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『尊い5歳児たち』シリーズ【電子書籍発売中・コミカライズ決定】

【3/25電子書籍配信】尊い5歳児たちが私に結婚相手を斡旋してきます~本当に結婚式準備中~

いつもお読みいただきありがとうございます!

2/14は頼爾らいじのデビュー3周年です!そのため、尊い5歳児シリーズの第3弾をアップしてみました。

 穏やかな光が部屋の中に降り注ぐ暖かい日のことだった。

 尊いお二人の珍しいほど興奮したはしゃぎ声が部屋を満たす。


「きれい! アガシャ、きれい!」

「しってるぞ! おにーさまがいってた。まごにもこしょー……ん? まごにもいしょー?」

「でんか、どーゆーいみですか?」


 目を輝かせて、私のウェディングドレスの裾を小さな手で恐る恐る触っていたダリアお嬢様がクリス殿下を振り返る。

 殿下は知ったばかりの単語を披露したかったようで得意げにしていたが、意味を問われると怪訝な表情になった。


「ん? えっと……えっと……あれ、おにーさまにはまごはいないぞ?」


 殿下は「馬子」を「孫」と勘違いしているのか。

 でも、今の私の状態が馬子にも衣装であることは否定しない。


 現在の状況を説明しよう。

 私は仕事中にもかかわらずウェディングドレスの試着中だ。

 なぜこうなったのか。

 全部説明すると長いのでかいつまむと、お嬢様にウェディングドレスはどんなものになったのか聞かれ、口頭で説明したけれど私の説明が悪くなかなか伝わらず。


 ドレスができあがっていると知ったお嬢様の「ドレスがみたい!」コールが五日間ずっと止まなかったので、食事中に見かねた奥様が「ここで試着したらいいじゃない。私も懐かしいから見てみたいわ」とおっしゃったのだ。


 お嬢様は現在五歳。公爵夫人がご結婚されたのはまだたったの十年前。

 懐かしいと表現するにはまだまだ最近である。


「まぁまぁ、王太子殿下はそんなことをおっしゃるのね」


 試着を言い出した奥様は微笑を乗せてお二人の会話に口を挟んだ。今日は珍しく社交や外出予定もなく、お二人のお茶会に同席していらっしゃる。

 お嬢様は奥様が同じ空間にいらっしゃるのが嬉しいようで、殿下と喋っては奥様の方にチラチラ視線を送るということを繰り返しているのだ。

 クリス殿下はそれが面白くないらしく、お嬢様の気を引こうと今日は特に頑張って面白いことをされている。「まごにもいしょー」も、お嬢様の気を引きたくて覚えたての言葉を必死に披露されたのだろう。


 正直に言って、お二人のあまりの可愛さに私は自分のドレスどころではない。


 奥様の言葉で殿下は「馬子にも衣装」があまり良くない意味だと察したようだ。バツが悪そうに私から目を逸らして視線を床に落とす。ふわふわの輝く金髪もしおれていくように見えてしまう。


「あぅ、えっと……」


 殿下は手の人差し指をいじいじとこすり合わせた。


「いえいえ、殿下。私も自分でも馬子にも衣装だと思います」


 偉そうにしている殿下も、バツが悪そうにしている殿下もなんと可愛らしい。


 鏡はちらりとしか見ていないが、ドレスが美しすぎて私の地味顔が恥ずかしくなった。

 そもそも、長い裾も踏みそうだし歩いて大丈夫だろうか。式の最中にうっかり転んで足をくじかないだろうか。繊細なレースをどこかにひっかけて破かないだろうか。


「クリスでんか、アガシャとってもきれいですよ?」

「うん、ダリアのつぎにきれいだ」


 サラリと出る素直な言葉に、私と同僚侍女であるロキシーとエマのテンションは上がる。

 お嬢様はパッと嬉しそうに顔を輝かせて、奥様の反応が気になるらしくチラリと見た。その瞬間、殿下がちょっと唇を尖らせたのをしかと目撃した。

 こうして見ていると、クリス殿下は本当にダリアお嬢様のことがお好きなのだ。


「アガシャ、とってもきれい。ね、ロキシー、かみのけもおろしちゃって」

「お、お嬢様。まだ仕事中ですから」

「あら、いいじゃない。メイクまでは無理でも、ドレスと髪型を合わせないとせっかくの試着の雰囲気が出ないでしょう。ロキシー、新しい髪型を試しなさい。ダリア、将来のためにもよくよく見ておきなさい」

「はい、奥様」

「はぁい!」


 気合の入ったお嬢様に手をぎゅっと握られ、ロキシーに座るように促されて髪の毛をいじられる。


「ここまでしなくても」

「えぇー、でもきれいなアガシャもっとみたい」


 お嬢様は私の側まで来て、ぴょんぴょんとねだるようにジャンプした。


「ダリア、しょんなことしなくてもけっこんしきでみれるよー」


 殿下は注目が私のドレスや髪に移ったせいでまた拗ね気味だ。お嬢様の後ろでポケットに手を突っ込んでいる。

 殿下、気のせいでなければ今噛みましたね?


「じゃあ、わたしは、アガシャのけっこんしきでおはなをまきまきします」


 お嬢様はキョロキョロして花瓶の花に目を留めたが、花弁をブチブチとむしることはできないとばかりに悲し気な表情をする。近くでその迷いを見ていたエマがすぐにポケットに入れていた紙を破いてお嬢様に渡すと、顔を輝かせて小さな手でそっと地面に撒いて嬉しそうにしている。


「こんなふうにまきまきします」

「じゃあ、ぼくはねー、ゆびわはこぶ! ダリアもいっしょにれんしゅーしようよ」


 殿下は手近にあったクッションを両手で地面と水平になるようにうやうやしく持つと、得意げに歩き始めた。

 クッションの上には何も載っていないが、殿下としては指輪を上に置いている設定なのだろう。たまにバランスを慎重に取る様子を見せながら「ほっふっ」なんて掛け声をかけつつ歩く。それを見て手を叩いて喜ぶお嬢様。


 二人はしばらくクッションを持ちバランスを取って歩く遊びをしていたが、殿下がハッと思いついたように聞いてきた。


「あ、カウレインわすれてた。おきがえすんだ?」

「わぁ、カルレインもみたいです!」


 そう、カルレインも今日は殿下たってのワガママで結婚式の衣装を別部屋で試着中だ。お二人とも花婿の衣装にも興味津々である。


「みにいく!」

「わたしも!」


 普段よりも相当はしゃいでいるお二人は、きゃっきゃっと笑いながら侍女のエマを連れて出て行った。

 ロキシーは私の髪を丁寧にハーフアップに編み上げてくれる。仕事中はしっかり引っ詰めていて、夜にしか髪の毛を下ろさないのでおかしな気分だ。

 鏡の中でロキシーと視線を合わせて頷くと、彼女は奥様に礼をしてからすぐにお嬢様たちの後を追った。

 奥様は書類を読み終わったらしく、息をついてからテーブルに置く。


「奥様、仕事中なのにこのようなことを申し訳ございません。すぐに着替えて仕事に戻りますので」

「いいのよ、私が子供たちのためにと許可したのだから。あの子たちもなかなか体験できないことだから興奮してしまって。ほら、今度は立ち上がってあなたの晴れ姿を私にもよく見せて」


 私は慌てて立ち上がったが、なんと奥様まで立ち上がってこちらに向かってくるではないか。奥様は手を体の前で組み直立不動状態の私のところまでやってくると、満足気に全身を見渡した。


「アガシャ、とても綺麗よ」

「奥様、仕事中なのにこのようなことを……申し訳」

「幸せな花嫁にそんな言葉は似合わないわ。ありがとうございますと言いなさい」

「……奥様、ありがとうございます」

「装飾品は誂えるの? 私の時は母親のものを譲り受けて使うのが流行りだったけれど、今はどうなのかしら?」

「母の形見は残念ながらもう残っておりませんし、普段使いできるものを買った方がいいかなと彼とも話し合っています」


 母の形見は継母と義妹に取られてしまって以来目にしていない。

 悲しくないといえば嘘になるが、母といえばあのドレス、あるいはあのアクセサリーといったものを覚えていないのは救いだろう。あれだけはどうしても手元に残しておきたかった、という執着がないのはいいことだ。


「それにしても、懐かしいわ」

「奥様がご結婚されたのはまだまだ最近ではないでしょうか」

「あぁ、あなたと初めて会った時を思い出していたの。あの運命の卒業式の日よ」


 奥様が懐かしむように目を細める。


 私もすぐに思い出せる。学園の卒業式の日。

 婚約破棄されて絶縁されて……正確には除籍されていなかったのだが、アビントン様を筆頭に同級生たちに助けられてガルシア公爵夫人に引き合わせてもらった。

 来賓として卒業式に参加し、まさに帰ろうとされて馬車の前にいたガルシア公爵夫人のことをよく覚えている。彼女の見事な金髪が日光でキラキラと輝いていて、私は自分の状況も忘れて見惚れたのだ。


「あの日、私はすぐにあなたを雇うと決めた。あの日の私は見る目があったわ」

「今の私があるのは、すべて奥様のおかげです」


 奥様は微笑むと、私を大きな鏡の方に向かせる。

 鏡の中にいるのは三十歳を目前にしているとは思えない奥様と、ウェディングドレスを着て見慣れない髪型をしてやや緊張して縮こまっている私。奥様に常にないほど近付かれて、私の頬は紅潮してしまっている。

 堂々たる公爵夫人の風格の奥様に気後れしてしまい、鏡からすぐに目を逸らそうとしたが奥様に肩を掴まれる。


「ちゃんと現実を見て。婚約破棄なんてされた女性には見えないでしょう? 私も、あなたも」

「……奥様は何も……悪くなど……」

「それを私だけじゃなくてあなた自身にも言ってあげて。ほら、鏡の中にいるのは幸せそうな花嫁でしょう? 婚約破棄なんてここに至るまでのちょっとしたアクシデントよ」

「は、はい」


 奥様も学園時代に侯爵家嫡男と婚約破棄騒動に遭われている。

 ショックで何も言い返すことができず呆然と立ちすくんだ私と違い、奥様は舌鋒鋭くきっちりと反撃したそうだ。

 だからこそ、同級生が私の境遇を説明してくれて彼女はすぐに「あなた、うちに来る?」と野良猫のように拾ってくださったのだ。


「人生に何があろうとも、努力をし続けた人は必ず幸せになるの。あなたのことよ。いいわね?」


 奥様は、はっきりとものをおっしゃる方だ。社交ではセーブしていらっしゃるだろうけれども。そんな奥様の言葉に何の嘘も偽りもない。だからこそ、奥様の言葉は私の心に直に響いた。

 ちょっとだけ涙が滲みそうになる。ドレスにうっかり涙の跡をつけるわけにはいかないので、頑張って堪えて奥様の言葉に応えるように背筋を伸ばした。


「ふふ、しんみりさせてしまったわね。でも、あなたを雇った私の目に狂いはなかった。私は発語の遅いダリアにどう接していいか分からなかったけれど、あなたがいた」

「すべてはお嬢様の努力と奥様の愛でございます」


 奥様は公爵夫人というお立場上とても忙しいのだ。基本的に貴族は子育てにそれほど関わらない。


「ダリアの言葉が遅くて、私はあの子のことを気にしながらもまず自分を責めたの。世間体のこともいろいろ考えてしまったし、クリスティアン殿下との婚約も調うまでとても不安だったし、自分の婚約破棄騒動のことまで思い出したわ。やっぱり、婚約破棄騒動を起こされるような女だったからダリアがああなったのかもしれないって。ほら、私は毒舌だとか言われていたし、なかなか子供ができなかったし、もう一度妊娠するのも難しいと言われているから余計に、ね」

「っ! 奥様! そのようなことは決してございません!」


 繊細な話題をわざわざ口にされる奥様に、私は本心から勢いよく言ってしまう。


「ありがとう。でも、私はあなたに救われたの。婚約破棄された私を同じく婚約破棄されたあなたが救ってくれた。おかげでダリアは明るくなったし、もう誰にもからかわれない子になったはず。この前のお茶会でもカスの令息相手に以前のように泣き寝入りしなかったのだもの。あなたが、ダリアだけでなく私も救ってくれたことは忘れないで」


 カスなんて言いながら、お嬢様と同じ青い目が慈しむように細められる。

 奥様はまだ三十にもなっていないのに、私はまるで式直前の控室で母親に頭を撫でられる娘にでもなった気分だった。


「身に余るお言葉です」

「まだまだ私は子育てが不安なの。不安で不安で仕方がないのよ。だから、側にいてちょうだいね」

「はい!」


 私の返事で奥様は満足げに頷いた。


「それにしてもあの子たち、あなたの結婚式に参列する気満々ね」

「殿下は護衛の関係で難しいのではないでしょうか……」


 クリス殿下は第三王子だが、れっきとした王族だ。警備のしっかりした公爵邸にいらっしゃるのと、私たちの結婚式に参列するのは訳が違う。


「そうなのよね、でもあれほど大はしゃぎだとは思わなくて。殿下は参列できないと説明されて納得されるかしら。床に転がって駄々をこねるんじゃない?」


 いくらなんでもそれはないはずだ。殿下ももう五歳だから、床に大の字で駄々こねなんてことは……。


「殿下が参列したいとおっしゃってくださるのは大変嬉しいのですが……私は平民ですし、カルレインも嫡男というわけでもないのに王族の方が式に来られるのはあまりよろしくないのでは……」


 普通じゃないですよね……むしろ他家になんと言われるか……。


「断ったら、お忍びと称してくるかもしれないわよ? ほら、末っ子に甘い王太子殿下まで一緒になって。どうする? 演台の下から殿下が飛び出してきたら」


 それは否定できませんが、警備が! 何か起きた時に責任は取れません。


「いっそ、うちの庭でリハーサルとしてやってみる? それかドレスが汚れるかもしれないから式が終わった後にもう一度やるとか。あら、これは名案かもしれないわ。仕事で抜けられない他の使用人たちにも見せられるし」


 奥様、どうして私を雇う時も「うちに来る?」と野良猫を拾う感覚で、今は一介の使用人の結婚式を公爵邸の大変立派なお庭で思い付きのようにやるのでしょうか……。


「そのようなことは恐れ多くてとてもできません」

「そう? でも、ダリアの結婚式もまず庭でやるのもいいかもしれないわね。ウェディングドレスを何度も着てはいけないなんて決まりはないでしょう? 離婚するわけでもないし」


 奥様のこの提案がまさか本当になるとは、この時点で私は思っていなかった。


***


 白い服に着替え終わって、俺は落ち着かない気分でちらちらと部屋の鏡を見ていた。


「カウレイン! みーせて!」

「アガシャ、とってもきれいです!」


 五歳児二人が手をつないでノックもなしに叫びながら興奮気味に走り込んでくる。

 着替え終わっていたからいいけれども。後ろのアガシャの同僚たちもお二人を制止するくらいしてくれ。

 いつもよりもかっちりとした服装をしているので、首回りや肩回りが動かしにくく落ち着かない。


 すべて殿下のせいである。殿下が宰相や王太子殿下の前で駄々をこねて、上目遣いでお願いしたのがいけない。というか、宰相は殿下の上目遣いに弱すぎる。待てよ、あの上目遣いがあれば宰相に反対されて通りにくい企画が通るかも?

 いや、不埒な考えはやめよう。


 とにかく宰相も王太子殿下もクリス殿下に甘いんだから。そうでなければ、すでにできあがっている結婚式の衣装の試着をガルシア公爵邸で行うなんてありえない。


 ありえないことを無理矢理可能にさせる五歳児たちが目の前にいる。


「わぁ、カッコいい!」


 しかし、ダリアお嬢様の羨望の眼差しを浴びるのは悪くなかった。

 少し気分が上がったので両手を広げて殿下たちの前まで行った。


「殿下、いかがですか?」

「いーんじゃない?」


 適当だな、おい。殿下が床で見事な海老反りまで披露して駄々をこねたから、わざわざ家から衣装を持ってきてここで試着をしているのに。

 まさか、お嬢様が俺のことをカッコいいって言ったから拗ねているのか。


「ざんねんだったな、カウレイン。はにゃむこはドレスをみちゃめっなんだろう?」

「っ……そう言われていますね」


 詰まったのはショックだったからではない。花婿が「はにゃむこ」になっていて可愛かったからだ。いいづらいよな、五歳児にははにゃむこ、いや花婿って。


 花嫁のドレス姿を花婿は結婚式当日まで見てはいけない。見たら幸せになれない。

 そんなジンクスがある。俺は見ても問題ないと思うから、さっき実はちょっと覗きに行った。バレそうだからほんのちょっとの隙間からしか見れず、あまり意味はなかった。


 ジンクスは両親が娘の結婚相手を無理矢理決めていた時代の名残で、結婚式ではじめましてが多かったから事前にお互いの顔を見て逃げ出さない様にってことだろう?

 式当日に見るのも新鮮で良いとは思うが、アガシャの綺麗な姿ならもったいぶらずに何回見てもいいと思わないか? 別にのぞきを正当化しているわけではないからな?


「アガシャ、とってもきれいでした。カリュレインもカッコいい」


 お嬢様はさっきからそれしか言っていない。

 よほどウェディングドレスを目にしたことが嬉しかったのか、それともアガシャのドレス姿を見れたのが嬉しかったのか。頬を紅潮させてやや噛みつつもそう言ってくれるのがなんとも可愛い。


「ダリアお嬢様、ありがとうございます。どうですか、殿下よりカッコいいですか?」


 ちょっと意地悪したくなってそう聞いてしまった。間違いなく俺の顔はニヤニヤしているだろう。さっきから殿下、少し拗ねているもんな。


「え、うーん……それは……」


 お嬢様はさらに顔を赤らめてモジモジしている。

 その様子を見ていたアガシャの同僚侍女たちがとうとう鼻や口を押さえた。


 俺は気付かれないように後ろに二歩下がる。

 いや、だって万が一鼻血が衣装についたら困るから。あの侍女たち、鼻血出しそうじゃないか。五歳児の鼻水ももちろん困るけど。


「ダリア? ぼく、かっこよくないの?」


 殿下がなかなか返事をしないお嬢様にちょっとだけ涙目だ。

 笑うな、笑ってはいけない。

 普段城では「ぼく、かわいいから」で何でも許されている五歳児が、ダリアお嬢様に「カッコいい」と言ってもらえずに涙目になっている様子を楽しんではいけない。


 ダメだ……お嬢様早く何か言ってくれ、吹き出してしまいそうだ。

 アガシャの同僚侍女たちも鼻を押さえているものの、目は瞬きもせずに見開いて真剣だ。お互いここで吹き出したら殿下が傷つくと分かっているので笑えない。

 急遽開催される笑ってはいけない選手権。


「だって、でんかはずっとカッコいいから、はずかしいです……」


 そうお嬢様が言ってくれて、俺はいつの間にか詰めていた息を吐いた。

 侍女たちはますます鼻を強く掴んでおり、むしろその刺激で鼻血が出るのではと言いたいくらいだ。


「えへへへ」


 お嬢様の偉大なお言葉で殿下のご機嫌は瞬く間に直った。ついでに瞬時に態度は大きくなった。


「カウレイン、アガシャにネックレスとかプレゼントしたか?」

「え?」

「ダイヤマンとかエメラリュドとかないのか?」

「わぁ、アガシャのめのいろとおなじですね!」


 なんだ、ダイヤマンって。強そうだな。ダイヤモンドだろ。お値段も強いし硬さもあるからあながち間違ってはいないが。


「指輪は二人で選んだんですよ」

「みせてみろ」

「今日は持ってきていません」

「ちぇー。ぼくがはこぶれんしゅーしようとしたのに」


 さすがに指輪まではいらないだろうと持ってこなかったが、殿下がブツブツ言っている。

 この調子でお馬さんごっこをさせられないよな?

 ん? というか指輪を運ぶ練習ってどういうことだ?


 クリス殿下の不穏な言葉でそんな思考が頭をよぎったが、これ以上二人が退屈すると衣装を汚される未来しか見えなかった。よし、この手で二人の気を逸らそう。


「殿下、お嬢様。アガシャのウェディングドレス姿を見たんですよね? いいなぁ、羨ましい。俺は見ることができないのに」


 俺はわざとらしく泣き真似をする。指の隙間からちらっと見ると、お嬢様は気づかわし気な様子だが、殿下は得意げだ。


「そうだぞ、まぁダリアがいちばんきれいだけど」

「でんか、あんまりいったらカルレインかわいそうです。アガシャのドレスみれないのに」

 お嬢様、優しい。ここは殿下ではなく、お嬢様を押せばなんとかなるだろうか。

「殿下とお嬢様のお力で、少しだけアガシャのドレス姿をのぞいたらダメですか? ちょっと、ほんのちょっとだけ」

「えー、どうしよっかな。だってみたらめっじゃないか」


 殿下はニヤニヤしてからかってくる。

 まぁ、殿下には下手に出たらこんな対応になることは普段から身をもって知っている。


「殿下、俺はかわいそうじゃないですか? ここにいる人たちの中で一人だけアガシャのドレス姿を見てないんですよ?」

「けっこんしきでみれるだろ」


 殿下、腕まで組んでやはり偉そう。


「好きな人の一番綺麗な姿を結婚式だけでしか見れないって悲しくないですか? 殿下だってダリアお嬢様に毎日会いたいでしょう? あー、俺もほんのちょっとだけでも見たいなー」

「でんか、カルレインかわいそう。でんかだっておしきによんでもらえなかったらこころがシクシクなります。なかまハズレ、わたしはヤです」


 ん、ちょっと待ってくれ。さっきの指輪を運ぶ発言といい、殿下も結婚式に参列するのか?

 え、無理では? だって護衛の数が半端なくいるだろう? 会場の収容人数を考えても無理だ。それに、お嬢様は分かるけど殿下まで来たら俺が嫡男で家を継ぐみたいじゃないか? 殿下が来るならお目付け役とかこじつけてまたぞろぞろくるだろう?


 侍女たちはお嬢様の発言に感動している。俺も一緒に感動したいが、気になることがあってそれどころではない。むしろ冷や汗状態だ。


「うーん……いま、カウレインはなかまハズレなのか」


 殿下は口をモゴモゴ左右に動かしている。

 まずいかもしれない。殿下だけ式に参列できなかったら後から何を言われるか。どんな扱いをされるか。殿下のことだから宰相と王太子殿下にあれこれ言うだろう?


 クリス殿下に日付感覚はないだろうから、嘘の日付を伝えるか結婚式の日付けを伝えないでおいて……お嬢様から事前にバレないようにしないといけない。

 俺は頭の中で完全誤魔化し計画を企て始めた。


「そです。カルレイン、かわいそう。アガシャ、あんなにきれいなのに」

「よし、カウレイン。ついてこい」


 殿下、ここはガルシア公爵邸です。殿下の家ではないですよ。お嬢様が「カルレイン、ついてきて。でんかはだまって」なんて言うタイプではないのは分かっているが。

 ダリアお嬢様が楽しそうなので、偉そうな五歳児特有の自信に溢れた小さな背中を追ってみる。侍女たちも止める気はないようで、笑いを堪えながらついてくる。


「しぃーだぞ! お口あけちゃめっだぞ」

「分かってます」

「しぃー! しぃー!」


 念押しされながら、アガシャがドレスを試着している部屋の扉を殿下とお嬢様と赤毛の侍女がそぅっと開ける。すでに着替え中だった場合、赤毛のロキシーという侍女が何とかしてくれるはずだ。

 お嬢様が小さな手で俺を引っ張って扉の前まで連れてきてくれる。

 俺は再びこっそりと扉の隙間から中をのぞいた。

 中では、アガシャとガルシア公爵夫人が身を寄せ合って何か喋っていた。二人ともこちらに背を向けて大きな鏡を見ている。


「どぉ? カルレイン、みえる?」


 お嬢様がわざわざ俺を見上げ、入りやすいように場所を開けてくれる一方で、殿下は特等席の真ん中に陣取っている。殿下もお嬢様を見習ってほしい。


 あれ? アガシャは試着だけでなく、髪型も変えているのか。仕事中は一つにまとめてるし、休日は下ろしているけどハーフアップは初めて見た。

 そしてドレスは母と選んでいたようだが、アガシャの好みがよく反映されている。センスがいい。実はドレスも見せてもらえていなかったんだよな。自分もいつもと違う格好をしているのだが、それを忘れてぼうっとドレス姿のアガシャを見ていた。


 無意識に息を殺していると、鏡の中の公爵夫人と目が合ったような気がした。


「はい、おわり~」


 だから、ここは殿下の家じゃないですって。

 殿下はいたずらっぽく笑って扉を閉めると、俺の手を引いてさっさと部屋に戻ろうとする。


「はぁ、びっくりした。バレたかとおもった」


 のぞき見に慣れている上に末っ子なのに鋭いな、殿下。

 俺も公爵夫人にはのぞきがバレていそうな気がしたので、まだのぞいていたいなんて言わず殿下に大人しく従って先ほどまでいた部屋に戻る。

 殿下があまりにズンズン歩くので、お嬢様が後ろに置いて行かれている。


 まさか、殿下。ガルシア公爵夫人のことが苦手なのか? 俺も苦手だけど……殿下の手汗も凄いし。


「殿下、ちょっと待ってください」


 俺は殿下を制止すると、お嬢様のところまで一緒に戻る。お嬢様は俺の行動を疑問に思ったようで、瞬きをたくさんしていた。


「お手をどうぞ、お姫様」


 地面に膝はつけないが、跪いてお嬢様に向かって片手を差し出す。

 俺は今、結婚式用の衣装を着ているのだ。いつもよりは数割増しでかっこいいはず。そしてこれは殿下へのちょっとした意地悪だ。

 お嬢様は嬉しかったのか、頬をぱっと赤らめる。そしておずおずとだが、俺の手に自分の手を重ねようとした。


「ダリアのおーじさまはぼく!」


 ぐいっと後ろに引っ張られて、お嬢様の手は遠のいた。

 殿下の妨害行動は予想していたので、なんとかこけずに踏みとどまる。


「殿下、危ないですよ。乱暴な真似をしないでください」

「ぼくがダリアのおーじさまだから」


 殿下はちょっと怒っているようで、頬を膨らませて俺とお嬢様の間に割って入っている。


「王子様ならお姫様を放ってどんどん先へ進んではいけません。めっです」


 俺がニヤニヤしながら指摘すると、殿下は唇を尖らせた。


「ほらほら、殿下。王子様ならお姫様にやることがあるでしょう?」


 赤い顔のダリアお嬢様と唇を尖らせた殿下を交互に見る。

 殿下は唇を尖らすのをやめて、今度は頬を赤くしてお嬢様に手を差し出した。さすが王族、ちょっとかがむところまでサマになっている。殿下の見事な金髪がふわっと揺れた。


「おひめさま、おてをどーじょ」


 噛んだ。殿下が噛んだ。一番大事なところで噛んだ。

 んぐっという声を俺だけでなく、二人の侍女も呑み込んだ。

 あ、一人は廊下に沈みかけたがすぐに立ち直った。

 さすが公爵家の侍女は復活が早いな。殿下とお嬢様が城の庭にいた時は、鼻血を出して使い物にならなくなる城の使用人が続出してたからな。やっぱり日常の耐性が違う。


 お嬢様と殿下は仲良く手をつないだまま、俺が元々着替えていた部屋にゆっくり戻った。

 さて、この調子ではすぐにまた遊びたがるだろう。この衣装を汚さないためにどうやって二人を外に行かせればいいだろうか。


 あれこれ考えていると、扉が素早くノックされた。

 このノック音の特徴からいくと、ガルシア公爵家の年齢不詳の侍女長だろう。


「殿下、お嬢様。お菓子の準備ができたそうですよ」


 ノックと同じくらいきびきびとした動きで入ってきた侍女長がそう告げた途端、空気が変わった。

 俺の非日常の服装を見た時よりもあからさまに輝く二人の目と、うっかり唾を飲み込む音。


「ケーキかな!」

「りょーりにんのハンスががんばるっていってました!」

「たのしみ! ダリア、いこう!」


 仲良く手をつないで一度も振り返らずに行ってしまう二人。侍女たちも後に続く。

 一抹の寂しさを感じていると、お嬢様が振り返って手を振ってくれた。


 ヘラヘラともういないお嬢様の残像に手を振り返していると、視線を感じた。ガルシア公爵家の侍女長がじぃっと俺を見ていた。


「えっと、申し訳ありません。すぐに着替えます」


 もしかして似合っていないだろうか。いくら殿下のお目付け役だからと、結婚式の衣装の試着なんてここでするなという視線だろうか。ほとんど殿下のワガママと公爵夫人からの命令だったんだが、公爵邸の人間からすると面白くないかもしれない。


「いえ、奥様のご指示ですから問題ありません。そして、ダンフォード様にお伝えすることがあります」


 なんだろう。相手はアガシャの上司だ。俺で言うと宰相的な立ち位置の人である。

 アガシャをやめさせようとしたら許しません、と脅されるのか。結婚したら仕事をやめろと妻となる人に言う男もいるそうだが、俺は侍女として働き続けることは賛成だ。さすがに妊娠したら無理はしてほしくないんだけど……って、先走りすぎか。


「こちらの手紙をご覧ください」


 差し出されたのはアガシャ宛の封筒だった。


「いやいや、いくら婚約しているといってもアガシャ宛の手紙を先に見るのは良くないので」


 俺はそんな支配的な男じゃありません。

 それなのに、侍女長はすっと細長い筒を手渡してくる。


「いやいやいや、これで開封せずに光に当ててのぞけということですか? 無理です。そんな不誠実な真似はできません」

「冗談です。それにしてもダンフォード様、筒を見ただけでその発想ができるとはさすがでございます」


 よ、よかった……冗談か。なんだ、これ試されているのか?

 混乱しながらもう一度封筒に目を落とす。やっと封蝋が目に入った。


「これは……」

「はい、アガシャの母親の実家であるテレーズ子爵家からアガシャ宛の手紙です。ちなみにテレーズ子爵家からアガシャに手紙が来たのは、私の記憶では初めてです」


 俺の頭の中で疑問がグルグルと渦巻いた。

 なぜ? なぜ今更手紙を?

 まさか、アガシャが俺と結婚すると聞きつけてダンフォード伯爵家との縁を持とうと連絡してきたのか? だってリード伯爵がさっさと次の妻を連れてきても、アガシャが伯爵家を追い出されても何も言わなかった実家だぞ? 怪しすぎるだろう。


「宰相補佐であるダンフォード様でしたら、未然に防ぐか対処してくださると信じています」

 いや、宰相補佐はただの雑用係で何でも屋であるだけで、万能人間じゃないんだが。


「アガシャがこれ以上嫌な思いをすることがないよう、くれぐれもよろしく頼みます。奥様もそうおっしゃっています」


 侍女長の口角は上がっているが、目が一切笑っていない。


「それはもちろんです」


 侍女長の目は怖いが、アガシャにこれ以上嫌な思いをさせる気はないのでしっかり頷いた。途端に侍女長の口角が緩む。こちらが彼女本来の笑みのようだ。


「では、手紙はあなたに預けておきます。私は仕事に戻りますので」

「はい、知らせてくださってありがとうございます」

「少しばかり遅く戻っても奥様は何もおっしゃいませんし、私も何も言いませんよ。若者の幸せな雰囲気というのは期間限定ですしいいものですから。たとえ数年後にその雰囲気が跡形もなく消え失せようとも」

「すみませんが、不穏なことは言わないでいただければ……」


 俺たち、まだ式も挙げていないんですよ? もうちょっとこう、新婚気分や恋人気分を堪能させてくれてもいいのでは?


「えぇ。たとえ三年で離婚しようとも、仮面夫婦になろうとも」


 侍女長が地面を滑るような動きでキビキビと出ていくと、汗が吹き出しそうになったので慌てて上着を脱いで着替える。


 着替え終わった頃に控えめなノックが響いた。

 返事をすると、お仕着せ姿のアガシャがひょっこり顔をのぞかせる。髪型はいつものように戻っていた。


「お嬢様たちは?」

「お菓子につられて俺のことはもう興味がないとばかりに出て行かれたよ」

「わ、もうそんな時間!」


 アガシャはすぐに仕事に戻ろうとするので、慌てて引きとめる。口実もあることだ。

 アガシャを後ろから抱きしめる形で手紙を見せた。アガシャはピクリと震えたものの抵抗はしない。そして手紙の封蝋を見てちょっと唸った。


「どうして、今更手紙なんか……」

「俺も思った。だって今まで何の便りもなかったんだろう?」

「えぇ。母の葬儀は父が知らせていなかったにしても、私のことを気にかけていたら手紙くらい送れたと思うわ。あぁ、でも父が手紙を握りつぶしていたかもしれない……私も母が亡くなった時はまだ七歳だったから、そこまで考えが及ばなかったし……でもここに勤め始めてからも一切何も……うーん……」


 アガシャが悩み始めた。このままだとネガティブなループに入ってしまいそうで心配になる。


「読む? それとも燃やす? ヤギに食べさせる?」

「またカルレインに迷惑をかけるわけにもいかないから、一人で読むわ」

「いやいやいや、そんな他人行儀な。それこそ今更だろ? これ以上隠すことってある? もう戦争や世界が滅亡すること以外何が起きても大丈夫じゃないか?」


 俺の言葉にアガシャはちょっと考えてから、ふふっと笑った。


「じゃあ、勇気が出ないから一緒に読んでくれる?」

「もちろん」


 以前のアガシャなら頑なに一人で読もうとしただろう。こうやって自然と頼ってくれることが少し嬉しい。

 手紙には、一度アガシャに会いたいと書かれていた。子爵位を継いだアガシャの伯父からの手紙ではなく、アガシャの祖父母からであった。

 ダンフォード伯爵家と縁を持ちたいなら、現テレーズ子爵自身が手紙を送ってくるのかと思ったが祖父母か。でも、油断はできない。


 二人で首をかしげるが、手紙には簡潔にそれしか書かれていない。

 白い部分から無限に行間が読み取れてしまう。


「まさか、今度は相続問題に巻き込まれるとか?」

「基本的に祖父母の財産は爵位を継いだアガシャの伯父が全部相続するはずだから、問題にはならない思う。あるいは、祖父母の意思で何か譲りたいとか」

「カルレインの家と縁が欲しいだけかもしれない」

「それなら俺の一存で決められるわけじゃないよ。兄や父が絡んでくるから彼らの決定がすべてだし。どうする? 会ってみる?」

「なんだか……また問題が起きたら嫌だなって」

「もし会うなら俺も一緒に行くよ」


 アガシャは手紙を開封してからも酷く悩んでいるようだった。今日答えは出ないだろう。


「あとさ、殿下が結婚式に来る気満々なんだけど」

「あ、それは感じたわ。でも、警備の問題で難しいし……そもそもあの会場ならあの人数は入らないでしょう? 奥様は冗談で公爵邸の庭で結婚式をしたらとおっしゃっていたけど……」

「いや、ガルシア公爵夫人のことだから本気なんじゃ?」

「えぇぇ……」


 変に思い切りがいいんだよ、ガルシア公爵夫人。


***


 悩ましい手紙をポケットに突っ込んでから殿下とお嬢様のところに慌てて向かうと、お二人はパンケーキを前にきゃっきゃっとご機嫌だった。

 控えているロキシーとエマに近付く。

 今日のためにプリンを作ると料理人のハンスが意気込んでいたはずだったのだが、トラブルでもあったのだろうか。


「ハンスは今日あのプリンを作るって言ってなかった? あの隠家のカフェで出るプリン」

「え、何それ、私も食べたい。どうにか試食させてくれないかしら」


 エマは知らなかったようで興味津々だ。ロキシーはこの三人の中ではよく料理人のハンスと喋るので「そうよね、変よね」と頷いている。


「やっと理想に近い味にできたって言ってたのに。あいつ、料理にだけはプライド持っているからあのプリンを殿下にお出ししたかったはず。どうしたのかしら」

「ロキシー、その口振り……あなたまさか自分だけ試食を?」

「してない! してない!」


 エマの追及にロキシーの目は泳いでいる。一人だけ内緒で試食をしていたようだ。

 エマはさらなる追求をしたそうであったが、お嬢様たちの前なので踏みとどまった。


「パンケーキは殿下もお嬢様もお好きだけど……ハンスのあのプリンへの並々ならぬ情熱を見るとね」

「そういえば、朝見かけた時にハンスはいつもより元気がなかったような気もするわ」

「後でシメましょう」

「エマ、無理にシメなくても」


 お嬢様と殿下は、ネコの形で顔まで描かれたパンケーキを見てきゃあきゃあ言っている。


「クマさん?」

「ネコさんですよー! お耳がとんがってます」

「へぇ、かわいい!」


 殿下は喜びつつも、躊躇なくパンケーキにフォークを突き刺している。「可愛くて食べられない」ということは一切なかった。


「でんか、はちみつどーぞ」


 お嬢様はいつものようにはちみつをたっぷりかけて召し上がるようだ。お嬢様も躊躇なく食べようとしている。やはり、甘い香りの誘惑に可愛さでは勝てないようだ。


「うん、いいかおりだ」


 殿下はノリノリではちみつの香りをスンスン嗅いでいる。


「これは、ナントカというちほうのはちみつだな!」

「え、でんか。どこのハチさんかわかるんですか! すごい!」


 お嬢様も一緒にはちみつの入った容器をクンクンとして、首をかしげる。

 殿下、それは紅茶の茶葉を当てているのと同じイメージでしょうか。

 お二人の可愛さでエマの背後からプリンの試食の恨みが消えた気がした。


「あ、ダリア。はちみつついてるよ!」


 殿下はナプキンをさっと持つと、お嬢様の口の端についたはちみつを立ち上がって拭ってあげる。ごしごしとやや強めだった。


「あはは、でんか。くすぐったいです!」


 お嬢様は面白がって笑う。小さな恋人たちが今日も尊い。

 本来は私たちの仕事なので動こうとするが「ぼく、ダリアのおーじさまだから!」という殿下の言葉により引き下がった。


 お二人の可愛いやり取りに、ポケットに突っ込んだ手紙のことはすっかり忘れてしまっていた。

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