第28話
◆綺堂 薊 side
眼前の惨状を見据え、呆然とする。
嘆き、悲しみ、後悔、そして絶望。
思考の大半が病みに呑まれ、いまなお体を襲ってる筈の激痛は微塵も感じなかった。
そんな中、絞り滓のような理性が、なぜこんな事になったのかと語り掛ける。
それに対する答えは様々だ。
早く見つけていればよかった。
小屋に入る前、違和感を感じた時点で帰るべきだった。
俺自身がもっと強ければよかった。
数え上げれば切りがないこの自問自答も、全ては一つに集約される。
「来紅が死んだのは俺のせい、か」
これだけは揺るがない事実だ。
せめて、来紅がネックレスを拾いに行った時に俺もついて行けば、少なくとも離ればなれになる事は避けられただろう。
ダンジョンへ侵入する時、一定距離内に居ればダンジョンはパーティーとして認識し、二人一緒に入れたのだから。それならば来紅を説得し、安全に魔女を復活させられたかもしれないのだ。
「ハ、ハハ……」
そもそもハッピーエンドの実現は心の平穏があってこそという考えが間違っていたのだろうか。
そんな生温い事を考えなければ、すぐにでも来紅を含めた非力なキャラ達は拉致し、俺では勝てない強力なキャラはゲーム知識を活かして脅迫などして、全員監禁したというのに。
「ハハハハッ」
もう、どうでもいいか。
あれほど求めたハッピーエンドは潰えた。
あの世にいる来紅への謝罪内容を考える方が建設的だろうか。
「ハハ……アギッ、ハハハハ」
叫びと血の香りに引き寄せられたモンスター達が俺に群がる。
普段は忌避の対象でしかない苦痛が今ばかりは心地いい。
俺はモンスターに喰われる苦痛を味わう事で無意識に来紅への贖罪になるとでも、思っているのか。
残り滓の理性でも分かる。そんなものは自己満足であり、死んだ来紅には何の得もないのだと。
我ながらなんと愚かなのだろう。
「ㇵㇵㇵ……ガァッ、ハハハ」
群がるモンスターが増えてきた、そろそろ自然回復で追いつかないダメージ量になる。
このまま死ぬのもいいかも知れない。
色々と未練は残っているが一番の未練は取り返しがつかない事であるし、何より今すぐ死にたかった。
積極的に死にに行くような自殺をする程の気力は無いが、今のように流れに身を任せる消極的な自殺なら出来そうだ。
「……ハ、ァ?」
そのまま目を閉じようとした時、赦し難い光景が見えた。
「おい、お前……」
ある一匹のモンスターが石窯へと近づく。
いや、正確には石窯に向かってる訳では無い。
そいつは───
「来紅に近づくんじゃねぇぇぇっ!!」
来紅の唯一、残った指を食おうとしていた。
俺の心を包んでいた病みは一瞬で消え去り一つの目的が産まれた。
「俺より堕ちろ【禍福逆転】っ!」
俺に噛み付く化物達を固有スキルでダメージを与え怯ませ距離を取った後、『応報の剣』を持ち、刃を寝かせ己の体を一回転し周囲の化物を斬り殺す。
「止まれぇぇぇっ!!」
両手剣形態のまま『応報の剣』を視線の先にいる下手人へ投げつける。
前世は勿論、今世でも剣を投げるのが初めての俺が相手を串刺しにするなんて器用な事が出来る筈も無く、回転しながら飛んだ剣は柄を目標の腹に当てる事で地に落ちた。
まあ、いい。最低限の目標は果たした。
「くだばれっ」
剣を腹に受け蹲っていた化物の頭を踏み潰す。
湿り気を纏った硬い物が潰れる音がする。
まだだ、この程度で終わらせる筈が無い。
ゴシャッ、グシャッ、グチャッ
丁寧に頭を潰していると骨を潰す音が消え血と頭蓋の中身が潰れる粘着質な水音だけが遺った。
体が熱い、心臓が燃えそうだ。どこから、ともなく敵を殺せと声が聞こえる。
「でも、悪い気分じゃない」
指を優しく拾い上げると来紅から貰ったポーションビンの中へ入れ懐に仕舞う。もう二度と傷つけさせない覚悟を決めて。
「安心しろ、俺が守るからな」
次に来紅と会ったら言おうと思っていた言葉を指へと語り掛ける。やっと会えたな来紅、心配したんだぞ。
微笑もうとしたら頬が歪に引き攣った。
俺は壊れてしまったのだろうか? いや、どうでもいいか。
なぜなら────
「今度こそ離さないからな」
何故なら、ずっと親友といられるのだから。
他に何もいらない。
潰えたハッピーエンドも、自身の安全も、何もかも。
そうして、怨敵たる魔女への復讐心を胸にモンスターの殲滅を始めた。




