魔女の心臓 1節④
次第に強くなる雨音を聞きながら漫然とベッドに横たわっていると、部屋の扉が数回叩かれた。
父が夕飯に呼びに来たのだ。
先ほどのことを父も多少なり気にしているのか、シチューを作ったので暖かいうちに早く来るようにと催促をかけてきた。
こういう時に父は無言の時間を作らないように饒舌になる。男親としては女子の気を慮れない分を少しでも補おうとしているのだと思う。
「この辺に強力な魔物の群れが増えてきているらしい」
「なんで?何か魔物が移動してくるような事あったっけ?」
「いや、元々ここら辺にいた動物が魔物化してきているらしい。恐らく地脈の魔力の流れが強くなっているからではって話だ」
魔物と動物の違いは単に魔力の総量で分類されるだけである。魔力の多寡は環境的要因によるものが多いため地脈に流れる魔力が濃くなれば付近にいた動物が魔物へと豹変する事もあり得る。
「地脈?なんで?魔力の流れが急に強くなるなんて事は地殻変動か自然災害でもない限りは…」
「それ以上の原因は分からんのだ。逆に何かある前触れかもしれないし用心に越したことはないだろう」
あまり親子の会話とは思えない事務的なやり取りだが昔からこうだったのでこれがこの家での自然な会話というやつだ。
「ひょっとしてさっきのも…」
突然遺体が動き始めたのは地脈の流れが不安定化したことで魔術陣地を通して吹き出した魔力が術式を誤作動させたのかもしれない。
「ん?なんだ?お前また何か危険な事を…」
「いっ、いや違うよ!全然大丈夫だから、(結果的に危険な事になりそうだっただけで)危険な事はしてないから!」
嘘は言っていない。言っていないはずだ。
「全く。お前に地下墓所を使う事は許したが好き勝手を許したわけじゃないからな」
説教は終わりとばかりに食事を口に運ぶ父。自分は一息つき水で喉を潤し意を決して疑問をぶつけた。
「お父さん、さっきの話だけどー」
家督を譲るのかという話だ。
父がどういう腹づもりなのか聞いておかねばならない。父が食事を飲み込みこちらへ顔を向ける。
「この家をー」
ドンドンドン!!
突然力強い音が玄関の方から鳴り響いた。こんな雨の夜に何者かが勢いよく戸を叩いて来訪するという事は珍しい。
「先生!開けてください!」慌てた声が聞こえる。
「急患?」
「だろうな。少し行ってくる」
解剖学の知識を生かして町医者のような事をやっている我が家にはこういう来訪者が度々訪れる。
ーしかし、これだけの慌て様も珍しい。
父が応対している内に自分だけでも食事を済ませてしまおう。そう思いシチューを口へ運ぶ手を早めたその時ー。
「なんですかこれは!?」
語気を荒げる父に驚き軽く吹き出してしまった。何事かと思い口元を拭い、残りを流し込み自分も玄関の様子を見に向かった。
すると、そこに待っていたのは父と、面識は無いが町長と取り巻きと思しき男性二人、そして彼等に担がれているのが怪我人かー。
そう思い目を凝らしてその姿を観察した。
絶句した。
こんな片田舎で重傷者など動物か馬車の事故か土木作業での怪我等限られている。しかし、その怪我人はそうではない事は一目見て分かった。
銀の甲冑を身に纏い、鎧の隙間から見える長く引き締まった手足と金の髪は血に濡れている。
「女騎士…」
その騎士と思しき彼女の鎧は胸元から大きく砕かれ、首は弛緩しだらりと男達へ身を預けている。
何が起きているのかは皆目分からない。しかしながら何かただならぬ事が起きている予感があったー。




