見透かされるのが怖い
「いや。これぐらいはやらせてくれ。オレは居候だから、やらなきゃいかん」
皿洗いでは皿と睨めっこしつつ、泡だったスポンジでごしごしと洗っていた。電蔵の姿は実におかしく、久三は腹を抱えて笑っていた。
「家事もろくにできんとは……どんな家庭で育ったんじゃ、お前」
「どんな家庭……それはちょっと、答えるのは難しいな」
電蔵は上目遣いになって口を噤んだ。照れ隠しの表情。
「複雑な家庭か?」
「ああ……かなり複雑だ……」
ジャーと流れる水音を耳にしながら、電蔵は皿を洗い続ける。その背中を見る久三の目には、電蔵はどう映っただろうか。久三は無言で見つめるだけだった。
電蔵がもし家庭の事情を口にするとすれば、自身は王様の息子であり、その側近であると――。それからどう言えばいいものか。今は王様の命で日本の関東に来ていて、王様が所望する人間を連れ帰らなければならないと口にできるのか。それは人間の世界では人さらいで、誘拐という犯罪だ。
そんなこと、口が裂けても言えない。
住まわせてもらっている身で本当のことを言えない。電蔵は唇を噛んだ。
ただひたすらに、皿洗いをして無心になっているふりをした。
「……すまない」
ポツリと呟く。電蔵の呟きを聞き入れていたらしい嘉世子が笑った。
「……うう」
「……嘉世婆さん」
皿洗いを終え、電蔵は手を洗ってタオルで拭いた。タオルを手に取って電蔵は前を見据えたまま、言った。
「……お前さんは、わかってるんだな」
「……うう」
「オレのこと……」
嘉世子が電蔵の正体に気づいた、というわけではないだろう。
嘘をつくのを嫌がっていると気づいている、という意味で言ったのだ。
嘉世子の顔を見るのが怖いのかと思うほどに、電蔵はずっと前を見ていた。見透かされていることは恐ろしい。王様に見透かされるのも、人間に見透かされるのも同じぐらい怖いことなのだ。電蔵はよく人の心を見透かしたように物を言うのに、自分のことになると怖いのだ。臆病で、自分勝手なのだ。
人間臭いような、そんな考え方も持っている。
「……うう」




