第30話
◆雁野 来紅 side
「着いたよ、ここが武器庫だ」
そうして案内されたのは他と同じくお菓子の扉だった。クッキーをメイン素材とし黒ずんだチョコもどきと、ドロドロした血だかジャムだか分からないナニカで装飾されている。
「こ、ここですか」
メリッサと会うまで気にする余裕がなかったが、こうして落ち着いて見ると入るのに勇気がいる扉だ。
出血程度ならポーション作成で毎日のように見ていたが、そんな来紅をもってしても気後れするほどの迫力がある。
「さっ、開けるよ」
そんな来紅を見兼ねたのか、ポンッと背中を叩くと安心させるように笑った。
「お願いします」
武器庫の中には様々な杖や魔導書の数々。呪わしげな雰囲気を纏った品々は魔女の所有物であると納得がいく物ばかりだった。
「どうやら、ここは奴等の手が入っていないみたいだね」
「……」
メリッサは冷静にそう言うが来紅はそれどころではない。中に敵が居ない事を確認した後、来紅はそれらの品が放つ、暗く纏わりつくような禍々しさと、ある意味で純粋な在り方に見惚れていた。
来紅は自分の中に薊への異常な独占欲と執着心があることを自覚していない。
それでも、無意識の内に武器達の禍々しさに自身の心の闇を重ねて親近感から恐怖心が薄れていた。
いや、それどころか───
「お嬢ちゃん。あんた魔女の素質があるよ」
「えっ?」
固まっていた来紅はメリッサの言葉で我に返る。どういう意味だろうか?
自身は魔女どころか、一般的な魔法使いとしてもへっぽこである。あの過保護な父ですら微妙な顔をするレベルの才能だと言うのに、魔女に向いてるとは意外にもほどがある。
「魔女が普通の魔法使いと違うのは知ってるかい?」
「は、はい。本当に一応……」
少し戸惑にながらも肯定する。この世界では割と常識的な話だった。
その昔、とある国の王が温厚で知られる魔女へ「魔女も魔法使いも同じだろ」と言い放ったところ、息子を殺されても眉一つ動かさなかった彼女が怒り狂い、国が滅んだのだ。
その事件以降、魔女または魔人(男の魔女)は魔法使いとは別物であると広められたのだが詳しい事は知られていないので魔法使いの上位存在くらいの認識である。
つまるところ、一般人にとって魔女とは「なんか凄い魔法使い」の認識なのだ。
来紅からしても呼び方が違う事しか知らない。
「ヒッヒッヒ。まぁ普通はそんなもんさね」
「あぅ」
魔女らしく笑いながらも、おおらかさ感じさせるメリッサに心底感謝だ。
ここで殺されたら薊と離れ離れになってしまう。殺すならせめて彼と一緒に殺してほしい。それなら、ずっと一緒にいられるのだから。
「いいかい? そもそも魔女にとって魔法の才能はそこまで重要な事じゃないんだ」
「そうなんですか?」
魔法を使うのに才能がいらない? なんで?
頭の中を「?」で埋め尽くす来紅にメリッサは言葉を続ける。
「魔女の素質ってのは『魔』そのものに魅入られ、受け入れることなんだ。魔法の才能なんてのは道具や儀式で後付が利くからね」
まっ、才能もあるに越したことはないが。と、メリッサはついでのように言う。
この話は初耳だった。だとしても、どうして自分に魔女の素質があるのかが分からない。疑問が顔に出てたのかメリッサが話を続ける。
「お嬢ちゃんが、ここの杖や魔導書を気に入ったのはすぐに分かった。でも、それだけじゃなかった。お嬢ちゃん、あんた『呼ばれた』だろう?」
ドクンッと、心臓が大きく跳ねた。
そうなのだ。来紅は禍々しい武器達に強く心を惹かれるだけでなく、武器達の己を呼ぶ声も聞こえていたのだ。自分達を使えという音なき声が。
メリッサに言われるまでは無自覚だったが、今はっきりと自覚した。自分は、この武器達を使いたい。いや、使わねばならない。
まるで武器達の禍々しさが乗り移ったかのように無意識の内、来紅の頬が吊り上がる。
それは、さながら御伽話の魔女のように。
「こりゃあ、いい拾いものをしたかもねえ」
そして、メリッサも嗤っていた。その顔は子の誕生を祝う母のようであり、獲物を狙う獣のようにも見えた。




