2話
01
緋依さんの専属メイドになってから三日が経って分かったことがある。彼女は大企業の社長に若くしてなったことから他人に良くは思われていない。屋敷に来る役員たちは皆、彼女に頭を下げて指示に従っているが表情を見たら彼らが何を考えているのかがわかる。それを緋依さんは分かっているのか、必要以上にコミュニケーションは取らずに形式上の指示を出したあとは直ぐに自室に戻ってしまう。傍から見れば感じの悪い人に見えるだろうが僕はそう思わない、何故なら……
「はぁ〜……今日も疲れたぁ。利音ちゃん、ハグさせて〜」
「いい加減辞めて下さい……」
「良いじゃない、減るもんじゃないんだし」
緋依さんは人目がつくことのない自分の部屋に戻ると、毎回僕の体に自分の体を押しつけてくる。こちらとしては豊満に育てられた果物を押し付けられると、変な気分になるから辞めてもらいたい。外ではまるで雪のように冷たさを周囲に放ち続けているせいで、周りからは白銀姫とまで呼ばれている。
白銀姫はヨーロッパの童話から生まれたらしく、雪を溶かし込んだような銀色の髪と氷のように真っ白な肌を持つ少女が自らの力のせいで大事な人を失うというものらしい。それを何故、緋依さんが呼ばれているのかは全くわからない。
「いつもご苦労さまです、緋依お嬢様」
僕は執事の吉原さんという人に教えられた通り、紅茶を手順通りにやって緋依さんに差し出す。彼女はそれを受け取り、飲んだあとまるで女神のような優しさのある笑みを浮かべた。
「うん、まずい。でもまあ……最初よりかは良くなった方かな」
厳しいことを言うけれど緋依さんはちゃんと最後に褒めてくれる。だから何で他のメイドさんたちが緋依さんを悪く言うのが分からなかった。
02
翌朝、緋依さんが仕事に出たあと僕はいつものように部屋を掃除することにした。
「あと三週間でこことお別れか……」
部屋の隅々まで掃除をしながら僕は一人言を呟く。普段なら三週間と聞くだけで長く感じてしまうが、今その言葉を聞くと少し寂しく思えてくる。……僕は人肌恋しかったのだろうか、周りの同級生が受験期間に入って自分は推薦で進路を決めたせいで誰も僕と関わらなくなった。決して仲が悪くなったわけではない、ただ忙しくて余裕が無くなっただけだと分かっていても僕は寂しかった。だからか、気づいたら住み込みのアルバイトの応募を押していた。
「緋依さん……僕を長期で雇ってくれないかな」
叶うはずもないことを呟いた罰なのか、僕は躓いて本棚に飾ってあった写真立てを落としてしまった。
「あいたた……」
割れてないか確認したあと、元あった位置へ戻そうとした時だった。僕は手元にある写真に違和感を覚えた。……この写真を見たら後戻りはできないと分かっていても、僕は自分の好奇心を抑えることは出来なかった。
写真には僕と瓜二つな少年が幼い頃の緋依さんと手を繋いで写っていた。余りの出来事に僕は頭を抱えそうになる。何で緋依さんは僕を専属メイドなんかにしたんだ……?
「あーあ、バレちゃったか」
声がした方向を見ると、緋依さんはまるで童話の白銀姫のように冷たい目線で僕を見下ろしていた。