真ヒロインの前に現れた騎士は異世界転生おじさん悪役令嬢でした
おじさんが読んだ本には悪役令嬢というべき姫君、血石姫のことが書かれていた。黒曜姫とリシア王子の仲を引き裂こうと画策したが、罪に問われ、牢獄で孤独な死を迎えた。
「異世界転生トラック~異世界転生トラックだよ~」
それに轢かれれば異世界転生ができるというトラックがおじさんの町へ来たようだ。
“僕ならきっと、血石姫に転生しようともうまく立ち回れるに違いない”
おじさんは異世界転生トラックに轢かれて死んだ。無職のおじさんが死んだところで昨今は大したニュースになりもしない。
自分には前世の記憶があり、自分は将来悲惨な未来が待っているらしい。そう血石姫が気づいたのは15の夜だった。
「黒曜姫とリシア王子」
血石姫がその名を忘れることはない。運命を変えるため、黒曜姫とリシア王子について調べ始めたが、リシア王子はともかく、黒曜姫の名が出てこなかった。
「リシア王子がこの国の王位継承第一位だなんて。年の頃も私とベストマッチング。六貴族の娘の一人たるこの私なら、嫁候補であるはず───」
そんな折である。王宮で開催される舞踏会にリシア王子も出席するという情報が舞い込んできた。
「病弱という理由であまり表舞台へ出てくることがないリシア王子が。これはチャンスでしかないわ」
血石姫は一番になるために準備を始めた。
豪華絢爛という言葉はこの舞踏会のためにある。色彩豊かなドレスと絹のような肌の姫君たち。武と知を兼ね備えた、貴族の男たち。太陽の光よりも明るいシャンデリア。
「そして誰よりも美しいわ・た・く・し」
言動こそあれであるが、この場において、血石姫の美貌は一番だった。露出度も一番である。
「あら~、ごめんなさい。リシア王子にしか興味がなくって」
「良いご身分だこと」
貴族の男たちの求婚を断り続ける血石姫を諌める声。六貴族の娘たち───六貴姫の一人、蒼玉姫だった。血石姫と同じくリシア王子を狙うライバルである。
「本当のことだもの」
「ふん。あなたになんか負けませんわ」
会場が騒がしくなる。リシア王子の登場であるようだった。
「皆様、今日はお集まりいただき感謝する。今日はこの国の未来について重要な発表がある」
「キタコレ!」
定番の、王子様の妃を決めるバトル・ロワイアル。貴族の娘全員が揃っているこの場で発表するのが相応しい。
「我が未来の妻、黒曜姫を紹介しよう!」
「ゲッ」
女一同醜い顔をする。その顔を見て男どもは青ざめる。
王子に手を引かれ現れたのは黒髪の少女。歳は十にいかないくらいの童女。しかし、その顔、その佇まいは美しく、姫という名を冠するにも納得がいく。
「なに、それ」
蒼玉姫は悟ってしまった。黒曜姫には敵わない、と。ましてや黒曜姫は今後ますます美しくなっていくだろう。数年経てば目を合わせることすら許されぬ、やんごとなき姫になろう、と。
「可愛くて、とっても綺麗」
その場の姫たちの中でそう思ったのは血石姫だけであろう。それは前世が男性であることの業か。あるいは、もっと純粋な───
「尊い。てぇてぇだわ」
王子と黒曜姫が笑顔で戯れる姿、いとをかし。これぞ国の宝。心臓がバクバクする。
「わっ」
「おほほ。ごめんあそばせ」
興奮のあまり、血石姫は無意識に魔法を発動させてしまう。背や手足からちょっとした炎が出る。この体質が故に、血石姫は常に露出の多い格好をしている。
「皆様ご覧の通り、血石姫はまだ子ども。5年後に、僕たちは式を挙げる。僕たちの前には多くの困難が立ちはだかるだろう。僕は姫もこの国も護ることを誓おう!」
感動と悔しさの涙。
血石姫は己に宿った複雑な感情に戸惑った。
「でも邪魔者はコロス。私の手で」
従者や暗殺者にでもやらせればよいものだが、時既に遅く、血石姫はリシア王子と黒曜姫が同棲する庵へ。
「ここで二人仲良く娘娘してるのは知ってる遊ばせ~。あー、リシア王子がロリコンだったなんてちょっとショック」
好きだったんだけどな~。
血石姫は庭木の陰から灯りの点る邸内を見る。周囲は物言わぬ闇。そこに命を狙うものが潜んでいるというのに───
「お身体に障りますから、もう戻りましょう」
鈴の音のような声。黒曜姫である。
「あの家では夜の星も満足に見れなかっただろう?僕は君にたくさんの世界を見せたい。ううん。君と一緒に見たいんだ」
「尊すぎるッ!」
血石姫は必死で口を塞ぐ。
「誰だ!」
「まずった!」
血石姫は逃げようとした。
血石姫の目に移る光。
月の光に反射するそれは庭木の陰からひょっこりと、顔を出している。
銀の鏃。
考えるより先に、体が動いていた。放たれた矢が二人の元に辿り着くより先に、隠し持っていたナイフで軌道を逸らす。血石姫は魔法により素早く動くことが可能。ただし一日一回限り。
「君は血石姫。黒曜姫を暗殺しようと───」
「お黙り!」
ピシャリと血石姫は言ってのける。
(今の矢の軌道は王子を?誰が何故───)
思考を張り巡らす。犯人捜しのためではなく、推しの二人を逃がす方法を。
(推し、か)
「ゆっくり下がって。決して庭に背を向けず」
一人、二人、三人───合計5人。
黒曜姫とリシア王子に動きがあったことにより、庭の気配が顕になる。
「動きから手練れとはわかるけど、それぞれが連携している節はない───。......あのアマども!」
6から1を引いたら5である。簡単な算数。
「あんたたち、六貴姫の手下ね!私は血石姫。あなたがたの雇い主にはキツく言いつけて差し上げますわ!」
驚くほどの掌返しだった。これ以上正体がバレないようにと気配たちは一目散に庭から去っていく。
「これもまた賢く生きるための知恵だと」
血石姫は呆れる。
「さて。黒曜姫とついでにリシア王子。お怪我は無くって?」
「助けてくれたのか」
「お人好しね。私が今からその童を殺しますわ」
血石姫は黒曜姫に襲いかかる───ふりをしてナイフを天井に投擲。シャンデリアの陰に潜んでいた暗殺者がナイフを避け、着地してくる。
(微かな殺意を感じなければやられていた───これは私への───)
「あなたは誰の差し金かしら」
血石姫は隠し持っていたナイフを取り出す。暗殺者もまたナイフを取り出し、血石姫が気付いた時には既に切っ先が鼻先まで───
吹き出す血。床に転がる血石姫の体。血は血石姫のものではない。もちろん、暗殺者のものでもない。
「リシア様!リシア様ぁ!」
黒曜姫の泣き叫ぶ声。王子の左目から流血。本来ならば血石姫が流していたはずのもの───
「どうして」
「気がつけば体が動いていた。そなたも、そう、だったのだろう」
暗殺者の姿はもうどこにもない。
「みなさん、お急ぎになって!」
蒼玉姫の声と共に多数の家臣たちが庵へ乗り込んでくる。
「血石姫が王子を!」
王子の返り血で真っ赤に染まった血石姫。手には王子を刺したとおぼしきナイフ。
血石姫は抵抗することなく騎士に取り押さえられる。
「まさかあなたが」
蒼玉姫が卑しい笑みを浮かべる。
「あなたではない。王子を殺そうとするわけないし」
「は?なんのことでして?」
血石姫は蒼玉姫に鼻で笑って返す。
「な、なんなのよ、血石姫」
蒼玉姫に後味の悪さを残したまま、血石姫は投獄された。
5年の月日が流れた。騎士サンギナリアは王城の中の王の間へ呼び出されていた。
「一ヶ月後、私は王となる」
隻眼の王子、リシアが言う。
「お前には我が将来の妻、黒曜姫の───」
「お言葉ですが、リシア次期国王。いや、姫にも触れられぬ臆病者と呼びましょう」
場に緊張感が走る。
「黒曜姫との婚姻を発表されてから5年経つというのに当の黒曜姫は例の事件からずーっと巳やからデテ来られない。王になるより先にやることがあるんじゃねーのかよ」
リシア王子は眉一つ動かさない。
「私が黒曜姫を奪ってしまうかも、ですよ」
王子は鼻で笑って返す。サンギナリアは王子の態度に顔をしかめる。
失礼、とサンギナリアは王の間を退いた。
「お姫様~。あなたのナイトが参りましたよ~」
黒曜姫が引きこもる建物はいつしか黒曜宮と呼ばれていた。中に入れるのは身の回りの世話をする従者のみ。リシア王子すら黒曜姫は宮へ入れようとしない。
よ、というかけ声とともにサンギナリアは門を飛び越える。高さ3Mはあろう門を軽々と。
そのまま壁へと飛び移り、宮の壁を歩いていく。そして、窓が開いている部屋へ入り込んだ。
「私があなたにたくさんの世界を見せてあげる。臆病者の王子様に代わってね」
騎士は窓の外から飛び込んできて、黒曜姫に手を差し出す。その姿にかつて自身を救った姫の面影を見た。
「今日から私があなたの王子様」
王の間へと黒曜姫とサンギナリアは参る。王国中が騒然となっていた。
「皆さまごきげんよう」
黒曜姫はこの世で一番美しい姫となった。華麗な容姿に男女問わず心を奪われるほどに。
「久しぶりだな、黒曜姫」
リシア王子は淡白な態度だった。
「もっと喜んではどうですか、臆病者」
サンギナリアは頬を膨らませる。
「黒曜姫を引っ張り出してくれて感謝する。これで王位継承の儀を執り行える」
「優しかった王子様はどこへ行っちゃったのさ」
「王になるということは王子のままではいられなくなるということ」
サンギナリアは黒曜姫の様子を伺う。黒曜姫の表情はピクリとも変化しない。お姫様らしい澄まし顔。王子の態度は想定どおり、といったところである。
「姫が心変りせぬうちに儀の準備をはじめる」
サンギナリアは自分が利用された気がして悔しくなった。
「マジでないわ。あのクソ王子」
「私もそう思う」
黒曜宮の窓から見える星を眺めて騎士と姫は笑いあう。
「でも、リシアのことも分かってあげてほしい。あの方は、今でも私のことを想ってる。ううん。私のことしか考えてない」
「うらやましい限りなんだけど、男特有の勘違いってか、いじっぱりってか。黒曜はいつも星空を?」
「うん。短い間だったけど、幸せな瞬間だったから」
「いいねー。私が守りたかったのは黒曜の笑顔なんだけど、なんかこう、今はてぇてぇが足りないんだなぁ、これが」
サンギナリアは王子にツバを吐きかけたい気分になってくる。
「王子にツバ吐いてくるわ」
サンギナリアは王子にツバを吐いた。王子様は眉一つ───
「何するだ!」
「気にくわねーんだよ、ボケ!」
黒曜宮の門の前で立っている王子にサンギナリアは吐き捨てた。
「昼間は寝てるのか」
「寝る暇などないよ」
「五年間ずっとこうしてたのか」
「たった五年だ」
「寿命は?」
「あと数年といったところだろう」
リシア王子の髪をよく見ると所々に白髪が混じっている。
「なによそれ。黒曜は、王子様とずっと一緒にいたかったんだよ」
「僕の代わりのキミだろう」
「───大馬鹿者ッ」
「僕が王子様であるかぎり、姫には危険がつきまとう。だから僕は姫を守るために───」
サンギナリアは王子の頭に拳骨を喰らわせた。
「ここは私に任せてさっさと寝なさい!黒曜姫のお姫様。あなたたちにはこれから精一杯幸せになってもらわないといけないんだから」
「でも───」
「でも、じゃありません!」
リシアはサンギナリアの圧に負けて、しぶしぶ帰っていく。
「さようなら。私の王子様」
星は涙を流さなくて偉いな、とサンギナリアは思った。
その日の舞踏会の招待客は二人だけだった。
一人は六貴姫が一人、蒼玉姫。
そしてもう一人はリシアの弟に当たる第2王子のカイヤ。招いたのはリシアと黒曜姫。
「このように真っ暗の中での舞踏会とはどういう趣かな、兄者」
芝居がかった口調でカイヤは言う。
「五年前。僕の命を狙ったのはキミだね、カイヤ」
優しい口調でリシアは問う。カイヤは笑顔で答える。
「うん、そうだよ。ずうーっとさ、俺は兄さんが死ぬのを待ってたんだ、俺は。俺は、長い間、食事に毒を混ぜてだんだん弱らせてたんだけど、あの日はチャンスだと思って、俺は。六貴姫が黒曜姫を殺そうとしたドタバタで兄さんが死んでもなにもおかしくはないから」
怖いくらいスラスラとカイヤは言ってのけた。
「蒼玉姫、あなたは」
「黒曜姫を殺そうとはしておりませんでしたの、本当は。邪魔な血石姫を排除したその後にでも、とか、ま、どうせだれかがそのうちとか色々考えておりました、けど。都合よく血石姫が罪を被ってくれてよかったですわ。あとは黒曜姫を殺すだけ。でも籠られてしまったので本当に参りましてよ。出てきてくれて本当によかったですわ」
蒼玉姫は笑顔を見せた。
「私たちの目的はあなた方の殺害」
「さようなら、兄貴」
暗闇からリシア王子と黒曜姫に向かって矢が放たれる。その数20以上。暗殺者がすでに闇の中に潜んでいたようである。
長い尾をひく焔が暗黒を切り裂く。
会場の蝋燭に火を灯しながら瞬く閃光の騎士。
華麗なる魔法と剣技で放たれた矢を炭に変える。
明かりともされたる舞台に立つ一人の騎士。上着の背中と袖、ズボンの裾が焦げ落ちている。
「まさかあなたは───」
「推しの恋路を邪魔するものは、この私が成敗してやる!」
ヒッ。
蒼玉姫が悲鳴を上げる。
「新入りの騎士か。お前らやってしまえ」
カイヤの声は虚しく響いた。
「もう、無駄よ、カイヤ。あの子を本気で怒らせたら、取り返しがつかない」
暗殺者はすでに全員倒されていたのだった。
「仕方がない、兄者!俺は諦めよう、俺は。蒼玉姫!俺たちは牢獄で結婚式を上げよう、俺たちは」
「もう!雰囲気ないんだから。ずっとその言葉を待ってたのに」
「......こんなオチってアリ?」
サンギナリアはため息をついた。
現世にて。異世界転生トラックの宣伝文句とともに図書館に一迅の風が吹く。
無職童貞おじさんの出しっぱなしにしていた本のページが風で捲られていく。
捲られたページにはこう書かれている。
『血石姫は第2王子夫妻をけしかけ、計三度の暗殺を企てたとされる』
まーその、凄く描写不足ですね
きっと、血石姫が投獄されてた頃のエピソードとか、真の黒幕のエピソードとかあったりするんでしょうけど、ほら、拙僧、才能とかないのでござりまするが故───
────しかし、血石姫=サンギナリアというのを説明しないといけないのになぁとか思うのでござりまする───
────ま、長すぎると大変なので