電蔵、養子になる
うまくいきすぎだとは思うものの、電蔵はあらゆる事象に感謝した。
道中、電蔵と老爺は話しながら歩いた。
「何故あそこに?」
「ああ……。ちょっとした手続きをな。住民票を必要としていたんだ」
「ほう……?」
住民票がなんなのかわからなかった電蔵は、その先の話を適当に聞き流してしまった。
電蔵は老爺に感謝したが、恩を返すにはどうすればいいかを訊いた。
「何。わしらの老後、いや最期を見届けてくれればいいってもんだ」
「……お前さん、死ぬのか」
「まだ死なねえ。だから一生を添い遂げてくれるような息子か孫が欲しかったんだ。家内がそう言っとった。金が欲しけりゃくれてやるから、わしんとこ来てくれるやつはいねえかって探してたんだよ」
「添い遂げる……」
電蔵は身震いした。ブラックスフィアとは時間の流れが違うので、本当にここで消滅するかもしれないと思ったのだろう。だが電蔵が生まれた意味はそんなものではない。王様があれだけ目にかけるほどなので、電蔵にはもっと大それた役目がある。世界の理を揺るがすほどの、大きな役目が。そう考えるのが正しい。
「どのくらいになる?」
「そりゃわからん。今日死ぬかもわからんし、明日死ぬかもわからん。もしかしたらもっと先になるかもしれねえ。そんなに長いこといるのは嫌か?」
「そうだな。オレにも帰る場所がある……少しだけなら構わんが、死ぬまで面倒見ることはできん。すまないな、爺さん」
王様には帰ってくるなと言われていたが、電蔵は帰る気だ。王様だって、本気で言ったのではないだろう。カッとなって言ってしまったことなのだ。
生まれ育った場所、というのはそれほど特別なのだ。ほぼ全ての人にとっても。
「……そうか。それでもいい。家内が喜んでくれるなら、それでいい。お前を息子のように愛すじゃろうな」
「……お前さん、妻との間に子がいないんだな」
「……ああ。とっくに逝っちまった」
「オレはお前さんとこの亡き息子の代わりにはなれんぞ。身代わりなんてのはゴメンだ」
「そんなことはさせねえ。安心しやがれい。いるだけでいいんだ。楽だろう」
「そうだな。楽でいい」
電蔵は悲しげに微笑んだ。それを老爺がどう受け取ったかはわからない。




