エピローグ 王様をやめたムューユ
そこは見たこともない世界。絶景。ここが死後の世界かとムューユは呟いた。
満天の星空の下にいる。
向こう岸で釣りをしている人々がちらほらといる。
ムューユは真っ赤なドレスを着ていた。ドレスのままで川を渡っていく。ずぶ濡れになりながら、一歩ずつ進んでいく。久々の運動をするので足が思うように動かなかった。水の奔流に足を取られそうになる。
「電蔵、どこじゃ。わしはここじゃ」
ここでは通信もできない。辺りをキョロキョロと見回して、ムューユは電蔵の姿を探した。そして見つけた。愛しいあの子を。愛しくてたまらない、あの子を。
「電蔵!」
ムューユは見つけ次第、駆け寄っていく。バシャバシャと水音を鳴らして。まるで王子様を見つけたシンデレラのように。
今宵やっと解放されるのだ。禁断の恋から。死んでしまったら、息子でもなんでもないだろうとムューユは適当な考えを思い浮かべる。死んだら無でもない。新しい死後の世界での生が始まるのだ。
「王様……」
電蔵は悲しげな顔をしていた。嬉しそうな顔をしてほしいのに、してくれない。あとを追いかけて、ムューユも死んだからだ。ムューユには生きていて欲しかったのだろう。だが、電蔵のいない世界でなんて、生きていけない。死を選ぶ。それは悲しいことじゃない。長かった苦しい生も終わりを告げたのだ。待ち続けた苦しみも、涙となって過去の思い出として消えゆく。
「なんだ、電蔵。知り合いか」
「ボクの親だ」
「もう親ではない! 恋する乙女だ!」
「百歳超えの乙女なんているのか」
「オレも初めて聞いた」
「ええい! わしとランデブーじゃ、電蔵!」
ムューユは電蔵の手を取って、その場で踊り出した。
「あはは! 楽しいな、電蔵!」
「そうか……?」
電蔵はぐるぐると目が回っていて、冷や汗をかいている。楽しくはなさそうだ。
「それより、庄時や少年達はどうした」
「庄時はブラックスフィアに戻ったぞ。ブラックスフィアは電神が守っている。ユウセイは日本に帰ると言っていたので、帰らせてやった。わしの目的も果たせたし、大満足の生じゃった」
「ふーん……そうか。なら良かった」
「うむ! 雷貴もここには来ないのか?」
「たくさん殺したから無理なんじゃないのか? ここは天国だ。きっと地獄にいるだろう」
「前世は関係ないんじゃな。わし、ビックリ」
「なあ、王様」
「なんだ?」
「オレは親孝行できたか?」
「それはもちろんじゃ! それから、もうここでは王様や母親として扱わなくていいぞ?」
「何故」
「天国はすべてを赦される世界だと天界の神が告げている。わしら、恋人にならんかのう?」
「歳が離れすぎていると思うんだが」
電蔵は笑う。だが、ムューユと指を絡めて握った。
「いいや、今も王様だよ。オレの、な」
「できればお姫様が良い」
「わかった、姫」
額にキスをして、電蔵はムューユを優しく抱きしめた。




