電蔵の愚痴は長い
「ああ……驚いた……物凄く奇怪なものを見た気がせんでもない……危うく逝っちまうところじゃった……。年寄りを驚かすな、たわけ」
「……ははは。すまん」
電蔵は真顔で乾いた笑いを漏らす。
「お前はやつと知り合いなのか?」
「知り合いというほど親しいわけでも……そうだな、ちょっと話したくらいだ」
「ちょっと話したくらいで名を知る仲か?」
「泣き言言ってたから、お小言してやったぞ。落ちこぼれが落ち込んでどうするってな」
「初対面の人間が他所のこどもを叱るだと?」
「なんだ。よくあることなんじゃないのか」
「最近ではそんなことはめっきりなくなってる。たまに誰かを叱ってるやつを見ることはあるが……後々モンスターペアレンツがうるさいからな。そんなことはしねえ」
「モンスターペアレンツ?」
「我が子のことを思うあまり、行き過ぎた行いをする親のことだ」
自身の子が悪くとも、それを認めない。そんなことをするのがモンスターペアレンツである。こどもが心配で見張っていなければ気がすまない親もそれに当たる。そうした行いは他者に迷惑をかけてしまう。親が我が子を思う気持ちは褒賞したいが、自分さえよければそれでいいとはいかないのだ。
他者の気持ちを考えてこそ、親として、人としての人格者になれる。
「へえ。そいつは王様に似てるかもしれんな」
「なんなんだ。その王様ってのは。電蔵。お前、やっぱり王子様なのか? 根無し草の王子様なんて、わしゃ聞いたことないぞ。どれほどの貧乏国家じゃ」
ブラックスフィアには金という概念はない。全て創り出せる世界であり、皆に力があるので交渉も楽だ。金銭を取り扱って物々交換をするなどということもしない。物は王様が与える。ブラックスフィアは便利な世界だ。電蔵はカルチャーショックを受けている。
「……みんな、王様と呼ぶから、王様と呼んでいるだけだ。王様みたいに我儘な母親なんだ。本名は別にある。ちょっと発音しにくい名前なんだが」
電蔵はできるだけ核心に触れないように、かつ、嘘はつかないように言葉を選んだ。
「王様みたいな母親……独裁者か?」
「……そりゃ一人だしなァ……」
「そんな母親の元で……。お前は虐げられてきたのか?」
「そうだな。毎日こき使われて、仕事ができなきゃ文句を言われるし、できても次の仕事が待っているし。ご褒美というご褒美はもらった覚えがない。休みもなしで働き詰めだ。やつはいつもぐうたらしていて、反面教師としか思えん」




