第31話
◆綺堂 薊 side
「なんで、こんなに強いのさっ!」
薊とヘンゼルの戦いは、ほんの僅かではあるが薊が押していた。
現状を認め難かったヘンゼルから悪態が漏れる。
「どうした? 口調が崩れてるぞ?」
「うるさいっ!」
幼い見た目相応の言葉が返ってきた。
ゲームでは追い詰められる程、仮面が剥がれ素の性格が出てきたものだが現実になった今でも、それは変わらないらしい。
「クソッ! グレーテルさえ居ればこんな事にはならなかったのに!」
もはや、ダンジョンに入る時の幼気で優しげな口調は影も形もない。
唯一感じる面影は滲み出るの邪悪さだけだろうか?
まぁ、俺も───
「ははっ。無様だなヘンゼル」
人の事は言えないか。
こいつの化けの皮が剥がれる毎に喜びが溢れ出るのだから。
「っ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇっ!!」
ヘンゼルが言葉に合わせて剣を振る。攻撃は単調この上なく、言葉でもタイミングを教えているため薊には、まず当たらない。
愉快さのあまりに嗤いが止まらない一方、薊は心の片隅に疑問が湧き出る。
自分の中から不自然に力が湧き出てくるのだ。先程の単調な攻撃も、この力が無ければ俺は細切れにされていただろう。
俺が転生した綺堂 薊は耐久力と厄介な固有スキルが自慢のタンクキャラである。ルートによってはラスボスに成るとは言え、数多くいるルートボスの中で最弱だ。
その程度の潜在能力しか持たない俺が、ラスボス以上に凶悪と言える『不規則出現迷宮』のボスを片方だけとは言え、相手に出来るのは不自然極まりない。
「なんで生きてるんだよぉぉぉぉ!」
どうやら考え事の時間は終わりらしい。
ヘンゼルにとって、俺に押されているのは相当に我慢ならない事だったのだろう。目を血走らせながら剣を腰溜めにし、我武者羅に突撃してきた。
これを待ってたんだ。こんな大技をな。
「俺より堕ちろ【禍福逆転】」
直後に腹を貫かれる感覚。
肉を裂き、骨盤を僅かに削られる感触は新鮮だった。痛みがない訳ではない。しかし不快感はなかった。
それは、俺の痛みに対する感覚が変わったとでも言えばいいのだろうか。ともかく苦痛で戦闘不能になる心配はなさそうだった。
「ガッ、ギャァァァァァァァァァァァァ」
ヘンゼルみたいにな。
ヘンゼルは訳も分からぬまま空いたであろう腹を片手で抑えながら蹲っていた。一通り悲鳴を上げれば、次は「返せ、返せ」と呻いている。
その、芋虫のような姿があまりにも哀れだったので俺は助け船を出してやることにした。
「欲しいのはコレか?」
そうして見せびらかすのはヘンゼルの右手だ。
未だ腹に刺さったままの剣を掴み続けていたモノで、ヘンゼルが想定外の痛みに怯んだ時、斬り落とした。
いい加減、邪魔になった剣を抜きながら、俺は思わず呟いた。
「コレ、美味そうだな」
このダンジョンに来る前の俺が聞けば卒倒しそうなセリフだが、思ってしまったのだから仕方ない。本当は踏み潰してから返そうと思ったが、代わりに剣を返してやろう。
ヘンゼルが最低限の回復魔法で傷を塞いだのを見計らってから、口の上で腕を絞った。喉を潤す血液は、前世の経験を含めた全ての飲み物より美味だった。
「こいつも、狂ってる……」
失敬な。俺が狂うほど求めたハッピーエンドも必ず守ると誓った親友も何もかもを失ったのだから、狂う理由など無いというのに。
ヘンゼルに言い返してやりたかったが、そんな事より食事の方が重要であるため黙殺する。
そういえば、今も変わらず聞こえる幻聴も不快には思わなくなってきた。相変わらず「殺せ、殺せ」と鳴り止まないが、どこか心地よさすらある気がする。
「ふぅ、さて続きを───」
「くそっ、霧よ!」
食事が終わったので続きをしようと構え直せば、ヘンゼルは今回の戦闘で初めて詠唱した。
効果は劇的だった。周囲を漂う『魔女の毒霧』の密度は瞬く間に跳ね上がり、数センチ先も見通せない状態となる。
当然のようにゲーム知識にない攻撃法であり、見た目的に継続ダメージ量が増えるのかと思ったが、そういう訳ではなさそうだ。
と、なると霧は純粋に目眩ましだけらしい。
「奇襲狙いか?」
そこからの判断は早かった。
ヘンゼルの奇襲を潰すため、最低限の急所を剣で守りながら突撃する。幸いにも濃霧の範囲は狭く、すぐに視界が晴れたが手遅れだった。
そこには誰も居なかったのだから。
「どこだヘンゼルッ! 逃げるんじゃねえぞっ!!」
怒りのままに叫ぶも返事はない。
どうやら完全に逃げられたらしい。




