魔女の心臓 2節⑥
「二人とも戻ったか」
地下墓所から帰るとトミックが食事の用意をしていた。
「モルグ、アンデッドには食事をあげてもいいのか?」
「え〜、うーん。内蔵魔力で分解はできるような気はするけどあんまり意味ないんじゃないかな」
「さっきから水は飲んでるよ?流石に死体は鮮度は保たないといけないと思うし」
「食べても問題無いなら食べてもらいなさい。健康には必要無くても食事は心の栄養に必要だ」
そう言いながらいそいそと準備をしている姿は慣れたもので、妻亡き後一人で家庭を支えてきた事が窺える。
「そういえばあの時感じた違和感は魔女の心臓だったんだね」
モルグがトミックの後ろ姿に投げかける。
「あの時?」
「うん。ルイを手術してた時になんか違和感あるなーって話をしたんだよ」
「手術?」
そう言われるとそう言えば身体中に真新しい縫い跡があるのを思い出した。それと同時に私の身体はそんなあられもない状況を曝していたのだと恥ずかしさが込み上げた。
「おいモルグ、あまり患者の前でそういうのはよせ…」トミックが気まずそうに言った。
「あ、ごめ…。でもルイの身体にあった呪創はそれだよね、魔女の心臓が身体に毒素の様なものを出してたから」
呪創とは本来の魔力反応を阻害する敵対的魔力の妨害反応のことである。
「あぁ、今はアンデッドになった事で影響を受けていないようだが、あれは生者には強力すぎる魔力だ。身体に悪影響も出るさ」
「地脈に影響を及ぼす程の魔力だもんね。ここだけじゃなくて地脈の沿線、つまりレイラインにいる魔物にも影響出てるんじゃない?」
魔女の心臓が放つ魔力は魔物を凶暴化させるが、それ以上に危険なのは放つ魔力が地脈を活性化させる事なのだという。地脈の活性化はその付近の魔物の活性化も招く。要は一軒家が火事になるだけで済むだけならまだよくて、そこから延焼が広がるのが最も恐れる事なのだという。
「あぁ、だから騎士団に討伐要請をするらしい。魔物の討伐だというから魔獣狩り部隊を呼ぶようだ。フュリス侯のご息女が参加しているからというのもあるだろうが」
それを聞いた時、モルグの顔色が変わった。
「は?フュリス侯の娘って…エレナの事?あの子騎士団に入ったの…?」
明らかな動揺を顕にするモルグの様子にトミックもしまったと苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あぁ、そう聞いた。魔力紋章も持っている子だしそうなるだろうなという気はしてたが」
「…魔力紋章持ちで騎士団ってことは聖騎士ってことでしょ」
「そうなるな。モルグ、エレナちゃんが来たらちゃんと挨拶をしておくんだぞ。昔は仲良かったんだから」
どこか諦めたように冷たくそう告げた。
モルグより身長の高い私の目線ではここから彼女の顔色を窺い知る事はできない。しかし、下唇をきつく噛んだ様子が髪の隙間からちらと見え、しばらくしてから彼女は吹っ切れたかのようにこう言い放った。
「お父さん、明日から私に墓守の役目を引き継ぐための勉強を教えて」
その言葉があまりに予想外だったのかトミックはあっけにとられた顔を投げかけた。しかし、彼はそれをぞんざいに扱うべき言葉でないと判断し料理を準備する手を止めこちらへ向き直った。
「どうしたいきなり」
「別にいきなりでもないでしょ。ずっと自分で勉強してきたし手伝いもしてきた。なんとなく機会を逃してきただけで、ルイの事もあってこれから暫くはあんまり外に出られなくなるから丁度いい機会だと思う」
「いや、これだけの被害が出てる状況でお前に丁寧に指導してられる暇は…いや、そうだな」
取り繕うのを諦めたとばかりに大きなため息をついた。
「モルグ、俺はお前に家業を継がせる気はない」
冷たく告げられた言葉に沈黙が走る。
愕然としたようなモルグの顔は見るに忍びない。
しかし、意を決して彼女は言葉を返した。
「なんで…?私はこれまでずっと勉強してきたから知識はほとんど入ってる。それはお父さんだって分かってるはず。第一、私以外に継がせる家族はいないじゃない」
「そこはなんとかする。元々昔と違って墓地の規模も縮小傾向にあって持て余していたんだ。いずれこの役目も終わらせる代がくるだろうと思っていたが、それが私だったというだけのことだ。土地はフュリス侯へ返還し、墓地の運営は聖母教会に任せるのが一番いい選択と考えている」
「ッ…。でも、私はそのために今まで…」
「お前が一番勘違いしているのはそこだ、俺達の仕事はただ単に知識があればいいってもんじゃない。遺族との心の通ったコミュニケーションがとれなければ勤まる仕事じゃないんだ。お前にそれが出来るか?」
返答に窮するモルグ。何度か途中で何かを言いかけてやめるのは彼女自身がトミックの言う事を正しいと認めているからであろう。
決して自分も詳しくはないが、住職も檀家との関係性が重要だと聞くし町医者にしても地域との密なやり取りが必須であろうというのは分かる。
彼女はその事実に気付きながらも逃げてきたのだと自分で分かっているのだろう。
「お前に言うのが遅れたのは謝る。俺もずっと迷っていたんだが、やはりお前には向いていないと思った。まぁ、それが墓守のかんばんを降ろすことを決めた間接的な要因だったことは否定せんよ」
「でも…だって、私はこの家を継ぐからって魔術師の道を諦めて…」
「それは違うだろ。私は母さんが死んで魔力紋章が失われた時言ったはずだ、魔力紋章を買っても良いと」
「ッ…!」
「魔力紋章は確かに高価な代物だがウチには先祖から引き継いだ宝も土地もあるから買えないことはないと言ったときお前はこう言ったな。その必要はないと」
「それは…」
「確かに魔力紋章が無くなったことで魔術師に成れる可能性は大きく下がった。だが、私はその事でお前のやりたい事を否定してなければ何かを押し付けたつもりもないはずだ」
モルグは言い返す言葉もないと静かに項垂れた。
モルグが無言のまま部屋に戻り、私とトミックは二人となった。
「すまない。客人にこんな所を見せたのはとても恥ずかしい限りだ」
「いえ…」
「男手一つで育ててきたからね。色々と甘くなってしまう部分があった。もっとちゃんと導いてやっていればあいつにこういう思いをさせずに済んだのに」
「…いえ。不躾な質問なんですが、モルグさんは魔力紋章がないから魔術を使えないんですよね?」
「そうだね。魔術陣地を使って地脈から魔力を引き出せば一応使えるけど」
「…でも基本的には魔術を使える人ではない。なら何故あの子はあれだけの魔術に精通してるんですか?」
昨晩、私に指示を飛ばしていたのは単に魔術書を読み上げているだけでない事は詳しくない自分にも分かった。あの地下に散乱した書籍の数からもよほど勉強している事が窺える。
「あいつの持っている本は全て亡くなった妻の置き土産でね。モルグも子供の頃は魔術師になると言って勉強してきて、もう妻が亡くなり魔力紋章も失われてからもずっと勉強を続けているんだ」
「…」
「不毛な事ではないんだよ。私達は遺体の保存処理に魔術を用いるし、医療魔術だって習得するに越したことはない。実際、モルグはあの歳では抜群に魔術の見識は深いから私の仕事の手伝いも私以上にやってくれている」
「あぁ、それだとちょっと口出しし辛いですよね…」
やる事はやっているという建前があると多少の意見は通し辛いだろう。トミックはふふっと笑った。
「鋭いね。本人も『自分はこの家を継ぐだけの勉強をしているから』と、友達を作ったり遊び回ったりするのを避けてきた。だから7年近くずっと家に籠もりきってああして実験ばかりしているんだ」
「でも、それならやっぱり…」
可哀想ではある。それまでやってきたことの梯子を突然外されたのだ。
「分かってる。ずっと時間はあったのに突然こんな事を言うのは酷い親だと思う。でも、一つ言い訳するのならあいつには他にも選択肢があると思って欲しかったんだ。あれだけ必死で勉強してたんだ、なにも決められた事に縛られる必要はない」
「…!」
不思議と心当たりのある話だった。だが、モルグは自らの意志と目的をもって努力しているのに対して自分はどうだろうか、もしこんな事を言われたら自分は何をするのだろうか。
「こんな話、いきなりするのはおかしいな。ははっ。まぁ君もしばらくはこの村にいるだろうし、機会があればモルグにそれとなく諭してやってほしい」
「えっ、あっ…はい。ん?あっ、そうだ。それで結局私はどうなるんですか!?」
他人の話に立ち入りすぎて自分の事をすっかり忘れていた。
「ひとまず君の身柄はフュリス侯の権限で保護し、ここに騎士団が来た時に引き渡すことになっている」
「それまではここでお世話になってよろしいのでしょうか…」
「うん…。実はそこに関して私と侯爵の二人で話し合ったのだが魔女の心臓が原因で昨晩のような魔物の被害が出たとすれば君をここへ置いておく事は危険なのではないかという話になった」
「ッ…。確かに、そうだとすれば騎士団が来る前にまたあんな事になる可能性も…」
「あぁ、だから侯爵が護衛をつけて近くの城まで護送すべきという話も出てるのだが…そうは言ってもこの混乱で村に兵を回さないというわけにも行かないしフュリス侯のもつ兵力も所詮は一地方貴族程度のもので余裕があるわけではない」
「なるほど…」
「もうしばらく待っていてくれ。きっと悪い様にさせないよう力を尽くす」
トミックとの話し合いが終わり、貸し与えられた部屋のベッドに横たわる。
「はぁ…疲れた」
正直肉体的な疲労はほとんど感じない。それでも肩がどっと重たいのは精神的な疲労感なのだろう。
「やりたい事をやってほしいか…」
先程のトミックの言葉が口をついて出る。もう魔術師にはなれないと分かっていてモルグは何を目指して勉強をしていたのだろう。ただの未練か、執着か、それとも…。
「絵本作家になりたかったとずっと思ってきた。でももう何年も絵は描いていないし、本当に今でもそう思っているのかも分からない」
きっと普通の子供が特撮ヒーローに憧れてはサッカー選手やミュージシャンに憧れて、身の丈に合わせて公務員を目指したりというような当たり前の夢の移り変わりを経験していないからだろう。
何か目標を持たぬまま、頭の片隅には子供の頃の夢がこびり付いて落ちていかないまま大人になってしまった。
「正直この世界から元の世界へ戻りたいのかもよく分からない」
戻れるのかどうかも分からないが、戻ったとしてまたあの毎日を過ごす事を望むだろうか。
死後の世界で感じたあの安心感は私が私自身の人生をその程度に値踏みした故のものだろう。
「これから私どうなるんだろう…」
そう考えながらベッドに転がった。
疲労から精神を休めるために少し目を瞑った。死体であるため睡眠の概念はないはずだが、いわば省エネモードとでもいうのか身体を巡る魔力は次第に弱まり意識も徐々に低下していった。
―ドンドンドンッ!
「えっ!?」
仮眠中に訪れた突然のノックに心臓が止まるほど驚き跳ね上がったが、返事する間もなく部屋の扉は開いた。
「ルイ!ちょっといい!」
「ちょっ…入る前に何かあるでしょ普通は」
「ノックはしたわよ?それより、大事な話があるの」
ずいずいと近付いてきたために私はベッドに深く腰掛け、モルグはベッドに両手を乗せて私に語りかけた。
「二人でこの村を出るわよ。冒険の旅に出るの!」
ーは?
「は?」
疑義の眼差しを向ける私に対してキラキラと眼を輝かせながら彼女は続けた。
「二人?じゃないわね正確には。馬車の御者もいるものね」
「そこじゃなくて、旅?そんないきなり無茶よ。私はここで騎士団が来るのを待つって…」
「私聞いてたのよ、さっきの二人の話。ルイの魔女の心臓のせいでこの村にまだまだ魔物が来る危険性があるんでしょ?」
「聞いてたの…?」
さっきまで体裁を捨てて泣き喚いていた人間のくせに耳聡いというかなんというか。
「そう。それならさっさとこの村から出てこっちから騎士団を目指す方が早いでしょ?」
「いやいや、そんな勝手な真似できるわけが…」
「じゃん!」
モルグは自信満々に一通の手紙を私の眼前に差し出してきた。
「なに…フュリス侯のサイン…?」
「そっ、ちゃんとフェリス侯の許可を取り付けてきた親書よ。さっき交渉してきたのよ。もしこの村にまだ危機が迫るくらいなら騎士団を待つよりもこちらから向かった方がいいし、その際に魔女の心臓をフュリス侯の遣いが送り届けたとなればその方が侯爵にとっても得点になりますよね?って」
呆れた事にちゃっかりと自分が村から出るための正当性をお上から貰っているとは。
「あなた…引きこもりのくせにそのアグレッシブさは何なのよ…」
「ブハハハ!こう見えても人見知りするタイプじゃないのよ私は」
「ふぅ…分かったわ。この土地の領主様と私のご主人様の言うことなら従うしかないのよね」
「随分素直じゃない」
「段々慣れてきたのよ。こんな世界に来た以上、なる様にしかならないって諦めたわ」
不安や葛藤は多分にある。しかし、少なくともこの部屋で悶々とうずくまっているよりは多少なりと気は紛れるだろう。
「じゃあ夜明け前に出発ね。よろしく、ルイ!」
「うん。よろしくね、モルグ」
※
山稜の谷間から登る陽光が小さな村を紅く染めるより前に二人の少女はこの世界で自らが産まれた家を飛び出した。
村の少し外れに停められた馬車に向かい駆け出し、重たい荷物を荷台に乗せた後に馬は歩を進め始めた。
モルグは村を振り返るも滲んだ眼に光が差し込みまともに直視できずに視線を戻した。
モルグは家を出る前に置き手紙をしていた。
フュリス侯の許可のもと村を出ること、そして短く小さな謝罪の言葉。
一瞥しただけで読み終えてしまうような短い文章であったが、父はそれを長い時間をかけて読んだ。
一文字一文字噛みしめるように。
※
シュトラス大聖堂は招集された騎士たちで物々しい空気を放っていた。
騎士達は大聖堂の大広間のレッドカーペットに膝を付き、祭壇へ向けて頭を垂れ司教の言葉をただ聞いている。
ステンドグラスからの陽光が差し込み、レッドカーペットに反射して白銀の甲冑は独特の輝きを放っていた。
「魔女の心臓を回収したシュトラス聖騎士団が連絡を断った。生き残った者の報告によれば、魔物に襲われたために、心臓を持って帰還する隊とそれを守る隊に分けたそうだ」
司教の話を静かに聞く。
「しかし、未だにその者が誰一人帰らん。私が何を言いたいか分かるか?」
その日、司教により一つの命が発せられた。
シュトラス大聖堂の管轄する騎士団の総力を以て魔女の心臓を持った騎士を回収せよ。
仮に、その騎士が心臓をもったまま逃走を図る様であったのならば、その者を殺害せよ。
(キャラクターデザインのため3節は11月ごろを予定しています)




