第34話
◆綺堂 薊 side
動く、動かないを問わず『お菓子な魔女』のダンジョンには様々な死体が存在する。
焼死体や水死体と行った定番は勿論、時間が経ちすぎて死因不明の腐乱死体や白骨死体なども多い。
しかし、そんな中で決して作られない死体がある。それはミイラだ。
ミイラ作成に重要な要素である乾燥だが、この館はそれをするにあたり最悪の条件下だ。
周囲には腐汁を撒き散らすゾンビが多く、腐敗を伝染させる。箱ごと腐らせるのは蜜柑の特権ではないのだから。
故にミイラは存在しなかったのだ。
昨日までは。
「不味いな」
数ある館の部屋で唯一ミイラが転がっている部屋があった。
下手人は言うまでも無い、薊である。
「こいつらが腐ったり焦げたりしてるのが原因か?」
暫く続いていた渇きがヘンゼルの血を吸った事により、ある程度収まったので試しにモンスターの血を吸ったのだが大失敗だった。
若干、渇きは収まったのだが味は酷く、風味だけで吐き気を催す。正直、見た目と臭いで嫌な予感はしていたが、やはり味も最悪だった。
「食い意地なんて張るもんじゃねえな」
溜め息を吐いて脱力する。
それはそうと、薊は自身に新しい発見があったのだ。
以前、『始祖の心臓』を食べる事によって手に入れた固有スキルの【不死の残滓】が【不死の鼓動】に変化していたのだ。
ステータスで見たところスキルの効果に変化は無かった。変わっていたのは名前だけ、明らかに薊自身の体が変化しているというのにだ。
まあ、予想はついている。
恐らく自分は吸血鬼に近づいているのだろうと、薊は確信に近い気持ちを抱いていた。
「この声も聞き覚えがあるし」
今でこそ心地良さすら感じる「殺せ、殺せ」という声。この声はゲームで『始祖の心臓』から復活した始祖吸血鬼の声だ。
『病みラビ』の世界で吸血鬼とは種族的に、かなり上位の強さを持ち、薊が食べた心臓の持ち主の『始祖』ともなれば最強格の種族であるドラゴンに並ぶ程の強さを持つ。
ヘンゼルとの戦闘後から何となくだが、戦闘と吸血を重ねる度に体が人外へと変化していくのが実感できた。
多くの創作で吸血鬼にとって致命的な弱点となる銀、太陽、十字架、流水、ニンニク等と言ったものは『病みラビ』の吸血鬼にとっても弱点となる場合もある。
しかし、それは知能や力も獣と変わらない程度の『低級』と呼ばれる一番低いランクの吸血鬼のみだ。
それ以上の『下級』『中級』『上級』『始祖』ランクの吸血鬼達は人間と変わらない知能を持ち、種族的な弱点の多くは克服され、唯一残った銀と十字架も到底致命的とは言えないレベルだ。
そんな吸血鬼達は悪夢に等しい。
「まだ成り切れてないけどな」
ステータスで種族を確認したところ、人間のままだったが変化するのも時間の問題と思われる。
先程、館に転がっていた十字架を触っても指先が痺れる程度だったので最低でも『下級』には成れそうだ。
「……この力が最初からあれば来紅を助けられたのかな」
ふと、考えても仕方ないIFに思いを馳せてしまう。
こうして始祖が活発になった理由は分からないが、もしダンジョンに入る前から条件を満たせていれば来紅を助けられたかもしれない。
この『病みラビ』主要敵の中でも上位に入りそうな力さえあれば───
「───あれば、何だ?」
来紅を助ける? 何を言ってるんだ俺は?
小指とは厨房で再開してから、ずっと一緒だというのに。さっきのはまるで来紅が死んだような言い回しではないか。失礼にもほどがあるだろう。
というか、また声が鬱陶しく感じ始めた。たっく「殺せ、殺せ」と喧しい。さっきと今でなんの違いがあるんだ。
まぁ、何でもいいか。
「まずは魔女だ。魔女だけは絶対に殺す」
そう言えば、どうして俺は魔女を憎んでるんだったかと一瞬疑問に思うも、何となくそれ以上考えてはならない気がして思考を打ち切る。
そうして、始祖の声に抗わず殺意で心を満たせば不快感も疑問も全て消え失せた。
「あと少しだな」
体感だが、俺が完全な吸血鬼になるまであと少し。恐らく、工房に着く頃には種族が変わっているだろう。
その時が楽しみだ。




