魔女の心臓 2節②
軽く防具を身に着け剣を持ち表へと駆け出した。地下にいた時には分からなかったが外に近づくにつれて大きくなってきた悲鳴はドアを開けた瞬間に耳をつんざくように鋭く響いた。
「酷い…」
筆舌に尽くし難い惨状であった。
目をどこに向けようとそこには、ガーゴイルにより襲われる人の姿か既に深傷を負い倒れ込んだ人の姿が目に入った。
「うっ…」
血の匂いと獣臭さが鼻孔でないまぜになり吐き気がこみ上げてくる。特に重傷者は目を背けたくなるほど酷い有様である。
いち高校生が血に慣れているはずもなく、咬傷や裂傷を受けた箇所からは肉と骨が除き見えた。
「こんな事…」
「なんとかしよう」
「なんとかって…」
狼狽える私に彼女は震えながらも毅然とした声色で言い放つ。
「私は戦闘の経験なんてないし、動物を殺めたことだって…」
恐らくこの身体の持ち主の感覚的にはそれは出来るという確信がある。しかし、私自身の理性がストップをかける。
「大丈夫…多分だけど。制約をかければ」
「どういうこと?」
「汝、主との制約を課す。『あらゆる戦力をもって主に迫る危機を排除せよ』」
彼女が発した時、全身に力がみなぎる感覚があった。
「これは…?」
「スレイヴは制約を課せば課すほど使える力が増えるの。そして、スレイヴは本人の意志とは無縁に主の課した制約に従わなくてはならないようになっているの。つまりは」
「!私の意志とは関係なく行動するってこと?」
ごめんねとばかりに彼女は顔の前に手を挙げる。まったくこの女は…。
「無理無理!そんな…やったことないし」
「私もないわ」
「尚の事信用できないじゃない!」
ー悲鳴。
「ッ!」
ここで言い争っている内に眼の前で人が襲われている。面識は無い。義理もない。
人としてこれを看過するのは許される事ではないのは分かっている。それでも、例えば学校生活において眼の前でイジメが起きていてそれを勇気を出して止められる人がどれだけいるだろうか。
逡巡する私を見て彼女も顔を俯ける。
「モルグ!どうしてここへ!」
その声の方向へ二人して顔を向ける。
「お父さん!」
「隠れていろと…」
言いながらこちらへ顔を向けると彼のどんどんと顔が青ざめていった。
「なっ!なんでここに!生き返ったのか!?」
「落ち着いて、その…説明するのはとても嫌なんだけど…」
彼女がこれまでの経緯を話す度に彼は頭を抱えながら小さくなっていった。
「………」
「お父さん…?」
「いや、説教は後だ。それでお前達はどうするつもりだ?」
「説明したように彼女には制約のもとで戦ってもらう。魔術詠唱は私がやるから」
「お前が?出来るのか?」
「7年間も引きこもって魔術の勉強だけしてきた私の実力分かるでしょ?」
「引きこもってるやつの事など分かるか。だがそれより、彼女に戦ってもらうなんて出来るのか…?」
「だから、私も前へ出る」
「あなたも!?」
自分が問いかけると彼女は静かに頷いた。
「うん…。父親としては反対だが、それが最も正しい選択だろう。『主を守る』という制約においては主が生命の危機に晒されている状況が最も能力が高まるからね。」
静かに彼女は私の手を握る。
「怖いとは思う。それでも、私も一緒に戦うから」
そう言った彼女の手は小刻みに震えていた。当たり前だ。私と違い、慣れ親しんだ町と人が血を流し壊されているのだから。
「自信はないよ…だから、ちゃんと助けてね」
「うん!」
人の良さそうな、どこか泣きそうな満面の笑みで彼女はそう返した。
「私はモルグを守ろう。スレイヴに指示を出すマスターは無防備になりがちだからな。すまない、私が魔術を使えないばかりに君に頼りきりに」
「いえ、そうだ忘れてました。私の事は留依、ルイと呼んでください」
そう言うと二人は意外そうな顔をしたがその理由は分からなかった。
「私はトミックだ」
「私は…」
「モルグでしょ?分かってる」




