魔女の心臓 1節⑤
「一体何があったんですか!?」
手術衣に着替えながら父が町長へ問いただす。その場にいた全員が医務室に駆け込み慌ただしく動いている。
「その…彼が発見したのだが、どうやら魔物に襲われたのではないかと」
まごつきながら町長が取り巻きの一人を指差す。
「魔物?物理防壁を張ったアーマープレートを粉砕できる魔物がこの辺にいると言うんですか?」
「い、いやだが現にこうして重傷者がいるんだ。私もそんな事は考えたくはないが…」
曰く、町長の取り巻きの男の家の軒先で倒れているのを発見したらしい。恐らく魔物に襲われ命からがらここまで逃げてきたものの力尽きて倒れてしまったのだろう
それにしても近辺に強力な魔物が出現しつつあるという話だったが、ここまで強大な魔物がいるとなればそれは騎士団が対処するべきレベルになってくる。
「皆さん甲冑を外してやってください。身体に突き刺さってる場合もありますのでその場合は魔力で鎧を引き裂いてください。今は防壁も作動してないので切れるはずです」
「わ、分かった!」
「モルグ、鎮静剤と消毒薬、メスと鋏と縫合糸の準備を頼む」
「今やってる!」
棚から言われたものを取り出して机の上に並べ、その後ろでは町長たちがせっせと甲冑を外している。
そうして彼女の胸元が露わになると怪我の具合も見えてきた。どうやら鎧のおかげで切創自体は致命傷を免れているように見える。しかし皮膚は赤黒く染まり酷い内出血をしている様子が分かる。
「魔術防壁で直接的な攻撃は防げても物理的な衝撃までは打ち消せなかったようですね」
「それに、この騎士。見てくださいこれ」
そう促され父は彼女の胸元を見た。
「…ッ!これは…」
父が言葉を失っている。その様子を見て自分も彼女の胸元を覗き見た。
「魔術紋章!」
彼女の胸元にはまるで薔薇の花弁を縁取るレリーフが痣のように浮かび上がっている。これは間違いなく魔力紋章だ。
「となると、彼女は聖騎士ですか」
「あぁ、騎士の中でも魔術を使える者、国内でも決して多くはない聖騎士だ」
「聖騎士ほどの人がここまで深手を負うのか…?」
「そこまでにしましょう。ここからは外科的処置に入ります。皆様は退出を」
準備ができた父は町長らにそう促し、彼等もすごすごと退散していった。
「お父さん、私も手伝うよ。私は魔力治療を行うから、お父さんは外科手術をしてて」
白衣を羽織り父の隣につき、父も無言でそれに応えた。
いかに魔術を用いようと怪我人や病人を容易く治療できるわけではない。
患部の特定を行わなければ適切な治療魔術は使えないし、体内へ入った破片の摘出等手作業で行わなければならない部分も多い。術後に回復が遅れた場合、自然治癒に必要な内蔵魔力が枯渇し治療した部分が再び悪化する恐れもあるため物理的な治療が最も信頼できるのだ。
特に魔物や魔術の攻撃による傷“呪創“は体内に敵対的な魔力が蓄積することで治療魔術の妨げとなるため、魔力による治療と同時に物理的な治療が必須となる。
私も父も治療魔術の専門家ではないため高度な治療術式を使う事は出来ない。父が切創箇所を縫合し、私は術式を用いず魔力による組織の結合を促した。
そうして2時間の治療が終わり、二人は医務室を出た。
「おおっ、終わりましたか。それで、どうでしたか?」
父は難しそうな顔でかぶりを降る。
「外科的処置は全て完了しました。ただ呪創ですね、これが思いの外酷い。解呪師が居なければこれ以上は本人の回復力次第と言う事になりそうです」
一同に安堵と落胆が同時に訪れる。そうこうしている内に解散となり、家には私と父と聖騎士の3人のみとなった。
病室に聖騎士を寝かせて一息ついた二人はソファーに座りホットミルクを啜った。
「お父さん、私は魔力治療をしていたからなんとなく感じたんだけどあの人…」
「あぁ、自分も感じたよ」
「うぅっ…」
二人の会話に割って入るように彼女が呻き声を上げた。その様子に二人して驚き一斉に立ち上がった。
「大丈夫ですか!?」
「おい、待て。もう少し落ち着いて接してやれ」
「ここは…私はどうなって…」
息も絶え絶えに捻り出すようにこちらへ問いを投げかけてくる。
「ここはフュリス領のモリスという町です。あなたは怪我を負ってここで倒れていたのでつい先程まで治療をしていた所です」
「そう…ですか。ありがとうございます…うっ」
「あまり喋らないでください。傷は塞ぎましたが体内の呪創がかなり重いです」
「聖騎士さん。辛いとは思いますが、一つだけ聞かせてください。治療にとって大切なことです」
神妙な顔の父が問いかける。
「あなたの呪創は重すぎる。魔物の仕業というには余りにもだ。あなたはまだ他に何か抱えていますね」
「ッ…。私の名はルイン…。あなたの推測は正しいです…が…それ…お答えすることは…ッ」
次第に言葉も切れ切れになってくる。
「そうですか…」
答えられない。つまりそれは任務上の秘密か、あるいは答えれば情報漏洩に繋がる恐れがあるという事だろう。そうなった時の騎士の口は固い。これ以上の詮索は出来ないだろう。
「ただ、一つお願いできるのであれば…私の遺体を騎士団まで…届けて…いただきたい」
今にも途絶えそうなか弱い声で発した願いを父は分かりましたとだけ返事をし、ルインと名乗った彼女は満足な顔をして再び目を閉じ眠りについた。
―死亡時間:深夜1時15分。
「で、どうするのこの人」
「あぁ言われた手前だ。下手に手出しもできないだろ。腐らないように処置した上で暗室に入れておけば数日は保つだろう。その内に騎士団に連絡して来てもらえればそれが一番いい」
「解剖しちゃ駄目?」
先ほど感じた違和感の正体が気になる。詳しく調べたい。
「私も気にはなるがやめておけ。魔術師の肉体が魔術師本人よりも価値をもつ理由を知っているか?」
「魔術師の身体は骨まで研究材料になるからでしょ。脳は記憶魔術で情報を抜き取られ、魔術紋章は剥ぎ取られ、魔力の宿った遺骨は擦り潰されて色々と再利用されたり…えとせとらえとせとら」
「そうだ。だから可能な限り無傷で引き渡す。無意味に詮索されたくなければそれが一番だ」
恐らく母の遺体もどこかで再利用されたのだろう。残酷な話だが魔術師となったが最後、亡骸に尊厳など無いのが現実なのだ。
ぬるくなったホットミルクが少しづつ睡魔を誘う。今日はきっと一度寝たら簡単には目が覚めないだろう。
この時にはそんな風に楽観していたー。




