ファーストネーム
「そうか。負け犬を王様の元に連れていくわけにはいかんな。なら、これでお前さんとはさよならしようか。ちょっとばかり話し込んだ日本人だが、これも仕方ないことだ。王様の御眼鏡に敵うような者でもなさそうだしな」
名残惜しそうな声をわざと出して、男子に本当のことを言わせようとする。縋りたいのなら、誰でも構わないのではないか。誰かに教えを請いたいのではないか。その腕を掴んで、勝利も掴んでみたいのではないか。電蔵は口元だけに笑みを滲ませる。
男子は顔を上げて電蔵に宣言した。
「負けたくない! 俺も勝ちたい!」
縋るような目でもない。負け犬のような目でもない。目の前の一人の男は、貪欲に勝利を欲する目をしている。意志の強さを持った、強い男だと電蔵は呟いた。
「お前さん、名前は」
「春川友青。『青い春のうちに友達と川の字になって寝る』って意味で、名前が友青になった。ちょっと変わってるけどよ」
「ほう。面白い名だな。オレは紫水電蔵。どちらで呼んでもいいぞ」
電蔵は目を細めて呟くように言った。彼の名は呼ばなかった。
「……じゃ、シスイで」
「ファーストネームか。ま、どちらでも構わんが……」
「なんだよ、名前かよ。苗字じゃないのかよ」
「ファミリーネームのことか? そんなものはないな。どちらも王様がつけてくれた名だ。紫水がファーストネーム。電蔵がサブネームだ。息子たちにはいつもサブネームを呼ばれている。オレもサブネームを気に入っている」
「息子たちってなんだよ。オマエ、結婚してんのかよ」
「結婚? いや、ちょっと語弊があったな。オレ以外の王様の息子のことだ」
「ゴヘイってなんだよ。何かの名前か?」
「誤解を招く言い方をした、という意味だな」
「へえ。ところでオマエ、王様の息子なんだよな? 王子?」
「王子……ああ、人間はそんな風に捉えるのか。いや、違うな。オレは王様の従者だ。側近。王様の一番近くにいて、いっぱいこき使われる立場にある。嬉しくはないが、光栄なことだな」
電蔵の言葉の端々に含まれる、王様へのうらみつらみのようなものを友青は感じ取ったのだろう。意味のわからない最後の言葉も合わさり、余計に友青の額に皺を寄せた。
電蔵はニコニコと人のいい笑顔を向ける。
「王子……じゃないのかよ。意味わかんない国だな。俺の知ってる常識とちげえ」
「それはそうだな。ブラックスフィアはお前さんの知る世界ではないからな」




