マリオ・ガーランドの記憶
「おい!ふざけんじゃねーぞ!!何でテメェの領地で遭難してんだよっ!!」
強烈な吹雪はマリオの叫びを虚しく掻き消した。
うなだれるジャックは右足を負傷しており、もうこの雪山を下山する力は無かった。
「マリオ、もうこれ以上進むのは危険だ。避難する場所が無いなら穴掘るしかないな…」
虚な目でジャックは地機を這いつくばりながら手で雪をかき分け始めた。
俺たちはこの国の三大公爵家のご子息様だぞ?なんでこんな様になってやがる…!
いつもスカしたジャックが、俺の目の前で惨めな姿を晒している。
指をさして笑ってやりたいが、そんな状況では無い。生きるか死ぬかの瀬戸際まで俺たちは追い詰められている。
「ジャック!3日も救援が来ねーから下山したのに、次は雪かき分けて穴ほれだと?ふざけんじゃねーぞ!!」
「お前は南部の人間だろ?いいから、大人しく北部の人間に従え。」
ジャックの顔色は悪く、負傷した足は凍傷で恐らくもう動かせない。彼に死の匂いが近いと悟った。
俺は悪態を吐きながらも言われるがまま、手で足元の雪をかき分け始めた。
畜生、ジャックの馬鹿が狩用の罠にハマりやがって…。そもそも事の発端は、アレンが雪熊見てぇとか言いやがったからだ!
王家と御三家が集まり伝統行事の一つ、狩猟大会が行われた。今年は北部での開催で雪うさぎや狼を狩る。
だが北部の伝説、雪熊という白い毛皮の熊がいるらしい。極寒の地に居る白熊とは違い、その熊は北部の森の神と言い伝えられていた。
俺はおとぎ話には興味が無いが、アレンがうるさいのでこんな山の奥まで来てしまった。
奴は3日前に救助を呼ぶと1人で下山した。
その後、止まない吹雪。
あいつは狼や熊に喰われて死んでいるかもしれない。
俺たちはもう体力的に限界だ。救援を待っていられる時間はもう無い。ジャックを引きずって移動したが、予想以上の吹雪でこの有様だ。
「…!…!…マリオ!!」
無心で雪をかき分けていたのでジャックが呼ぶ声に気づかなかった。
「マリオ…止まれ、あれを見ろ…」
ジャックの震える指先には、得体の知れない白い毛皮の生き物。あれは伝説の熊なのか?
その獣は、こちらにゆっくりと近づいている。
「マリオ、逃げろ。もう俺は助からない…喰われている間は時間稼ぎくらいには役に立てる。」
「お前はもう黙れ!それ以上喋ったら俺がお前を殺すぞ!」
それ以上お互い何も言わず、迫る「死」を覚悟するしか無かった。
ジャックを置いて逃げた所で走る体力も無い。
正直に言えば剣なんて握る力すら、俺たちにはもう無いのだ。
ただ最後にあれが伝説の白い熊なら、この目に焼きつけて死んで行くのも悪くはない。
「あなた、歩ける?」
女の声。
よく見ると、ソレは全身を白い毛皮を纏った人間だ。
「その人、このソリに乗せて。2人で引くよ。」
混乱して返事が出来なかったが、生き延びるために女の指示に従った。
ジャックはついに目を閉じ動かなくなった。死んでしまったとしても置き去りには出来ない。俺は必死に女とソリを引いた。
どのくらい歩いたのか、気付けば小さな小屋に辿り着いた。
中に入ると女は手際よく暖炉に火を灯した。
徐々に燃え上がる炎を見て、俺はまだ死んでいない、生きているのだと安堵した。
彼女は毛皮のフードを脱ぐと、金色の長い髪が現れた。その美しい髪は黄金に輝いている様に見えた。
俺の方を振り向くと、その髪がキラキラと光っているような気がした。
彼女の瞳は赤色で、暖炉の火で揺らめいていた。まるで赤い宝石の様だった。
今まで見た事のない美しい顔。
女神が目の前に現れ、俺を救ってくれたのか?信仰心のない俺は、この日初めて神の存在を認めた。
「私はアリア。あなたの名前は?」
「っ…お、俺は、マリオ……マリオ・ガーランド」
必死に彼女に答えた。声を出す力も無かったのだろう。
俺はそのまま意識が遠のき、死んだ様に眠った。