引に手を引っ張った。
「待って、マリオ。あなたはもう家に帰れたし、私も自分の家に戻るわ」
「何言ってるんだ、アリア。お前を1人であの雪山には行かせないぞ。それに、公爵の子息の命を救ったんだ 屋敷で褒美を貰え。」
アリアはそんなの要らないと拒み、森に帰ろうとしていた。
僕は咄嗟に、両手でアリアの手を掴み懇願した。
「僕からもお願いだ。君はジャックとマリオを救ってくれた。今日はどうか一晩泊まって、僕たちの感謝を受け取って欲しい!」
アリアは困った顔をしていたが、渋々僕らの願いを受け入れてくれた。
僕ら3人はジャックの屋敷に向かう。
屋敷に戻ると、マリオはアリアの側を離れようとしなかった。
でも、彼は元気そうに見えたが思った以上に身体へのダメージが酷かった。僕は幸いにも、目覚めてから快調だった。
2人の代わりに、その日は僕がアリアの側に居た。
暖かい部屋で暖かな食事をし、アリアから雪山での話を聞いた。
君の仕草や、話し方、全てが見惚れてしまう。
妹たちが読んでいた本には、王子様は大抵は主人公に一目惚れする。彼女達は夢中で読んでいたが、現実はそんな事は無いんだ。
心の中で否定していたのに、まるでその物語の様に、僕はアリアを一目見て恋に落ちた。
妹たちと同じく僕も、あの物語のように愛する人と永遠に幸せになる事を夢見てしまう。
※※※
今でも鮮明に思い出せる。僕とアリアの出会いはあの日の夜だった。
君への恋心が、僕を狂わせたんだ。
どうしても、君を手に入れたい。
どんな形であろうとも、何かを犠牲にしてでも、君を僕の物にしたかった。
アリアが僕を選ばなくても、僕はどうしても君が欲しい。
子供の我儘のように、諦める事が出来ずに喚き散らして、周りに迷惑をかける。
僕も、そんな子供のように振る舞ってしまい、アリアを酷く傷つけた。
マリオとジャックも傷つけて、僕らはもうあの頃には戻れなくなってしまった。
全ての元凶は、全部僕なんだ。
マリオを悪魔に変えて暴走させた。
でも、最後に手に入れた君だけは、どんな犠牲を払ってでも渡さない。
君を僕の物にするためなら、悪魔にいくらでも生け贄を渡せる。
ああ、マリオは悪魔なんかじゃ無い。
彼はお姫様を助ける白馬の王子様で、僕がこの物語の悪魔になっていたんだね。