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第49話

◆グレーテル side








 痛い。


 彼女の視界は暗闇に閉ざされており、詳しい自身の状態は分からないが全身各所で感じる耐え難い苦痛と喪失感が彼女を責め立てる。


 全てが夢ならどれほど良かっただろうかと思うも、理性が現実であると断定しているため狂気に身を委ね、妄想の世界へ逃げ込むことすらできない。


 感じる喪失感は、何も肉体の欠損だけが理由ではない。自分にとって、もはや半身と言ってもいい存在である兄を喪ったことだ。


 死んだと思っていた悍ましい化け物に血を吸われ、最後は枯れ木のようになったヘンゼル(お兄様)


 その痛ましい姿を見た時、ただでさえ押されていた戦闘は一気に押し込まれ特大の魔法を直撃させられた。


 幸か不幸か、死んだと思われたようで追撃されることはなかったが、致命傷を受けており指先を動かす力さえ残っていない自分には苦痛が長引いただけである。




『僕が、お母さんから守ってあげるよ』




 ふと、光を映さなくなったはずの目に父の姿が見えた。この言葉と表情は見た覚えがある、おそらくは走馬灯というやつだろう。


 それと同時に思い出す父の記憶。


 家族の稼ぎ頭であった父。優し過ぎて怒りっぽい母に怯えていた父。自身の腹を鳴らしながら少ない食事を私と兄に分けてくれた父。そして、最後に見た時は罪悪感に潰されそうな顔をしていた父。


 結局、臆病な父は約束を守ってくれず、それを兄と一緒に怨みもしたが、余計な雑念の消えた今なら分かる。


 彼は私達双子を愛してくれていたと。


 その証拠に、




『ごめん、ごめんよぅ。いつも助けられなくて本当にごめんな』




 生家で過ごした最後の夜。私達が寝ていると思った父はずっと謝っていたのだから。


 血の涙を流すのではないかと思うほど顔を歪め、謝罪をしていた。当時は分からなかったし、捨てられたと分かった時には怨みもした。


 でも今なら違う見方が出来た。そんなに愛してくれていたんだね。




 痛いです、お父様。




 森に捨てられた時、母が主導していたとしても連れに戻ってこなかった時点で父も同意したことは分かっている。


 それでも兄が亡くなった今、縋れる相手が父しかいなかった。


 だから───


 お父様、お父様、お父様、お父様お父様お父様お父様おとうさまおとうさまおとうさまおとうさまおとうさまおとうさまおとうさまおとうさまオトウサマオトウサマオトウサマオトウサマオトウサマオトウサマオトウサマオトウサマ




「たずケて……ぉドゥざマ……」




 いままで虫のようにか細い息しか出なかった喉から、声が出た。(ただ)れた声帯は亡者の如き不気味な声しか出なかった。


 しかし、それは確かに子が親に助けを求めた結果である。




「アアアァァァァッ!」




 声に呼応するように現れた魔法陣。その中からは大柄な(きこり)が這い出てきた。


 彼は斧を肩に担いで哀しみに満ちた叫びを上げる。まるで自分の死を悲しんでくれているかのようだ。


 ヘンゼル亡き今、そんな相手が居てくれた事がなによりも嬉しい。




 今度は来てくれたのですね、お父様。


 ふふっ、お兄様にも見せてあげたかった。




 最後に優しく微笑むとグレーテルは意識を失った。永遠に。









◆??? side








 僕は、また守れなかった。


 また、約束を破ってしまった。


 いつもそうだ。妻の言いなりになり、愛する子供達が苦しむのを見てみぬふりをして、挙句の果てには一度ならず二度までも子供達を森に捨てた。


 その結果、子供を喪うことになったのだ。


 仕事も手に付かず、ただでさえ少ない収入は減った。怒りの捌け口たる子供達が消えた今、妻が怒りの矛先を向けるのは当然のように自分だった。


 続く理不尽に耐えかねて、諸悪の根源たる妻を殺した。これがもっとも、幸せな未来に繋がると信じて。


 後は以前のように子供達が森から帰って来ると思い待っていたのだ。それなのに───


 目の前で、床に呑まれるようにズブズブと沈んでいくグレーテル。娘は死んだと言うのに満足げな笑顔で、その顔が更に僕の後悔を誘う。


 最後まで護れなかった情けない僕に、そんな顔を向けないでくれ……


 そんな罪悪感から逃げるように、彼は唯一残った子供であるヘンゼルを探し始めた。


 既に息子はダンジョンに呑まれている事を知らずに。

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