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1話

 01



 八月某日、僕は夏休みを利用して図書館でアルバイトの求人をスマートフォンで見ていた。



「……執事・メイド出張所?」




 メイドや執事を依頼主の元へ派遣し、そこで数週間住み込みで働くと求人には書いてあった。一ヶ月働くだけで……月給十二万!? 高校生の僕にとって十万という金は大きく、明らかに怪しい求人に見えたが僕は金に目が眩んでしまった。三年間真面目にやり遂げた部活は今月で終わり、僕以外のチームメイトたちは夏期講習という蟻地獄へと取り込まれた。アルバイトというアルバイトをしたことが無かった僕はどれぐらい働けば稼げるのか分からなかったせいで、明らかに怪しいものだと分かっていても……やっぱり楽して金は稼ぎたいと感じていた。



 応募をして一週間も経たない内に執事・メイド出張所の社長から連絡があり、僕は緊張しながらも現地に向かうことにした。出張所は電車で一時間、徒歩十分圏内の場所にあるらしく外観は見たら直ぐにわかると言っていたけれど……




「……本当にここであってるのか?」




 ビルが並んでいる中で一人ぽつんと古びた建物が建っていた。所々ひびが入っており年季が感じられ、看板には小さく執事・メイド出張所と書いてあった。求人アプリに掲載されてた写真と全く異なり唖然とした。一瞬、このまま帰ってしまおうかと考えたが良心がそれを良しとはしなかった。高ぶる心臓を抑えながら、僕はインターホンを押す。束の間の静けさのあと、鈍い音を出しながらドアは開かれた。




「君が……柊利音くん?」




 この古びた建造物には似つかわしくない清潔感のある女性がドアから出てきた。



「え、あ、はい」



 僕はその女性の立ち振る舞いを見て確かに執事・メイド出張所を立ち挙げるぐらいの能力はあるんだろうと思っていた。彼女に連れられて出張所の中に入ると古びた外観とは違って中はリフォームをしたのか、どこを見ても清潔感に溢れている空間だった。僕は歳や進路など簡単なことを彼女から聞かれた。彼女は少し考えながら、何か閃いたような顔で僕にとんでもないことを口走る。




「う〜ん、最初は執事で行ってもらうつもりだったんだけど……やっぱり君可愛から女装してよ」




「ちょっと意味がわからないんですけど」



 女装? 男の僕が? 突然のことで頭が混乱した僕を他所に執事・メイド出張所の社長である彼方さんは明らかにデタラメな理由を僕に説明する。余りにも信用が出来なくなった僕は出張所を出ようとすると、彼方さんは僕の腕を掴んだ。




「一ヶ月住み込みで働いてくれるなら……八万プラスして二十万は出してくれるみたいよ。その依頼主、金だけは有り余っているみたいだから」




「是非ともやらせてください!」



「威勢がいいのは良い事だけど……でそんなお金が必要なの?」



 彼方さんは不思議そうな顔をして僕に大金を求める理由を話す。僕は少し考えたあと、彼女に理由を伝えた。   



「死んだ親友が行けなかった旅行の費用を稼ぐためです」






  02



 御影財閥。一族経営企業の中で百年以上の歴史を持つ巨大企業で日本や海岸を含めるだけで二十以上の子会社を持つ。そんな企業が何故あんな古びた執事・メイド出張所に依頼を出すのか気になってしまった。



「……可笑しくないよな、うん」




 彼方さんからもらった女物の服を着た僕は歩きながら、窓に映り込む自分の女装姿を随時確認していた。女装がバレたら出張所の信用問題に値すると言われた以上、女の子らしく振る舞わないといけない。それにしても部活の罰ゲーム以来、女装は二回目だけど……やっぱり人の視線が気になる。他の男からジロジロ見られるのって凄く恥ずかしい! 顔を真っ赤にした僕は早足で御屋敷に向かうことにした。

 彼方さんにもらった地図を頼りに僕は御影財閥の御屋敷に無事到着することができた。閑静な住宅街の中に中世の時代から取り出されたかと錯覚するほどの大きなお城が静かに佇んでいた。東京ドームが二個入るか入らないかぐらいの大きさの御屋敷を見るのは生まれて初めてだった。自分の背丈よりも一回り二回りも大きい門に付いてあるインターホンを押すと、鈍い音を立てながら門は女装した僕を受け入れた。門から御屋敷までは一直線で辺りを見渡すと、薔薇の庭園があるのが見えた。都心の中でこんな花畑に囲まれた御屋敷を見るのは生まれて初めてだった。今日から僕は一ヶ月ここで暮らしていくのかと思うと、少し緊張が和らぐ。




 御屋敷のインターホンを押し、緊張しながら中へ入ると執事だと思われる初老の男性が僕の姿を見て笑顔で出迎えてくれた。真司郎と名乗った男性は僕を女性用の更衣室へ案内したあと、客間で待っているとだけ伝えて更衣室を後にした。




「流石に……女性更衣室はマズイな。うん」




 いくら女装してるといえど女性更衣室に行くのは許されない。とはいえ……今の僕は男性だと疑われないぐらいの容姿はある。男性更衣室に入っても逆に変に思われるのでは?



「……男を見せろ、利音。こんな姿アイツに見せられない」



 僕は覚悟を決めて更衣室に入り、言われた通りメイド服へと着替えた。……勿論、中には誰もいなかった。



 ――――

 ――――――





 真司郎さんから一通り仕事の説明を受けたあと、僕は屋敷の窓拭きや屋内清楚、庭の手入れなど様々な雑用をこなした。元運動部ということで体力はかなり余っており、色々な仕事を任されたが疲れることは無かった。




「利音さん、このティーセットを白銀姫……いえ緋依お嬢様に持って行ってくれない?」



 貫禄が他のメイドよりもある年季が入ったメイド長に僕は御影財閥当主の御影緋依に持っていけと指示を出された。途中、聞き慣れない言葉に耳を疑ったが僕は気にせず部屋へ向かうことにした。



「本日からお世話になります、柊利音と申します。お茶を持ってきました」 




 二階の突き当たりにある部屋に行き、教わった通りにノックをした後、自分の名前を告げた。



「……中へ入りなさい」 



 すると中から透明感のある声が聞こえてくる。御影緋依、一体どんな人だろうと思いながら僕はドアを開けて中へと入る。



「君が新しくきたメイドさんか。思ってたより可愛いくてびっくり。子犬のような可愛らしい丸い目に少し焼けている肌、線が細くて可愛い服が似合いそうで本当に羨ましい」



 ゴムで結ばれた艶のある長髪を靡かせ、立っているだけで絵になるような薔薇のように美しい女性が突然、僕を壁際まで追い詰めた。……間違いない、この人が御影緋依だ。御影さんは僕の髪を優しく撫でるように触ったあと、僕の頬を掴んでじっと見つめてきた。まるで雪の結晶が目に入ったかと思うほど、彼女の目は綺麗だった。自分より一回り大きい女性に頬を掴まれるという行為は本来なら嫌な気分になるのに、何故か彼女にされると不快にはならなかった。




「決めた。利音さん、私の専属メイドにならない? 貴方、色々と口は硬そう。下はどうか分からないけど……ね」



 御影さんは僕の太ももをそっと撫でたと、耳に息を吹きかける。




「ひゃっ……」




「本当可愛い、益々気に入っちゃった。真司郎と彼方もたまにはやるわね」




 僕が恥ずかしがる様子を見て御影さんは妖艶な笑みを浮かべながら、これからよろしくと手を差し伸べてきた。何で僕を気に入ってくれたか分からないけど、どうしてか彼女のことは嫌いになれない自分がいた。


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