負け犬と揶揄する少年
男子は電蔵に人差し指を向けた。そんなものがあるかどうかは、やぶさかではない。
「なら、お前さんもそうだな。お前さんも馴れ馴れしい」
「オレはガキだからいんだよ。オマエ俺より年上なんだろ? 敬語使えよ」
「はあ。敬語か。馬鹿げてるな。そんなもので縛ろうとするなんて。敬意というのは言葉だけで決まるもんじゃないぞ? オレが敬意を払う相手は決まってる。王様だけだな」
電蔵は溜息をついてから、胸を叩いた。口では文句を言っていても従順にしている側近だ。王様に対する敬意は十分払っている。それを王様も理解しているはずなのだ。だから敬語というものは必要ない。言葉は飾らず、態度で示す。結果を出せばいいだけのこと。
「お前さんの口ぶりからして、日本は窮屈なんじゃないか?」
「……ッ」
言い当てられて男子がカッと赤面した。わかりやすすぎる、と電蔵は呟く。
「なァ、少年。お前さんは落ちこぼれだな?」
「……なんでそんなことオマエなんかに言われなきゃなんねんだよ。俺だってなあ、べつに好き好んでなんでも嫌味っぽく言ったりしねんだよ。俺だって……もっとまともになりてえと思うんだよ。でも無理なんだ。なんでも嫌に思えて、誰でも嫌な人間に見えるんだよ。俺の目、どっかおかしいんじゃないかって思うんだよ……ハッ。こんなことオマエなんかに言っても仕方ないけどな……」
負け犬と書かれたシャツを見て、男子は長々と自分語りを始めた。電蔵は微笑んで聞いている。
「……少年。一つ言ってやろうか?」
「なんだよ。どうせ一人語りキモイとか言うんだろ」
男子は口を尖らせて、自分の殻に閉じこもっている。電蔵は首を横に振った。
「落ちこぼれが落ち込んでどうすんだ」
男子は目を見開いて、固まった。言葉こそ厳しいものの、電蔵の声は優しかった。優しい声音で発される厳しい言葉は、男子の心を包み込んだのだろう。今にも泣きそうな顔をしている。
「……だって」
「そんな風に考えたら余計に負の感情ばかりが押し寄せてくるぞ。もっと明るくなれ。嫌なこともいいと思うことも全部受け入れるぐらい大きい男になれ。いつまでも愚痴ばかり零していては、落ちこぼれな自分と向き合えないだろう。負け犬、それでいいのか? お前さんは負け犬か?」
「……負け犬だよ。俺は。ヘタレだし、友達もできねえし」
男子はこれでもかと自嘲する。電蔵はそんな彼を見守るように穏やかな目で見た。




