料理人・電蔵
電蔵は口元を緩ませた。言われたことの意味をわかっている表情。別のフライパンで鶏のむね肉を焼き、別の菜箸で丁寧に油を絡ませる。十分に火を通らせ、醤油やみりん、酒、塩胡椒で味付けをする。一つだけ箸で掴んで、息を吹きかけた。味見をして、調味料の量を調節する。
少し薄味の方がいいかと電蔵は口にした。
「電蔵。お前は頑張り屋か」
「頑張っているというのは違うな……やらなきゃいけないことだから、やってるだけだ」
まるで当たり前とでも言いたげに、電蔵は久三に言葉を返した。
「……そんなのでは、疲れるだろう」
「心配しているのか? それはどうも。倒れたら、倒れた時だ。オレはそんなに軟弱ではないぞ。人間とは比べ物にならないくらい、強靭な肉体を持っている」
電蔵はククッと笑って、鶏肉の調理を終えた。野菜を乗せた皿に、鶏肉を乗せる。トマトを切って乗せたかったが、そこまでするのに時間がかかりそうなのでやめた。味気ない盛り付けだが、これで完成だ。電蔵は顔を輝かせた。働くのが大好きなやつだ。
「さあ、できた。久爺さん、嘉世婆さんを呼んできてくれ」
「ああ。わかった」
久三は首肯して台所を出た。電蔵は皿を持って食卓に運ぶ。自分の作った料理が並ぶさまを見て、電蔵は顔色を一層明るませた。汗をかいていないのに、額を腕で拭ってみせたり、腰に手を当ててみたりして、満足げに頷いた。
「よし」
自身のスキルが高まっていっているのを感じている。なんでもできればいいと思っている顔だ。吸収しようとしていれば、なんでもうまくいく。できないと思わないことだ。
二人が来るまで電蔵は立ったままで待っていた。先に席に着くのは、家主の特権であって、主夫が先に席に着くのはおかしいと考えた。なので、電蔵は自身の料理を眺めているだけ。
茶碗によそった白米。焼いた鶏肉と炒めた野菜。そして漬物や味噌汁。日本の食卓に合ったものだ。電蔵はそんなものを食べたことがなかった。いや、食事も必要ないのだ。
食べたらどうなるのだろう。味見はしたが、味見と料理を食すのとはまた別の話だ。電蔵は鼻をくすぐる芳しい香りに、目を閉じる。
「……オレが作った……料理か……」
王様にも食べさせてやりたいと口にする。どこに行っても電蔵は王様思い。
二人が来た。何をしているのかと電蔵をじっと見つめた。電蔵はハッと我に返る。
「あ、ああ。来たのか。どうして教えてくれなかったんだ」
「……自分の世界に入ってたからな」
「……うう」
電蔵は少しだけ恥ずかしくなった。自慰行為を見られるのと同じだ。




