4章
あおばは普段青系を好み、わりと青めの服装をしていることが多い。
だが今しがた出てきたあおばは正反対の、真っ赤な服装をしていた。
「私は一ツ沢あかばよ」
みなみは驚愕の表情をしている。
「あなたなんて知らない。あなた誰? 黒幕って・・・」
あおばもやはり驚愕の表情で、ただただあかばの顔をまじまじと見るしかなかった。
何しろ自分と・・・あおばと瓜二つの顔をしているのだ。
背格好、姿形も全く同じ。
違うのは服の色だけ。
「フッ。黒幕ってのは嘘よ。親友だろ? 信じてやんなよ。バカあおば! 先週ラジオに出たのは私だよ」
「えっ?」
「えっ?」
「私はあんたで、あんたは私なんだよ」
もう一人のあおば・・・いや、あかばは、あおばに対してそう言った。
「私は・・・あんた、つまりあおばが、こうなりたいって願った自分、明るいあおばなんだよ」
「・・・つまり、あおばが普段抑圧していた、秘めた願望・・・それがあなた、つまりあかばを生んだってこと?」
冷静に状況を把握したみなみは、的確に目の前で起こっている現象を説明してみせた。
「うそだっ!!!」
「うそなもんか」
「私は、世界一の声優だとか、そんな慢心していない!」
「うそだね」
あおばは怒りに満ちた表情だが、あかばは平然としていた。
「人間誰しも私が一番!って思ってるもんさ。ただそれを本当に表出して、強い想いで実現できる・・・そんな人間は一握りだけどね」
「・・・・・・」
そんなもんかと、あおばとみなみは黙るしかなかった。
「それができるのがあんた・・・あおばだったんだよ」
「えっ・・・」
「いや、もう今のあんたにはできないかな。それが今できるのは私・・・あかばだ」
「『あおばと一緒』で、あんたは明るいあおばを演じ続けた・・・その時に放出されたエネルギーがあのラジオブースに溜まりに溜まって、やがて結晶化し、生み出されたのが私・・・あかばなんだよ」
「うそ・・・そんなことが・・・」
みなみは信じられなかった。
「そして声優としての能力は私が今持ち合わせている。私が世界一の声優になってやるから! あおば。あんたもう用済みだから消えな。しっしっ」
あかばは手で追い払うジェスチャーまでやってのけた。
「ふざけんな・・・」
あおばは力なく呟いた。どうすれば良いのか、逡巡する。
あおばを消す・・・この得体の知れない化け物みたいな女なら、本当にやってのけそう・・・
そう思えたみなみは、またブルブル震え出した。
あおばは逡巡の後、ある行動に出た。
何を思ったのか、廃墟の中に入り込み、ガサゴソと何か探して始めたのだ。
「あ? 何してんのあおば? 死に場所でも探してんの?」
「あった」
何かを見つけたあおばは呟いた。
あおばが手に持っているのは鉄の棒だ。
「消えんのはお前だっ!!!」
あかばはフッと不敵に笑った。
「私を殺す気?」
「私こそが本当のあおばだ! 偽物は消えろっ!!」
「やめて!」
さすがに殺人はヤバいと感じたみなみは叫んだ。
「いけない。それだけはやめて」
「面白い。殺してみろよ。さっきも言ったろ。私はあんたであんたは私。私を殺したらあんたも死ぬよ」
あおばは鉄の棒を振りかざした。
「やめて!!」
そう叫んだみなみは、素早くあおばに駆け寄り、鉄の棒を奪い取った。
「私が殺る」
思いもよらないことをみなみが口走った。
「殺るって・・・」
さすがに予想だにしない言葉だっただけに、あおばも怯んだ。
みなみは賭けた。
さっき、“私は黒幕だ”と、あかばは嘘を言った。あかばを殺せばあおばも死ぬ・・・
それも嘘かも知れない、ハッタリかも知れないと。
いずれにしても何とかこの異常事態を脱しなければならない。
それに、あおばではなく、他人が殺せば大丈夫なのではないか?
そのわずかな可能性に賭けた。
もし万が一あおばも死んでしまったとしても、自分も死んで心中しようと。
あおばのためならそのくらいしてもかまわないと思ったし、とにかくあおばを救うため、決断を急がなければならなかった。
「あなたはこれから、更に声優としてビッグになるんだから、殺人者になんかなっちゃいけない」
「みなみ・・・」
「私はもう・・・マネージャーとして付いていられなくなるけど、何とか一人で頑張って・・・」
みなみは涙を流す。
「いや・・・私・・・みなみがいないとやっていけない・・・」
あおばもまた涙を流した。
意を決したかのような表情をするみなみ。
一気にあかばに襲いかかった。
あかばはなぜか無抵抗だった。
ただされるがまま、みなみに鉄の棒で殴り続けられた。
「死ね! 死ね! あかば!! あおばは私が守る! あおばは世界一の声優なんだから! お前なんかに、邪魔させない! お前が消えろっ!!!」
ガッガッと、鈍い音が鳴り響く。
あかばは大量の血を頭から流し、倒れていた。
あかばは完全に死んでいるかのようだった。
あおばとみなみは・・・
何ともなかった。
殺人を犯し、興奮と恐怖でぐちゃぐちゃの感情だったが、しばらくしてようやく落ち着いた。
とにかくこんな恐ろしい場から離れたいと、冷静になりつつあった。
みなみは凶器となった鉄の棒を放り投げた。そしてあおばと共にその場を離れた。
二人とも泣きながら、力なくよたよたと歩いていた。
お互いがお互いを支え合いながら・・・
翌朝、みなみは自首するために交番に行った。
たが・・・不可思議にも、あかばの死体はおろか、殺人現場となったはずの廃墟も、影も形もなくなっていたのだ。
そこはただの空き地だった。
そして新たに始まったはずの、あおばのラジオの冠番組・・・そんな番組は初めから存在しないことになっていた。
ある日の夜、あおばとみなみは、行きつけの定食屋で食事をしていた。
「みなみ。相談があるんだけど」
「何?」
「私、声優やめようと思って・・・」
みなみは何とも言えなかった。
あんな怖い体験をしたのだ。無理もなかった。
「その代わり・・・二人で声優事務所立ち上げない?」
思いもよらない言葉だった。
みなみはキョトンとするも、すぐさま答えた。
「いいね! あおばの世界一の声優としての技術を、後進に伝えていく・・・こんな素晴らしいことはないね!」
「やっぱりこの仕事は大好きだから、何らかの形で関わっていたいし」
「うんうん」
二人とも笑顔だった。
「夢が膨らむね〜」
みなみは希望に満ちた表情を見せる。
だがあおばはは一瞬気になった。
ちょうど例の新しく始まる・・・
というより、既に2回放送していたはずだったあおばの冠番組、その放送時間だったのだ。
「全く違う番組になってるはずだけど、念のため・・・」
「うん」
あおばはスマホでラジオをつけた。
「は〜い! 私、二ツ沢あおば、またの名を三ツ沢きいろば! 将来を約束された、大型新人声優で〜す!!!」
紛れもないあおばの声、そのものだった。
二人は凍り付いた。